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ネイチャードリブンなデザインラボ5選

Takeshi Okahashi / Ryuichi Nambu

ACTANT FORESTのデザインスタジオの基本設計が完了し、今年の夏頃、北杜市の森に小さな小屋が建つ予定だ。これまでは、アウトドアでの活動が中心だったが、ついに雨風をしのぐ場所ができる。自分たちが、そしてゲストの皆さんと、集い、語りあい、泊まることも可能になる。メンバーの間では、その拠点を使って、どんな活動に取り組んでいくのか、楽しい妄想が膨らんでいる。

これまで、我々の活動の参考事例として世界中のデザインラボをリサーチし、折に触れてニュースレターの中でも紹介してきた。デザインラボといっても、実験的なものから、工学的なもの、デザインファームのようなものまで、千差万別だった。スタジオ設計の目処がたったところで、改めて振り返って議論した。せっかくなので皆さんにも紹介したい。

今回取り上げた事例の選択基準は3つ。まず、リアルな場を持って活動している点。そして、アートやデザインに立脚したリサーチ機能がある点。そして、概念だけでなく実践的なアウトプットに辿り着いている点だ。

改めて振り返ってみると、僕たちがどこにグッときていたのか、ある程度クリアになった。共通点は以下の4つだ。

● 自然環境や地球の持続可能性をテーマにしつつも、どのラボも「なんとかしなきゃ」という切迫感ではなく、これってすごく綺麗だねとか、こういうことやったら面白いよね、というポジティブな姿勢が感じられる。

● 楽しみながらリサーチするプロセスで考えたことや感じたことを具体的な形にして社会に提示し、わかりやすく共感を生み出している。

● レジデンスとしていろんな人に開いて、自然とコラボレーションするきっかけを提供する場=メディアなっている。いわば参加型のオープンな場。

● それでいて既存の価値体系に対して批判性を持っている。そのメッセージをなんらかの媒体でしっかりと外に発信している。

どれもアートやデザインの強みを活かしながら、肩肘張らずゆるい感じで生態学やバイオ領域へと越境している点に共感する。ACTANT FORESTのスタジオもそんな風にしていけると良い。

SPACE 10/コペンハーゲン:IKEAのリサーチデザインラボ

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概要
おそらく今回取り上げる事例の中では最も有名だろう。SPACE 10は、デンマークのコペンハーゲンにあるリサーチデザインラボだ。拠点となるのは、もともと水産加工施設だった建物をリノベーションした空間。IKEAが主催する研究開発機関として運営されている。といっても、IKEAのブランドは前面に出ていないし、社員も常駐しているわけではない。あくまで、これからのデザイン、これからの人々の暮らしを先取りするようなリサーチや実験を独立して行うことが中心にあるラボだ。「私たちは、今後数年間に人々や地球に影響を与えることが予想される大きな社会的変化に対して、革新的なソリューションをリサーチ・デザインする」という理念が掲げられている。2015年に設立され、リビングラボという文脈で話題になったときは、コンセプトに「地球(プラネット)」は入っていなかった。地球環境がますます意識されるようになっている表れ。このラボも社会課題に合わせて変化している。

▶︎ The Ideal City: 未来の理想の都市像を探究する

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『The Ideal City』は、2021年にドイツの出版社gestaltenから出版された「理想の都市」についての事例集。Space 10のチームが、世界を訪ねて取材した事例が紹介されている。The Resourceful City (資源あふれる都市)、The Accessible City(アクセスできる都市)、The Shared City(共有される都市)、The Safe City(安全な都市)、The Desirable City(望まれる都市)の5つのテーマに基づいて編まれている。

▶︎ Bee Home: 蜂の巣のデザインをオープンソースで公開

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生物多様性の低下、農薬の影響などで数が少なくなっているミツバチの巣のデザインをオープンソースで公開している。誰でもデザイン案をダウンロードして、近くのファブラボなどを活用して巣を制作することができる。ウェブ上で、設置した巣箱を登録することができる。

▶︎ Climate Layers:気候変動をアーティスティックに可視化する

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Space 10のギャラリーで展示された作品。気候危機は、頭の中では理解できても、生活の中でリアリティを持って感じることが難しいもの。暴風雨、間伐、気候変動、異常気象、山火事、洪水といった出来事を、アーティスティックに可視化することで、環境危機の影響をより具体的に、身体的に感じとることを可能にしている。

メンバートークより
・毎回リサーチしたことを展示や書籍という「形」にしているのがすごい。まさにラボ。積極的に外のコラボレーターたちと一緒にプロジェクトに取り組んでいるところも面白い。
・IKEA出資というものの、特に忖度するわけでもなく、大胆に新しい問題提議をし続けているのが素晴らしい。
・ACTANT FORESTも、アーティストやデザイナーなどにも来てもらって、何かをつくりだせるような場をにしていけたら良い。理念だけというよりも、何かつくったり、表現したりすることを大事にしていきたい。

SAKIYA/パレスチナ:アート、科学、農業を横断する批判的実践

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概要
SAKIYAは、中東のパレスチナで行われているアート/科学/農業の分野を横断するレジデンシープログラム。アイン・キニヤ村の自然保護区を拠点に、自給自足的な農業や暮らし、文化の学際的な研究・実践・教育活動を行っている。アーティストのニダ・シンクロノットと建築家のサハ・クァラスミが設立。イスラエルの占領がもたらした農地の収奪とモノカルチャー化、新自由主義と都市化の進行に対し、土地の修復/農業の実践を起点に、現代のアートや科学を結びつけることで、失われつつある伝統的な知識文化や協力関係を再構築し、持続可能性を育もうとする試み。

▶︎ コミュニティガーデンラボラトリーの設立
カリル・サカキニ文化センターの協力のもと、地元のアグロエコロジストとともにガーデンラボラトリーを設立し、サステイナブルな農業実践に取り組んだり、地元のレストランや住民から生ゴミを集められるコンポストセンターを設置するなどしている。

▶︎ Under the Tree - 'Taxonomy, Empire and Reclaiming the Commons'

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地元の研究者と農業従事者が一緒になって、植民地の遺産(Colonial Legacy)である植物分類についての議論と研究に取り組んでいる。

▶︎ Between the Qaiqab and the Ballut:学び&展示プロジェクト

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ビジュアルアートと自然保護、サステイナブルな農業、食料公正(Food Justice)をテーマにした学びと展示プロジェクト。農業従事者やアーティスト、職人、学者が一緒になって、土地の持つ文化的・生態的な豊かさを学ぶ機会をつくる。

メンバートークより
・中東のパレスチナにあるラボ活動によって、新自由主義や都市化に対して批判的なまなざしを持つことを促している感じ。
・そのために自然の再生や農業や暮らしの実践するというのが面白い。「反ネオリベ」と言葉で主張するよりも、実践が伴っている点に共感する。
・ガーデンラボラトリーをつくっていたり、植物のリサーチもして、コンポストセンターがあったり、その土地の生活や文化に寄り添って活動しているところが良いと思う。
・実践があるから、優しくて深い。だからこそ、ある意味よりラディカルとも言える。歴史や文化に刻み込まれたものは、地元の若い人たちには意外と伝えられていなかったり、じっくり考える機会がなかったりするから、パレスチナの人々が多様な視点を得て、将来につながる知識や知恵を身につけられる場所になっているなら、すごいことだと思う。
・日本は、パレスチナみたいにわかりやすい「危機」状況にあるわけではないけれど、かといって問題がないわけではなくて、考えるべきこととか、取り組むべきことは意外と変わらないのかもしれない。わかりにくいジェントリフィケーションは進んでいるし、高度成長期の都市化であらゆるコミュニティが失われてしまった状況がある。

Mediamatic/アムステルダム:自然とテック、アートの融合

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概要
1983年設立のMediamaticは、アムステルダム中央駅から徒歩圏内の線路沿いにあるアートセンター。自然、バイオテクノロジー、アート+サイエンスをテーマとして、レクチャーやワークショップ、アートプロジェクトに取り組んでいる。国内外のアーティストや施設との広いネットワークもある。菌糸ブロックでバードタワーをつくるプロジェクト、落ち葉を蒸留するプロジェクト、棺桶を制作しながら死を考えるワークショップなど、自然と社会、人のつながりを考えさせられるプロジェクトが数多く同時進行している。また、プラントベース100%の料理を提供するETENというレストランが併設されている。

▶︎ Pigeon Towers:菌糸ブロックでバードタワーをつくろう

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キノコを育てた後に残る菌床(菌糸体)をレンガにして鳥の住処となるタワー(バードタワー)をつくるアートプロジェクト。ただタワーをつくるだけでなく、ここに循環が生み出されることを想定している。つまり、菌床はやがて土になり、鳥の糞(かつては「グアモ」と呼ばれ貴重な有機肥料であった)とともにトウモロコシを育てる。そして、トウモロコシの葉は再びキノコを育てるための菌床となる、という循環だ。菌糸体のブロックがタワーになっているだけでもシュールな光景だ。バードタワーについては、かつてヨーロッパ各地にあったという歴史があるというところも面白い。

▶︎ ETEN: プラントベースの料理を提供

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併設するレストランETEN(オランダ語で「食べる」の意)では、プラントベース(植物由来)の食材だけを使った料理が提供される。地元産の季節の野菜を活用することはもちろん、食を共有する体験や手で食べる体験など、食べることにとらわれず新たな経験と洞察をもたらすような料理を提供しようと心がけているそう。コロナが広がった後に、小さな温室を活用した個室で料理を提供したことでも話題になった。この仕組み「Serres」については経験やノウハウを公開して、他の人たちが活用できるようにもしている。

メンバートークより
・参加型のワークショップがたくさんあって面白そう。
・鳥のフン「グアモ」は、かつては貴重な有機肥料だったそう。古来の技法踏まえつつ、有機的・循環的な農業にもつながる現代の実践になっている点が参考になる。
・ バードタワーに使う菌糸の山を踏みまくるGentle Disco(おだやかなディスコ)のイベントに参加した。大人も子どももいて、DJのミドルテンポ中心の音楽のもと、ムニョムニョって菌床を踏みつけまくる。ビールも無料でふるまわれていた。真面目なサステナビリティではなく、こういう楽しみ方で活動ができるのは良い。
・このプロジェクトのような楽しさ、シュールさ、面白さからアプローチができるというのがアートやデザインの良さ。
・ACTANT FORESTにもバードタワーをつくろう。篠竹から菌床をつくって、そこでキノコ育てて食べて、余った菌床を踏み踏みして、それでタワーをつくれば良いのかな。

Critical Concrete/ポルトガル:自然と市民とともにつくる都市実践

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概要
Critical Concreteは、ポルトガルの第二の都市ポルトをベースに、持続可能な建築や市民参加型の都市づくりに取り組む非営利団体。持続可能な素材を活用した建材のリサーチや、DIYで住宅を建てたり、修繕したりしながら暮らしていくための知識と知恵を蓄積している。ワークショップやレクチャーも頻繁に開催し、オンラインコースも充実している。研究、教育、設計、コンサルティングと幅広く活発に活動している様子が、ウェブサイトからも伝わってくる。

▶︎(Urban) Food Forest:都市にフードフォレストをつくろう

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ACTANT FORESTでも記事にしているフードフォレストの実践。Critical Concreteではフードフォレストを都市の中でどう実践していくかということに主眼を置いて活動している。

▶︎ Building with Mushrooms:建材としての菌床

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Mediamaticのところでも言及した菌床(Mycelium)の建材としての可能性をCritical Concreteでも研究している。自分たちの学びや実践をわかりやすく公開している。菌床の建材としての可能性について講義しているオンラインコースも良さそう。

▶︎ Knowing Our Food:保存について知り、実践する

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伝統的な食べ物の長期保存の方法やキムチのつくり方などを研究・実践している。食べ物を腐らせることなく、かつエネルギーを消費する季節ものではない野菜(遠くからやってくる)の使用も減らせる。食べ物を再考することは、まさに都市での暮らしを再考することだ。

メンバートークより
・クリティカルコンクリートという名前も、ウェブで伝えられている活動内容も、近代建築や近代生活を批判しつつサステイナブル建築のための実践をしていることがわかりやすく伝わってくる。
・コンクリートに対してクリティカルになるということだから、コンクリートが象徴する近代建築が自然に良くないことを前提にして、それじゃあ何ができる?というところを考えて実践している人たちが集まっている。活動拠点がポルトガルの第二の都市ポルトなので、住宅が足りないとか、コミュニティの希薄化とか、そういう都市特有の問題への意識も高い。
・クリティカルコンクリートのウェブでは、英語での発信が中心。オンラインコースも全部英語になっている。小さい国だし、こういう開き方をすることで、より面白い動きが出てくる。僕らも、こうして活動の内容を理解できるわけだし。大いに参考にしたい。

KNOCZKvologan/スコットランド:自然と対峙するための避難所:

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概要
KNOCKvologanは、アート、文学、フィールドリサーチ、自然保護などを行うための滞在・研究拠点。オランダ人デュオがスコットランドの離島で、取り組んでいるアートプロジェクト。アート、文学、リサーチ、自然保護のための避難所という定義で活動が行われている。多くのアーティストやリサーチャー、実践家がレジデンシープログラムを通じて訪れ、積極的に実験的かつ協働的なプロジェクトに取り組んでいる。自然や風景にひたりながらインスピレーションを得て活動に没頭できる恵まれた環境がある。

▶︎ Floating Worlds:人と死、自然の関わりを映画にする

スコットランドの演劇ディレクターとオランダのアーティストのコラボレーションによる短編映画。家族の死や自然との関わりが主題となっている。Mull島で撮影が行われた。日本の能から時間や場所との関係、儚さなどのインスピレーションを得ているそう。動画も公開されている。

▶︎ Mothscape:見過ごされている小さな昆虫を詳しく観察する

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Mothscapeは「蛾の風景」とも訳せるだろうか。地元のアマチュアナチュラリストによるガの観察ノートだ。ほとんど研究されていない小さな蛾の観察日記。蛾の生態や葉との関係を探ることで、より大きな生態系とのつながりが見えてくる。

▶︎ Wild Cooking Collective:ワイルドで自給自足な料理を楽しむ会

Wild Cooking Collectiveは、できるだけ採集や釣り、狩猟、自家菜園などから採れた自給自足のもので料理をつくって食べようという集まり。理論的・視覚的な調査、健康や味覚についての調査も行いながら、毎月、地元の旬の食材や山菜、オーガニックの肉や魚を使って、新旧の調理法や保存法を駆使した料理パーティーを開催している(12名限定)。雨水タンク、シンク、調理器を備えた軽量の簡易移動式フィールドキッチンで調理している。ゆくゆくは、ソーラークッキングや燻製機、発酵など、より高度な機器も開発していく予定だそう。

メンバートークより
・スコットランドのスコッチの蒸留所があるようなところより、さらに奥に行った感じ? こういう人里離れたところでも、しっかり場をつくっている人がいることで、アーティストがどんどん集まってくる。新しいインスピレーションが生まれる場所になっている。
・ワイルドクッキングコレクティブはACTANT FORESTでもやりたい。厳密にやる必要はないけど、やってみたら都市の食生活に関していろんな気づきがありそうだ。
・どのプロジェクトも、しっかり自然とのインタラクションがあって、デザインやアートにもつながっている。かといって、アートに寄りすぎていない。既存のカテゴリーはあまり関係なく、いろんなプロジェクトがあって、いろんな可能性があることを教えてくれる場になっている。
・自然に着目すると、どうしても環境保護とか気候変動とかに向かってしまいがち。でも、自然とともに活動する、Design with Natureすることで、いろんなことを試していくことが面白いし、その過程で、自然への理解の新しいアプローチにつながるのでは。

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