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勝敗を超えて(2016年5月)

次男が朝日少年少女囲碁名人戦大阪府大会に出場しました。囲碁を本格的に習いはじめて2年、アマチュアでいう3段くらいの棋力になったので、初めて大阪府の代表を決める「代表決定戦」に出場することに。

上位三位までが8月にある全国大会に出場できますが、今回は惜しくも四位で終わりました。

今日は、本当に忘れられない一日になりました。
準決勝に破れ、最後の全国大会出場枠をかけた三位決定戦。決勝戦が先に終わってしまい、皆が見ている中での対局になりました。

接戦でしたが、本人曰く「優勢だった」対局の終盤、突然頭を抱えた彼。盤面を見ても素人の私はわかりませんが、何かが起こったのは確か。そのまま、一瞬時間が凍りついたようになって、抑えられない彼の嗚咽が場内に響きました。

「ああ、なにかミスをしたんだな」ということは分かりました。そして、それがどうやら取り返しがつかないようなものだということも、彼の様子から分かります。

囲碁は逆転の利くゲームですが、取り返しの付かない一手というのがあるみたいで、彼はその一手を見逃していたようです。

彼の呼吸がおかしくなって、過呼吸のような気配。私は思わず「倒れるかも」と彼の側に駆け寄りそうになったのですが、夫に止められました。対局中は立ち入り禁止なのです。

泣きじゃくる彼を抱きしめてやりたいけど、できないもどかしさ。時間だけが過ぎて、彼の泣き声が響きます。たくさんの人がその様子をじっと見ています。私は居ても立ってもいられない気持ちで、とにかくそこに立っているだけで精一杯でした。

対局はまだ終わっておらず、泣きながら彼は自分の負けをもう一度時間をかけて、ゆっくり確認します。相手の子は彼より年下でしたが、冷静に彼が盤面を読み終わるのを待っていてくれました。

もう一度確認しても、負けは負け。そこで「投了」といって自分で負けの合図を出します。
持ち時間一人40分で、一局打つのに一時間から一時間半かかります。星の数ほどある手の中から、一手一手時間を使って先を読み、最善の一手を選んでいく。とにかく根気のいる作業を積み重ねて、ようやく勝利が手に入りそうだったのに、自分で終わりを告げないといけない、そのことが悔しくて悔しくて、涙が止まりません。

私も正直泣きそうでしたが、泣いたらもうそのままグチャグチャになってしまいそうだったので、必死に涙をこらえていました。ギャラリーの人が数人もらい泣きをしていました。

絞りだすような声で投了して、碁石を片付けて終わりの挨拶。二人で大会本部へ結果を報告して、やっと私のところへ倒れこむように帰ってきました。

その後、彼は会場を出ても声を上げて泣くのを止められません。あまりにも大きな声なので、部屋を出ても会場まで届きそうでした。とりあえず二人で非常階段に避難して、そこで思いっきり泣きました。

「表彰式には出られない」といって、延々泣きます。私はまさに「掛ける言葉が見つからない」状態でひたすら背中をさすっていました。

泣くだけ泣いて、やっと落ち着きました。そして自分から会場に戻っていきました。まだ表彰式は始まる気配はありません。全国大会は上位三人ですが、表彰は四位までしてくださるとのこと。できれば、胸はって出てほしいなあと思っていたら、彼はスタスタ歩き出して、空いている席に向かって、一人さっきの対局をもう一度最初から打ちはじめました。

切り替えの早さについていけない私。正直心の弱い私は、皆の見ている前で慟哭する息子をみて「こんな辛い勝負の世界に身を置く必要なんてないよ」と思ってしまいました。

もう彼は次のことを考えていて、「どうして負けたのか」をもう一度自分に突き付けていました。とても冷静に。その表情はとても大人びていて、自分の子どもなのに、自分の子に見えませんでした。

そして今度は負けた相手のところへ近づいていき、何やら話をしています。どうやらさっきの対局を一緒に検討してくれと頼んでいるようでした。

囲碁では「検討」といって対局が終わった後に、もう一度最初から振り返りながら、もっといい手は無かったか、色々と検討をします。とにかく囲碁は打つ手の選択肢が多いので、後から検討すると、何通りもの打ち方、試合の展開の仕方があるのです。

彼はすっかり切り替えをして、この負けから何としてでも何かを掴もうとしていました。悔しさを乗り越えて、前へ向かう気持ちの強さに、私はただただ感服するしかありませんでした。

表彰式では涙もすっかり乾いて、清々しい顔で賞状を受け取っていました。そして、負けた相手の子のところへ近づいていき「全国大会で頑張って」と言葉をかけていました。

自分が10歳の時、彼と同じことができただろうか…絶対無理です。
負けたショックでそのまま帰ってしまうだろうなあ。
彼は、私にはない「強さ」を持っている、そのことに驚きました。

今日は彼にとって忘れられない一日になったことでしょう。そして、私も今日のことはいつかきっと思い出すだろうなと思って、こうして記しておきます。

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