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「シュレッダー係」 ショートショート

段ボール箱いっぱいの書類の山。ここから数十枚無造作に取り出して、クリップ、ホッチキスの芯、糊付け部分に気を付ける。それをわずかなすき間にネジ入れると、待ってましたとばかりに吸い込んでいく。そのすき間はもっともっとと求めてくるのだ。

私はシュレッダー係だ。この仕事に就いて、というか無理やり配属されてからもうかれこれ十年になる。はっきり言ってリストラ対象だったのだ。それでも私は辞めなかった。辞めるなんてことは私の脳みそには一切刻まれていないのだ。だから私はこのシュレッダー係という仕事を極め、愛し、自分の一部のように大切にして取り組んできたのだ。

コピー機の横に乱雑に設置された、三十センチ四方の小さな安物テーブルが私の仕事場。椅子は当然安価なパイプ製。決して快適ではないが、心を完全に今にゆだね、割り切りの極みまで到達させることで自分の場所となる。

近くを通りかかる出世組たちは、あからさまに軽蔑の視線を私にぶっ刺していく。普段のうっぷん晴らしを無意識にしている。私のことを同僚とは思っていないのだろう。そう言えばもう何カ月も社内で会話をしていないことに気づいた。

このあいだは突然私の前にドサッと書類の束を投げ捨てられた。みると入社間もない女子社員が無言と無表情でそこにいた。もはやコンビニ弁当の殻をゴミ箱に投げ捨てた時といっしょ。それと寸分変わらない後ろ姿で去っていった。私は人間からゴミ箱に降格したようだな。

それでも私は書類を確認し、手際よくシュレッダーの入り口にネジ入れていく。

『ピーピーピー』

シュレッダーがいっぱいになったようだ。慎重に扉を開けて中の刻みゴミを静かに縛っていく。ここであせるとフワリと吹き出してしまう。ひとカケラも逃したくないのだ。私はゴミ袋いっぱいに詰まった刻みゴミを眺め満足した。これでまたひとつ近づいたぞ。

私は毎日このパンパンに詰まった刻みゴミを一個ずつ家に持って帰る。そして部屋の中で思いっきりぶちまけるのだ。部屋の中に大雪警報。もう床はとっくに見えない。それどころか今日の一袋で天井の高さまで刻みゴミでいっぱいになった。十年間ため込んだ私の頑張りは今日で完成した。その白の中に思いっきり頭から飛び込んで、埋まったままで時を過ごした。

子どもの頃、こうして雪の中で何時間もすごしたな。あの頃はどうしてあんなに幸せだったのだろう。なんの心配もなく思いのままで生きていた。やはり守られていたのだな、家族に。許されて認められて受け止めてくれる家族がいたから。だから私はとにかくこの会社で頑張ってきた。家族のためにも絶対に辞めずにくらいついてきた。それなのにいつの間にか道を踏み外してしまったようだ。私にとって人生は難解だった。かすかにガスの臭いがしてきた、そろそろだな。私は準備していたライターで火をつけた。

ドン!

一発の巨大な爆音とともにマンションの十二階のひと部屋が吹っ飛んだ。そのマンションの周辺には、夏だというのに刻まれた悲しい雪が大量に降り注いだ。

もとの姿はどんなものだったか。もはや誰にも復元できない男性の刻まれた気持ち。夏の大雪は黒いこの街を幾分かは白くできたのだろうか。


おわり

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不思議な新作がでました!


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