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駅トイレで正念場を迎えた男。

人生の岐路はいくつもある。
大抵が「あそこが岐路だった」とわかることばかりだ。

しかし稀に「ここは人生を左右する」と感じられる時もある。


「すいません…代わってもらえませんか…」


就活生と思しき学生風の男は,
私の袖を掴み、蚊の鳴くような声で懇願する。

私は初めて、人生の正念場を迎えた”漢”の顔を見た。
まるで「今から歴史を変えようとする漢」のような形相であった。
その歴史を変えようとする顔を見て、
私の脳内には大河ドラマ『真田丸』のオープニングのBGMが流れた。

これは大阪駅内トイレでの話だ。
汚い話で誠に申し訳ないが、
当時大便をするべく私は長い列に加わっていた。

順番が来るまで便意そして苛立ちと闘う時間は苦行だ。

「コンタクトしてるんだ〜」という会話と同じくらい意義のない時間と私は考えている。

そんな苦行を経て、次で自分だと思っていた時に冒頭のセリフが
私の鼓膜を震わせた。

男は片膝を床に付き、左手で己の腹を抑えながら利き手であろう右手で
私の袖を掴んでいる。

呼吸も乱れていた。汗もかいていた。

まさに男の正念場、そして歴史を変えんとする気迫は
彼のリクルートスーツを見て更に感じた。

大事な面接があるのだろう。
漏らした後に面接など行けぬ、とでも言いたげだ。

しかし私のコンディションも彼に順番を譲れるような状態でなかったので
「ごめんなさい、僕もお譲りできるようなコンディションでないんです。」


彼は崖から落とされたような絶望の表情で

「えええぇ…」

このまま泣くんじゃないかとも思った。


やっと私の順番が来た。
順番を譲ることを断ったが、少し同情の気持ちが芽生えていた私の胸中は

「彼のために全力を尽くす。」

人生で初めて、他人の為に用を足した。

なかなかの好タイムで外に出る。
他のトイレが空いた気配もない。

すると疾風の如く私の横を横切った彼は、
腹に手を添えたまま、低い姿勢で脱兎の如く
私が使ったトイレへと駆けた。

万全のスタートを期すためだろうか、
既にベルトは解かれチャックも全開。

ドアが大きな音をたてて閉まる。

すると刹那、
「ヴヴヴゥエェアァァ〜!!!!!!!!」

千年の封印が解かれた龍が暴れ出したの如く、
爆発音がトイレ中に響き渡った。


彼は勝った。


そしてこんな話を思い出した。

かつて徳川家康は武田信玄に三方ヶ原の戦いで敗走し、
城へ逃げ帰ると、自分が糞尿を漏らしていることに気付いた。

そこで、この悔しさ・情けなさを忘れないように
当時の姿を絵師に書かせたという。(下の画像)

これは彼の凄さを物語っていると思う。
自分の大失敗に封をするのではなく、
今後の糧にする覚悟を感じるし、実際それをやってのけたからこそ天下人になり得たのであろう。

人生の恥部を残す。

家康にとってここが人生の岐路の1つだったといえる。

大便を漏らした男は本当に歴史を変えてしまった。


トイレの彼は便意に勝った。


ただ、もしかすると人生の勝利は逃したのかもしれない。
(ほんま知らんけど)


う◯こ、なかなか侮れない。


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