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ショートエッセイ:イギリスー遺体の缶詰

「ぎゃあっ!!」


教会の中で私は蛙がひっつぶれたみたいな悲鳴を上げて床から飛びすさった。
ここはイギリス、バース市。新婚旅行でこの街に来た来た我々は、バース最大の教会バース僧院に足を踏み入れたところだった。
「どうしたの?」と旦那。
「床に墓石があった!!」
よく見ると、この教会の中は、床も壁も墓石だらけなのである。何だこれは、使い終わった墓石の再利用か何かか?

首をひねりながら教会を出た私たち。
帰国して調べて、やっとイギリス人は教会の床や壁に墓を作る習性があると解ったのである。危ないな、踏んでまうやないか~い!! 
そもそも、墓を踏むという発想は日本人にはない。
子供はたまに墓地で墓石を踏んで遊んだりするが、大体親にきっちり叱られて終わるものだろう。私も小さい頃お墓で遊んで、おばあちゃんに叱られたっけな。

しかし、日本人は大多数火葬だが、イギリスって最近まで土葬が主流だったんだよな。
それで、高貴な人のお棺は石製だったり鉛製だったり気密性の高い材質である。
遺体は防腐処理をする。埋葬時はお棺をはんだで封印したので、内部は密封状態になる。つまり、遺体の缶詰が出来上がるわけだ。
そして、イギリスの気候は日本より冷涼なので…。悪趣味なのでこの辺にしておこう。
とりあえず、私は床に埋まっている墓に「床墓」、壁に埋まっている墓に「壁墓」と名付けた。

10年後、旦那と私は再びイギリスを訪れた。
ウエストミンスター寺院にて、私は床墓壁墓たっぷり満喫することとなる。

「うわわわわわわわわ」

トゥ(つま先)で歩かないと、すぐ床墓を踏んでしまう。うっかりよろめいたら、壁墓に激突してしまう。この寺院にはこの調子でおよそ3,000人が埋葬されているんだから、ギューギューである。最早、他人の墓を踏んじゃいけません、なんて言っている場合ではない。
しかも王侯貴族とか政治家とかこっちの知らない方々のお墓だったらまだそんなに罪悪感もなかったんだが、文学者や文化人のお墓が集まっているコーナーが壮絶だった。気がついてみるとバイロンやらディケンズやら、ヘンリー・ジェイムズやら、T.S.エリオットやら、そうそうたる顔触れのカンヅメの上を歩く私。イギリスだから当たり前なのであって、青山墓地で同じ事したらむっちゃ怒られるぞ、と自分によ~く言い聞かせる。
っていうか、おばあちゃん、ごめんなさい~。

墓マイラーとしては、こんな胸苦しい思いをしたのは初めてであった。
完全に白骨化していないかもしれない遺体の缶詰の上を歩いているという感覚は、例えてみれば、江戸時代の処刑場跡を訪ねた時の感覚に似ているかもしれない。

しかし私がこんなに罪悪感に悩んだのに、イギリス人の常識としては
「床や壁に墓があって何が悪いの?」
なのらしい。
日本とイギリス。
東洋と西洋。
何という常識の違いか。

東は東、西は西

そういえば、このフレーズが出てくる「東と西のバラード」を書いたラドヤード・キプリングも、ウエストミンスター寺院に埋葬されているんだよな。

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