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シリア難民が日本と自国の“架け橋”に  難民支援JISRプロジェクトの就労支援と企業プロボノ

“シリア・アラブ共和国”について、あなたは知っていますか? 北にトルコ、東にイラク、南にヨルダン、西にレバノン、南西にイスラエルと国境を接した中東の一国“シリア”。ユーフラテス川が流れる湿潤な土地を有し、古の時代から文化の要所として栄えてきました。
しかし今、2011年から始まった終わりの見えない内戦によって、2020年時点で約670万人もの人が、命の危険から自身の意思に反して国外へと逃れている状況にあります。

日本でも、政府開発援助(ODA)の一環でJICA運営の「シリア平和の架け橋・人材育成プログラム(JISR)」を通じ、シリアから逃れてきた人の受け入れとシリア復興の人材育成に寄与しています。
今回は、このプロジェクトの副統括を務める可部州彦さんにプロジェクトの内容を伺い、プロジェクト内の伴走支援の事務局を務める株式会社LIFULLの龔には就労支援について話を聞きました。
また、このプロジェクトにプロボノ(※)として参画する企業で伴走支援を行っている、デロイト トーマツ グループのMMさん(ご本人の意向でイニシャルで表記します)、株式会社LIFULLの松尾優香には体験談を語ってもらいました。

※プロボノ――ラテン語の「pro bono publico(公益のために)」の略。職務上の専門知識や技術を生かして行う社会奉仕活動のこと。

日本とシリアの懸け橋になる人材を育成するJISRプロジェクト

――まずは可部さんからお願いします。JICAが行う難民支援プロジェクト「シリア平和の架け橋・人材育成プログラム」について教えてください。

可部さん:このプログラムは、英語でJapanese Initiative for the future of Syrian Refugeesと表記され、その頭文字をとって通称「JISRジスル」と呼ばれています。「ジスル」という音はアラビア語の「架け橋」の意味になるそうです。
このプロジェクトでは、シリアと日本の平和を軸とした架け橋となる人材を育成することをゴールとしています。国際的な保護を必要とし、レバノンやヨルダンへ避難せざるを得なかった難民の背景を持つシリアの優秀な人材が受け入れ対象です。
日本の大学院で受け入れて育成する“教育支援”を主軸に、現在は将来的あるいは日本で第二の人生を歩むために必要な就労のサポート“就労支援”を、場合によっては帯同したご家族との生活もフォローしながら運営しています。

参加者は学士号を持った22~39歳の方々。具体的には、国内トップレベルの大学で平和構築や土木、電子工学といった分野を専攻されている、今後シリアの復興や開発にその能力が発揮されることを期待されている方々です。

“教育支援”は、各分野のさらに高い教育や知識を日本の大学院で2~3年かけて履修し、シリアと日本との架け橋となる人材を育成するプログラムになっています。

“就労支援”は、今回のシリアの場合は従来のようにプログラム終了後すぐ帰国できない状況にあるため、大学院修了後の日本での就職をひとつの選択肢に置いている点で“初めて”ということになります。
そのため、学業を最優先にしつつ、日本での就職をゴールに、日本語教育、就職活動に向けたワークショップやセミナー、就職説明会への参加準備なども年間スケジュールに組み込んでいます。

――“就職”はプロジェクト後の選択肢を増やす支援でもあるのですね。

可部さん:はい。ご自身とご家族にとってより良い将来を描く選択肢が明らかに増えていると思います。

――これまで何名を受け入れてこられましたか?

可部さん:5年間で100名を受け入れることを目標にスタートし、2017年に最初のグループ・第1バッチの受け入れを開始して現在に至っています。
これまで通算67名が全国各地の大学院で学び、現在39名が卒業しました。
希望者のほとんどがサポートチームの協力もあり日本で就労機会を得て、新たな人生を歩んでいます


日本での就活に2社がチームとして参加 研修員と一丸となって内定獲得へ

事務局のメンバーとの打ち合わせの様子
JICA-JISRプログラムの可部さん(右下)、渡辺さん(左上)と、LIFULLの事務局・長谷部(左下)、龔(右上)とのZoomミーティングの1コマ。JICAと事務局との密な連携でプロジェクトの運営が進められています

――就労支援の民間企業の連携には、インターン受け入れのほかに就労伴走支援がプロボノ活動として行われているとのこと。今回はその内容を詳しくお伺いしたいのですが、まずは民間企業が支援に加わるようになった経緯と活動内容について教えてください。

可部さん:現在、企業としてはデロイト トーマツ グループ(以下、デロイト トーマツ)、株式会社LIFULL(以下LIFULL)の2社と、難民支援を行っている認定特定非営利活動法人 Living in Peace(以下、LIP)がプロボノ活動として、就労伴走支援のサポートを担ってくださっています。

サポーターチーム発足に着手したのは2020年ごろです。
2017年に第1バッチ、2018年に第2バッチが来日した当時、実は日本語教育がプログラムに組み込まれていませんでした。各大学院では授業も修士論文の執筆も英語で行っていたため、日本で高度人材として就職活動をするには難しい状況だったのです。
当初20数名の研修員の就職支援を私が一手に引き受けざるを得なかったので、さまざまな方面に相談や協力を仰ぎました。
第1バッチの研修員が就職活動をスタートする2020年のタイミングで、相談先のひとつだったデロイト トーマツの玉川朝恵さんとLIFULLの龔さんお二方を中心にオペレーションが組まれていき、今に至る、といった感じです。

――プロボノ参加者に関しては、LIPメンバーでもある玉川さんと龔さんのお二人がそれぞれ自社に持ち帰り社内で募っているのですね。

可部さん:はい。LIPで難民に対して志を同じくするお二人を各社の事務局として、サポーターにご協力いただいています。

龔:デロイト トーマツにはいろいろな業種に関する知見があり、LIFULLにはエンジニアやデザイナーといったさまざまな職種の人がいます。就職したい人のニーズに合うように人を集めるプラットフォームをつくっていきました。

可部さん:研修員の多くは、シリアでは各分野のプロフェッショナルとなるための教育を受けてきており、エリートである自負があります。にもかかわらず、採用文化や就労文化の違いや日本語が不自由なことで、日本では新卒と同じレベルの仕事をさせられる待遇にモヤモヤを抱えているはずです。
そうしたストレスをサポーター、事務局が随時コミュニケーションをとりながらケアしてもいます。

――現在、サポーターとして伴走支援に参加されている方はどのくらいでしょう?

可部さん:30名前後です。1クール3ヶ月のバディ制をとっていて、研修員1名に対し2~3名のサポーターがついています。

龔:サポーターは極力社をまたいでチームを組んでいます。研修員の方がエンジニア職に就職を希望する場合にはLIFULLのエンジニアで固めるといった個別対応もありますが、基本的にはサポーターの方々にも「ほかの会社の人とつながりを持ってほしい」という意図もあって、社をまたいだチーム編成にしています。

可部さん:現在はデロイト トーマツとLIFULLの2社ですが、平和構築、土木、灌漑、工業といった分野での企業の参画を期待しているところです。
このような業界は、日本ではそれほど就労マーケットが大きくないのですが、今後シリアで必要となるインフラ事業であることが多いです。来日する研修員の方も研鑽を積んだ方が多いのですが、残念ながら日本ではなかなか就労先がないのが、目下の悩みです。

――サポーターの方々は具体的にどのような支援を行っているのでしょうか?

可部さん:就労支援のゴールは、インターンシップの機会あるいは就職内定の獲得です。それに向けた必要な支援を、サポーターチームごとにお任せしています。

ジョブ型雇用(実際の仕事に合わせて人材を雇用していく方式)の採用に慣れているシリアの方々にとって、日本のメンバーシップ型雇用(業務の内容や勤務地などを限定せず雇用し、配置転換をさせながら経験を積ませる方式)は理解しがたいものがあります。
そのため、求人票が意味するところ、日本の就職活動でよくある“企業が求める人材のイメージから、自分がどう貢献できるか”といったプレゼンの仕方、面接時の立ち居振る舞いなどを、ケースバイケースで指導していただいています。

――実際にチームでの伴走支援を受けている研修員の方々の反応はいかがですか?

可部さん:一番多いのは、「自分のために時間をつくってくれてありがとう」という声ですね。
その言葉は、単に献身に対する感謝だけではないと感じています。
コロナ禍になり、人と接する機会が極端に減ってしまいました。そういった中で、目的を持って一緒にワークに集中するコミュニティ感が得られたこと、そしてJICAのスタッフには言えないことも、チームの中でなら気兼ねなく話せたことで、気晴らしになったり思考をクリアにしたりできた、という話を時折耳にします。
支援内容以外の部分でも、彼らの支えになっているのだと思います。

伴走支援の仕組みが整うにつれ、就職者のうち“技術・人文知識・国際業務ビザ(通称:技人国)”を取得して高度外国人材として就労するケースが増えてきました。

――この取組みが、日本の企業力向上にもつながっているように感じます。可部さんは、JISRの就労支援の社会的な意義やインパクトをどのように捉えていますか?

可部さん:一般的に、外国籍の方が就職するためには日本語ありきと言われますが、その背景には“日本語を話せない人を採用することは企業にとって負担だ”という考え方があります。
それに対し、このサポーターチームには日本語能力を問う人は誰一人としていません。「日本語はあとからでもなんとかなるけれど、この人の持つスキルはほかに得難いですよね?」と、個の能力を前面に打ち出した就職活動をしています。
技人国ビザの実績を踏まえても、外国籍の人と日本人との共生に大きなインパクトになっていると思います。これは、難民に限らず影響のあることです。
ほかのアジアの国でも、これほど手厚い支援を行っているところはなく、先進的だと思います。


プロボノに参加して感じた「その人の人となりに“難民”というバックグラウンドがあること」

プロボノ参加のお二人のインタビューの様子
ご自身の就職活動経験や、MMさんはご自身が人材紹介会社にお勤めだったときの経験を生かして、研修生の就活のサポートをしたそう。初めて参加した伴走支援で感じたことを語っていただきました

――では今度はサポーターとして活動しているお二人にお聞きします。1クールのサポーターを完走したところと伺いました。実際にやってみて、どんな印象を受けましたか?

デロイト トーマツ MMさん:難民支援についての知識はなかったのですが、大学院で国際協力を専攻していたこともあり、弊社の玉川からの声かけがきっかけで参加しました。
私は、履歴書添削や日本語での面接練習のお手伝いをしたのですが、前職が人材紹介会社だったためそこで得た経験や、現職のコンサルとしての段取り力などが生かせている実感があって、それが気づきでした。
就職活動は日本人でさえうまくいかない人が多いなか、海外の方の就職活動はなお難しさがあると思い、プロジェクトの意義を感じています。

LIFULL 松尾:私は、大学時代に国際社会学について学び、移民難民のために何か具体的な行動を起こしたくて参加を決めました。ただ、新卒1年目で社会人経験や業務に関する知識が浅く、当初、力になれるのか不安がありました。ですが、履歴書や志望動機などの添削や面接練習といった、一緒に就活を進めるパートナーとして伴走できたことで、終わってみるとひとつの役割を果たせたと思っています。
また、日々サポートのなかで、研修員の方々は本当に優秀だと感じました。振り返って、自分たちのほうが勉強になることが多かったという印象もあります。

――実際にプロジェクトに参加してみて、それまで抱いていた“難民”や“難民支援”のイメージは変化しましたか?

MMさん:難民支援は“専門性が必要で、難易度が高い”ものだと思っていましたが、自分の経験を生かすのはもとより、ただただ話し相手としてコミュニケーションをとるだけでも、研修員にとっては貴重な時間や情報になると思いました。
一方で、修士論文を書きながらの就活は、スケジュールが押してしまうことも多く、大変そうでした。

松尾:“難民”についてよく分かったかと言われると、それぞれの置かれた状況が千差万別なので一言で答えられませんが、難民問題の捉え方が変わった、貴重な体験でした。
サポートを始めて数ヶ月後に、サポートしていた研修員の方からシリアのイベントに誘っていただいたことがあったのですが、そこで現地の想像を絶する過酷な状況について、シリアの方の生の声を通し改めて知りました。日々のコミュニケーションやこの出来事を通じて、一人の方のバックグラウンドに“難民”という一側面があると実感できました。


より長い目で一人の人をサポートしていきたい

――今後、伴走支援でどのような取組みをしていきたいですか?

MMさん:参加してまだ半年、かつ一人の方しかご一緒していないため、次の機会にはもう少し長めに支援をしていきたいです。

松尾:私も同じく、伴走支援を続けていきたいですね。内定が出るまで見守っていきたいです。

可部さん:事務局としても、第4・第5バッチの方をどうサポートしていくか、今議論を進めています。お二人がおっしゃったように“長期”がキーワードになっています。第3バッチ以降、来日した最初の1年間を日本語教育だけ行うようプログラムを変更しました。今後はよりレベルの高い就職活動ができ、研修員の持つ技術を生かせる職への選択肢が増え、可能性が広がるだろうと期待しています。それに伴い、中長期の支援の必要性の議論をさらに進めていきたいです。

加えて、JICA広報にも取り上げられるほど、機構内でもこのプロジェクトの注目度が高くなっています。
このチーム型の伴走支援の取組みを続けていくことで、これからの日本への刺激や、外国籍の人との共生社会を実現するエンジンになるのではと思っています。

――JISRの就活伴走支援やプロボノ参加に興味のある方に、一言お願いします。

可部さん:幅広い業種の企業に参加してもらえたらいいですね。
この伴走支援には、特別な能力は必要ありません。普段私たちが生活のなかで感じていることは、当事者には必要かつ新鮮な情報にもかかわらず、なかなか届いていません。それは、ホスト側の日本人が難民に対して「言葉が通じない」「中東の人」といった心理的な壁をつくってしまっているためです。サポーターがその間に立ってギャップを埋める役割になってくれたら、こんなにうれしいことはありません。

龔:ご興味のある方は、ぜひ気軽に、LIFULLのFRIENDLY DOORのメールアドレスもしくはLIPの問い合わせフォームから龔宛てに、JISRの就労支援に関心がある旨でご連絡いただけたらと思います。

MMさん:皆さんがおっしゃるように、気軽にできることなのでぜひ参加してもらいたいですね。
いまだコロナ禍が続いて海外へ行きづらいなか、海外の方とコミュニケーションをとったり外国を身近に感じられたりするいい機会にもなります。ぜひ気軽に参加してほしいですね。

松尾さん:専門家として関わるハードルの高いサポートではなく、日本で働く一社会人、一人の人間としてできることだと感じています。同時に、適度な距離感を持ちながらも人と向き合ってその人の次のステップをサポートすることは、やりがいがあります。魅力ある活動なので、おすすめです!


おわりに

お話を伺うなかで松尾さんが、「自分が研修員の方の業界についての知識がなく、はじめは焦ることもあったのですが、門外漢だからこそリスペクトでき、そう伝えたらとても喜んでくれて。私もうれしかったです」と、笑顔で語る一場面がありました。
“支援”というとサポートする側される側と一線を画すように捉えられがちですが、サポーターと研修員の間に、ゴールに向かって伴走するまさに横並びの関係が築かれている様子が伝わってきます。
特別な能力がなくても、社会人経験を生かせるプロボノ。企業を超えて、国境を超えて、人と人とのつながりが、人を豊かにしてくれるはずです。


プロフィール

可部さんプロフィール写真

可部 州彦(かべ・くにひこ)
米国カリフォルニア州政府のCalWORKsプログラム(母子家庭の経済的自立支援)への参画を皮切りに、移民・難民の背景を持った人々への就労支援キャリアを開始する。現在、JICAシリア平和の架け橋・人材育成プログラムの副統括を務めながら、明治学院大学教養教育センター付属研究所研究員として、グルーバル社会と市民活動ボランティア学7・8の授業を担当、認定NPO法人難民支援協会にて定住支援部のマネージャー、また、内閣官房の第三国定住による難民受け入れ事業の対象拡大等に係る検討会で有識者委員を務める。


MM
人材紹介会社、コンサルタント会社を経て2022年デロイト トーマツ グループに入社。リスクアドバイザリー事業本部に所属し、災害時のリスク低減等についてのアドバイザリー業務を行う。2022年6月ごろより、JISRプロジェクトのサポーターとしてプロボノ活動に参加する。


松尾 優香(まつお・ゆか)
2021年に株式会社LIFULL入社。LIFULL HOME'S事業本部プロダクトプランニング部プランニング9ユニットCSマネジメントグループに所属し、LIFULL HOME'Sのクライアントのオンボーディングや活用のサポート業務に携わる。2021年10月ごろより、JISRプロジェクトのサポーターとしてプロボノ活動に参加する。


【関連リンク】
▼JICA シリア平和の架け橋・人材育成プログラム

▼特定非営利活動法人Living in Peace

✳︎LIFULLHOME'S
✳︎LIFULLマガジン
✳︎株式会社LIFULL

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