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「悲しみに、こんにちは」~母親不在の数時間に思う

舞台はスペイン。
都会で育った少女フリーダが、母親を亡くした後、郊外で自給自足をしながら暮らす叔父叔母の家に引き取られたところから物語がスタートします。

母を亡くし、突然遠くに住む親せきの家で新しい生活を余儀なくされたフリーダの心の機微が、実に見事に、フィルミングの中で表現されていました。フィラーのコマは何一つなく、あらゆる映像がフリーダの揺れ動く心象を描いていました。気づくと、私自身、この映画を心で観ていたのです。

そして私自身の幼少期を思い出しました。


私は岡山で生まれ育ちました。夏休みになると横浜に暮らす母の妹一家が帰省して来ます。叔父叔母や従妹たちに会うのが毎年の夏の楽しみの一つでした。

叔母は「あっこ、あっこ」と私の名を呼んで、よくかわいがってくれました。美大を卒業した叔母はセンスも抜群で、まるで私のスタイリストであるかのように、私に似合う服やバッグを見繕ってくれました。誕生日やクリスマスにも、いつも洋服や小物が贈られてきて、横浜の風がふわんと香る、叔母からの大きな包み紙をほどくのがいつも楽しみだったのです。

そんな叔母のことが、私も大好きでした。「おばちゃんちの子になりたい。一緒に東京に帰りたい。」などと言っては母を困らせていたものです。(当時の私にとって、関東圏はすべて「東京」でした。)

さて、ある夏のことです。叔母たちが帰省し、すでに数日滞在していた祖母宅に、私もようやく遊びに行くことができたのですが、なんと、そこで発熱してしまいました。発熱してしまうと、体がしんどいのはもちろん、心も弱ってしまうのですね。いつもの意気揚々とした勢いを失ってしまい、とても心細くなってしまいました。叔母は「あっこ、大丈夫だよ。おばちゃんが一緒に寝てあげるから、安心して今は休みなさい。」と、背中をとんとんしてくれるのですが、私は涙が止まらないのです。叔母はきっと私が発熱で辛いと思ったのでしょう、「眠ったら熱は下がるよ。辛いよね。けれどきっと楽になるよ。大丈夫だよ。」とやさしく体をさすってくれるのですが、体が辛いのではなかったのです。私は母を欲していました。

「おばちゃんちの子になりたい!」なんて勢いよく言っていたのに、背中をさすってくれる手は母であってほしかったのです。この辛い状態の時に母がいない。そして、大好きな叔母が優しく接してくれているのに「母の方がいい」と思ってしまった私。叔母に対する罪悪感だってあったと思います。母のいない心細さと寂しさと、おばちゃんごめん、、、という気持ちが交錯し、熱で頭もぼんやりし、ただただ涙が止まらなかったのでした。

さて、その時母はどこに行っていたかと言うと、その日の夕食の買い出しに出かけていただけでしたので、数時間ほどで祖母宅に戻ってきました。わたしにはとてもとても長い時間でしたが。

横になっている私のそばにきた母が「あらあら、困ったなぁ。よしよし。」といって背中をさすってくれた時に、何とも言いようのない安心感に包まれました。ピンク色のふわふわとしたモヘアのブランケットをかけてもらったかのような、幸せで平和で穏やかな、安らぎそのものを感じました。そして母が叔母に感謝の言葉をかけているのを聞いて、ようやく私の罪悪感にも恩赦が与えられたように感じました。抑圧から解放されたようにホッとしたのです。この時の感覚は今でもはっきりと覚えています。安心しきった私は、そのまま祖母宅で深い眠りに入っていきました。

私の場合、発熱して気持ちが落ちている時に、数時間母と離れているだけで悲しくなってしまったのに。しかも大好きな叔母がそばにいてくれたのに。


一方で、今までそんなに親しく付き合っていなかったフリーダにとって、叔母の家の子になるというのはどういうことだったのでしょうか。しかももう何があってもママは戻ってこないのです。どれほど心が揺さぶられたことでしょう。不安を超えて、絶望すら感じたかもしれません。私はここにいていいんだろうか、新しい家族に私は愛されているのか、そもそも私は何者か、私はどうしたらいいのか、そんな深い問いが湧き上がるものの言葉にならず、恐れが悲しみや怒りに変わったって不思議はありません。

フリーダは自分の気持ちを言葉にできない分、新しい家族に意地悪をしたり投げやりな態度を取ったり、わがままを言ったり反抗したり、媚びてみたりすねてみたり、、、時には大人が困ってしまうような行動を取ります。しかしその裏には、フリーダの行き場のない、言葉にならない心の機微があるのです。その言葉にならないものが、映画では見事に表現されていました。ある時は自然美豊かな情景で、ある時は夜の景色で、ある時は家畜の映像で、、、。

そして最後の場面は圧巻です。

観る人それぞれの心に、それぞれのエンディング・ストーリーが湧き上がることでしょう。
わたしにはキラキラした宝物のストーリーが舞い降りた瞬間でした。

この映画に出会てよかった。
幼少期の数時間を思い出せてよかった。

心からそう思います。

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