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連載小説「まん・まる」 第三章 走って、踊って、歌って、そして。3


 谷っぺにたしなめられた僕はとりあえずあやまってから、気になることを聞いた。
「ごめん。話の腰を折ったらあかんと思うてん。止めんと死ぬとこまで行くもんなぁ。で、そのおじいさんとおばあさんって、僕らのことかなぁ」
「さあ、どうでしょ」と谷っぺ。
「谷っぺも〈いけず(※1)〉やなぁ、なんでそこで〈もちろん〉と言わへんねん」
「岡っちしだいだよ~」って谷っぺが言った。ということは、谷っぺは、すでにその気持ちでいるってことか。いや、こういうことはあせらず冷静に。
 普通の高校生は、僕たちのようにそこまで未来のことを考えているのか。ぼくにもわからないが、もう僕らも子供ではない。大人かって聞かれると自信はないが。まあ、未来って言っても漠然としかしていないのだけれど。
 話を戻そう。

 明日の体育祭のことに話題が行った。体育祭と言えば、小学校の運動会から数えると10回以上あった計算だ。
 小学低学年の徒競走。僕は走りのコツがわからなくて手足がバラバラ。いつも6人中、良くて4位の時代だった。
 転機は小4の時。隣を走るやつを見ながら手足を加速して追い抜く走りの面白さに目覚めた。以来、上位の常連になった。運動会には、あれは何て言ったか、靴の代わりに白いタビを履いたっけ。靴よりスピードが出そうなやつだ。胸にはゼッケンをつけた。

「そうそう、お母さんにゼッケンつけてもらうの忘れてたときがあった。運動会の当日の朝おもいだして、ものすごいあせってしもた」
「谷っぺにもそんなことがあったんや!」
 僕は、谷っぺのドジという意外な面を知った。

 玉入れ、棒倒し、騎馬戦、パン喰い競走、障害物競走、綱引き、リレー、借り物競走、二人三脚などいろんな競技があるものだ。紅組と白組に分かれての点数の競い合い。
 こけたり、すりむいたりその頃はキズが絶えなかった。赤チン(※2)を塗ってもらって、カサブタができて、痒くなるころ、それをよせばいいのに無理にはがしたり。あと、応援に来た家族と食べる昼の弁当。校庭が人でいっぱいになる唯一の日。

「あのおにぎりのおいしかったこと」とうっとりした谷っぺの顔が可愛すぎる。星がキラキラな目をしている。谷っぺの握ったおにぎりを僕が食べられるのはいつになるだろうか。
「そうやね。小学校の運動会のお昼、手からおにぎり落としてしもて、ゴザの上に転がったのをさっと拾うて食べた」と僕の失敗談を披露した。近くのおじさんに見られて笑われたことも。

 さて、僕らの体育祭当日。朝からはじまったのが、しだいに盛り上がってきた。次は、男女混合リレーだ。クラスごとに男女3名ずつ計6名の選抜で、まず予選一組目。クラスで男女の出走順はばらばらだ。第1走者は女子のクラスの方が多い。ヨーイ、ドンでとびだす。僕らのクラスは山田、杉本の活躍で1着だ。予選二組目が終わり、決勝は六クラスで争われた。僕らのクラスは山田、杉本の活躍があったが惜しくも2着だった。
 
 女子の学ランや男子のたすき掛けの応援合戦も楽しい。中原の吹奏楽部も精一杯力強く演奏をしている。声を限りの声援も選手に届いているのかわからないがとにかくやれるだけやる。

 玉入れに出たが、人が多すぎて遠くから入れようとするのでなかなかかごにはいらない。玉が近くになくて探したり、宙を飛んでいる玉に見とれたり人さまざまだ。

 騎馬戦では帽子を取られたのに続けているチームや、ふざけてけりを入れたり、めちゃくちゃだ。

 パン喰い競走にぼくはでた。コースに台が置いてある。そこにメリケン粉の入ったトレーがあって、問題用紙が埋められている。これを手を使わずに取り出して回答してからパンにありつく趣向だ。顔真っ白!西川もおんなじ。誰が考えた、あほらし。でも、フォア・ザ・チームで頑張った。順位は聞かないでくれ!
 じつは、コーナーで脚がもつれてみごとに転倒したのだ。高校生にして、普段の運動不足が露呈したありさまだ。谷っぺに見られたかな。かくれる穴をさがそう。

 昼の時間は、教室で思い思いに食事をした。
「ケガはなかったん?」谷っぺのやさしい言葉に癒されたが……、やっぱりみられてたんだ。
 午後は、ちゃんとしたところを谷っぺにも見せよう。

――つづく――

※1.「いけず」の意味は、”意地の悪いさま”です。他にも、憎たらしいさま、つれない様子、あるいはそのような態度をとる人のことを指す言葉です。「いけずな人」とは「つれない人」や「不親切な人」のことを指し、「あの人いけずやわ~」とは「あの人は意地悪ですね」という意味になります。(TRANS.Biz)

※2.赤チン マーキュロクロム液は、メルブロミン(merbromin)の水溶液(メルブロミン液)の商品名であり、皮膚・キズの殺菌・消毒に用いられる局所殺菌剤である。……マーキュロクロム液は暗赤褐色の液体であり、赤チン(あかチン)の通称でも知られている。これは「赤いヨードチンキ」の意味で、同じ殺菌・消毒の目的で使われる希ヨードチンキが茶色なのに対して本品の色が赤いことからつけられた。(ウィキペディア)


※nagomi さんの画像をお借りしました。

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