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有害鳥獣捕獲から生まれた狩猟家の新規事業。目指すは「命の循環」

「自分は猟師なんかじゃない。猟師なんて、もっと雲の上の存在だから」

少し照れたように訂正したのは、今回「猟師」として紹介しようとしていた岡本浩明さん。
特定非営利活動法人ルーツジャパンの理事長として有害鳥獣捕獲に取り組む傍ら、獲れたイノシシや鹿を捌いて地元のレストランに卸し、さらに残った部分をペット用フードに加工する新規事業を、今まさに立ち上げようとしている。

「ここなら何でもできる!」当初の予定を大きく変更し、老後の資金を投入

みかんの産地として有名な静岡県三ヶ日町。のどかな田園風景の中に、新規事業立ち上げの舞台があった。

食肉処理施設と聞いて、倉庫や工場のような場所を想像していたが、案内されたのは意外にも古くて立派な日本家屋だった。広い母屋には8畳ほどの畳の部屋が4つ並び、さらに日当たりの良い縁側、精巧な彫りが施された寝室、そして2階にも十分な広さの部屋が2つある。

敷地内には母屋の他にも蔵や納屋があり、庭は岩や石灯篭で装飾された立派な日本庭園だった。

「海外に住んでいる地主さんから、居抜きで買ったんだよ」

立派な家屋には所狭しと家具や雑誌、生活用品が残っており、それを今片づけている最中なのだという。

「あっちの建物を食肉の処理施設にしようと思ってる。以前の持ち主が仕事で使っていた、大きな業務用の冷蔵庫がついているから」

彼が指さす先には、大きな倉庫があった。

当初は、猟仲間が集まる小さな猟師小屋を作ろうとしていたという岡本さん。そのための家を探していたところ、地元みかん農家の紹介で、この物件を見つけた。

「猟師小屋があれば、三ヶ日の山でシシ(猪)獲って、顔見知りの仲間や地域の人たちでシシ鍋をつつくような拠点になるだろうと考えていたけどね。実際に出てきたのがこの物件だった。そしたら、今までずっと構想を練っては断念してきたアイデアがまた首を持ち上げてきて。ここなら何でもできちゃう、願ったりかなったりだと思って、老後のお金、全部投入しちゃったんだよね」

昔からずっと考えていたこと。でも現実的ではないと思って断念してきたもの。

山で獲れた命をいただき、それを里へ卸したり、ペットフードとして加工したりすれば、小さな循環の輪ができる。それ自体は小さな事業にすぎないけれど、岡本さんの頭の中には、地方活性化の可能性を秘めたアイデアが浮かんでいた。

始まりは仲間たちの要望から

「もともとは、狩猟や山遊びが好きな連中が庭先に集まって、山で獲った獲物を煮炊きして食べていた。『シシが獲れたからカレーにするけど食べる?』って声かけて、集まってきた家族にふるまったり。猟犬も相棒だから、ちゃんと肉や骨の分け前を与えたりしたね」

そのうち、近所の愛犬家から犬用の肉を分けてほしいと言われ、知り合いのレストラン店主からはジビエ用に肉を卸してほしいと言われるようになった。

獲物はいつもあるわけでもないし、肉をレストランに卸すのにも保健所の許可が必要。しかし需要を感じた岡本さんは、もしこれを事業にできたら、みんなが喜んでくれるのではないかと考えるようになった。

「アウトプット(食肉販売)できれば、鉄砲撃ちのじいさんたちを雇用して、獲物の解体なんかもできる。それが最終的に食肉やペットフードという形で販売できれば、お金も入るし、鳥獣害も減るしっていう、良い循環ができる」

狩猟仲間が10人集まってNPO法人を設立

狩猟をしていた父親の影響を強く受け、岡本さんは20歳で狩猟免許を取得した。

「みんなが18歳になると運転免許を取るのと同じように、自分は20歳になったら狩猟免許を取るものだと、小さい頃から思ってた。大人のたしなみ、でもないけど、そういう感覚はあったね」

自動車整備の専門学校を卒業後、奨学金返済のため20歳で自動車ディーラーにメカニックとして就職した岡本さんは、奨学金完済と同時に退職。その後は地元の自動車改造会社に転職し、キャンピングカーなどの改造業務に従事。

24歳ごろに制作会社に転職し、車や船舶、音響機器などの説明書を作成するテクニカルライターとして勤務した。

その間もずっと山や狩猟とはつかず離れずの暮らしを送っていたが、制作会社在籍中の2015年、有害鳥獣捕獲のため、狩猟仲間たちと「特定非営利活動法人ルーツジャパン」を立ち上げる。

「ちょうどその頃、鳥獣保護管理法っていう法律が改正されて、有害鳥獣捕獲が公共事業として国から委託されるようになったんです。狩猟や山遊びが好きな連中に声をかけたら、賛同する仲間たちがわらわらと10人集まってね」

通常狩猟者が山で猟ができるのは、11月から翌年2月までの3ヶ月だが、市や県から「有害鳥獣捕獲事業」を委託された者のみ、猟期以外にも鳥獣を捕獲することができる。近年ではイノシシや鹿などの野生鳥獣による農業・漁業等の被害が深刻化しており、静岡県も本格的に捕獲に乗り出していた。有害捕獲には、捕った獲物によって1頭数千~数万円という報奨金が出るため、それで受託業者側のガソリン代や銃弾代などの経費ぐらいはまかなえるようになった。

岡本さんの仲間たち (写真提供:NPO法人ルーツジャパン)

「勤め人の頃は、マニュアルをいかに合理的に効率化して作るかが重要で、XMLとか、ああいうのを覚えてきたんだけど」

作業着姿で首にタオルをかけて汗をぬぐう、日に焼けた岡本さんが、XML、DTP、アドビフレームメーカー、インデザインといった用語をすらすらと並べていく。

「それがね、結局その、馬鹿らしくなった。この先それをずっと学び続けても、豊かな人生を送れない気がしたんだよね」

合理主義や商業主義を追求していくなかで、岡本さんは、これでは豊かな人生を送れないと気づく。7年前に娘が誕生したことも契機になった。

「今の仕事を少しずつ減らしていきながら、極力生活をアナログ化したい。五感、あるいは六感をフルに活用して生きていきたいなって」

「みんな帰ってくる。一周回ってね」

2019年3月、岡本さんの主催する特定非営利活動法人ルーツジャパンが実施したイベント、「自給力向上計画」には、多くの親子連れが訪れた。

イベントで岡本さんは、砂鉄を集めて鉄を取り出し、罠にかかったイノシシや鹿を獲り、解体してみんなで肉を食べ、そして残った皮をなめすなど、参加者に山とともに生きる力を伝えた。

「子どもや女性の方が獲物の解体に対して抵抗感がない。男の方がかえって意気地がなくてね。うちの娘も、この間佐田さん(お弟子さん)が獲ったイノシシの解体に立ち会って、犬用のご飯を作ったよ」

岡本さんの差し出したスマートフォンには、イノシシの解体を興味深く見つめている7歳の娘の姿があった。近年は食育として、子どもに命をいただくことに積極的にふれさせようとする親も増えてきたという。

「みんな帰ってくる。一周回ってね。自然とか、人との繋がりとか、地域とか、そういうアナログなものにね。新型コロナウイルスの影響も強かったんだろうけど、みんな自分の生活基盤の危うさに気づいて、自給力を求めるというか、原点回帰したいっていう気持ちがあるんだろうね」

肉を捌く岡本さん (写真提供:NPO法人ルーツジャパン)

まだまだやることは山積み

獲れたジビエ肉をECサイトで全国に売るなどという、大規模な事業にするつもりはないと、岡本さんはいう。

「単純に、物の売り買いだけで終わりたくないってのがあるんだよね。人となりを見たうえで買ってほしいっていうのもあるし。相手が見えれば裏切れないからさ。余計に仕事も正直になるんじゃないかなと思う。うちだけじゃなく、うちの活動に賛同してくれる方がいれば、他の場所にも同じようなところができる。そうやって、いろんな地域に広がっていけばいいんじゃないかなって」

山から命をいただき、それを循環させる。そこに雇用や人々のつながりが生まれ、地域が活性化していく。その小さな輪がいくつもできれば、大きな輪がひとつできるよりもずっとたくさんの人が繋がるはず__。

「猟師なんかじゃない。ただ、まねごとをしているだけ」

「自分は猟師なんかじゃない。猟師って言われる人は、技術も知識もずば抜けていて、いつも山のことを考えている、雲の上の存在だから。自分はただ、捕獲に従事しているだけ。猟師って言われる存在になりたいなっていう気持ちはあるけど、まだ猟師のまねごとをしているだけだよ」

どこまでも謙遜する岡本さんの代わりに、弟子の佐田さんが「岡本さんは射撃大会で県内一だったんですよ」と、嬉しそうに胸を張った。「狩りは射撃の腕だけじゃないからね」。岡本さんはまた謙遜して笑う。

「ゆくゆくはこの家をうまく利用して、就農したい若者の下宿先にしたり、民泊に利用したり、地域のみんなが集まって一服したりできる場所にしたいね。季節労働者たちが寝泊りしてもいいし」

奥のキッチンからは、獲りたてのシシ肉を切り分ける女性たちの楽しそうな声が響いてくる。この家には、既に岡本さんの気持ちに共感した仲間たちが集まり始めていた。

岡本浩明(おかもと・ひろあき)
1973年、静岡県周智郡森町生まれ 静岡県猟友会(西部猟友会)会員(浜松南分会副会長)
父の影響から狩猟を始め、20歳で狩猟免許を獲得。制作会社でテクニカルライターをする傍ら、2015年特定非営利活動法人ルーツジャパンを設立、理事長として静岡県内の有害鳥獣捕獲業務に従事する。
現在は個人事業であるフォーライブスアンドスタジオにてペットフードの製造、販売を企画中。 2022年静岡県猟友会安全狩猟射撃大会クレー射撃の部 


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