安部ロシオ

いつかnovelist

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最近の記事

革命前夜

 二度目のデブ解放運動が起きたのは、ぼくらの生まれるずっと前のことらしい。一度目なんて江戸時代だっていうし、もう遠すぎてなんのことかよくわからない。  社会の授業で半田先生が説明してたけど、クラスの半分はリモートだったし、出席してた半分もみんな夢の中だった。他人事ではないから、ぼくだけはちゃんときいていた。  余談だけど八月八日はデブの日だってしってるか、と半田先生がいらない豆知識を披露していた。心底どうでもいいけど、夏休みのあいだでよかった。  教科書によれば、六十八年前に

    • 全体の奉仕者

       須田平助の出勤時間はいつも寸分違わず正確だ。  隣家の若夫婦が平助が家を出るのを見て、慌てて子どもたちを保育園へ連れ出すのを見たことがある。時計代わりにでもしているのだろう。 「おはようございます」  隣家の幼い兄がお揃いの黄色いスモックを着た妹を抱きしめた姿勢で元気な挨拶をしてくる。本人は抱っこをしているつもりなのかもしれない。  妹の諦めたような委ねきったような表情が半ば羨ましくも思える。  物心のついた頃から平助は決められた時刻に遅れたことがない。勤め始めて

      • 月夜の砂漠の蝶の夢

         ようやく見つけた。  夜の砂漠を漂う半透明の蝶。月光が震わすその羽は、ラムネのビー玉よりも硬そうで、反面、赤ん坊の頬のように柔らかそうでもある。実際に捕獲できた人間がいないので、本当はどんな手触りなのか誰も知らない。月明かりを透かすその喋は、界隈では半ば伝説化していたが、ついにこの目で見ることができた。  彼女の噂を追いかけてここまで来たのが二ヶ月前。砂を焼く太陽光が陰る時間帯から、北へ彷徨い南に惑い、現在地の把握すら満足にできなくなってきた頃、すいと俺の前に姿を現した

        • 毎週金曜夜7時放送「あなたに会いたい」(イグBFC3参加作品)

          「うちのカレーは牛肉じゃなくって豚肉だったんですよ。おかげさまで今じゃ、お高いカレーも食べられるようになりましたけどね、やっぱり子どもの頃に食べ慣れた味が忘れられなくって。今でも母の作ってくれたカレーが一番美味しいと思ってますよ」  淡々と話す新藤拓哉を囲むスタジオには、ゆるい緊張感と薄い期待感がのさばっている。収録時間はだいぶ押しているし、この後、生き別れになった母親との対面が用意されているから、このまま休憩は入れずにいくことにしよう。展開を読んでいる観覧客は、もうハンカ

          『砂の街』(BFC3 幻の2回戦作)

           調査本隊とはぐれて一週間、砂の海をさまよい続けた私は、発狂する一歩手間まで渇ききった状態で、この街にたどり着いた。乾燥し過ぎてきしむ喉から、水を飲ませて、と声にならない声を絞り出すと、そばにいた娘がすぐさま日陰の砂を掘り始め、穴の底に染み出し溜まった水をコップにすくってくれた。砂混じりの水は透きとおり、感覚のなくなった舌で舐めると、性的絶頂を錯覚するほど甘く刺激的だった。この辺りは大気汚染がひどくて雨水は飲料には適さず、この砂丘の砂にろ過された水が一番清潔なんです、と娘がど

          『砂の街』(BFC3 幻の2回戦作)

          『罪悪缶』(BFC3落選作)

           はい! 今回オススメいたしますのが、文武技術省推薦のメンタルヘルスケアグッズ『罪悪缶』でございます。一見、普通の缶詰に見えますが、ただの缶詰ではありません。  今では新聞記事にもならないほど身近になってしまった「いじめ」、いやですねぇ。いじめを苦にして自殺、なんてこともごく日常的に起きていますが、この自殺者、実はいじめの被害者だけではないってご存知でしたか?  こちらのグラフをご覧ください。いじめが原因とされる自殺者のうち、文武技術省の統計によると、なんと23.3%はい

          『罪悪缶』(BFC3落選作)

          『愛し愛され喰い喰われ』セルフライナーノーツ2

          内容に触れていますので、できれば本編を読了されてから先にお進みください。 https://note.com/aberosio/n/n20e9ee7fcee3 1.タイトル 実は看板に偽りありで、主人公は真治を喰ってはいるが、喰われる描写は少なくとも本文中にはない。当初、付したタイトルは『愛し愛されて生きるのさ』だった。言わずと知れた小沢健二の名曲である。あの爽やかでオシャレな楽曲を冠することで、このどうしようもない物語がより際立つかと思ったのだが、オザケンの力を借りるの

          『愛し愛され喰い喰われ』セルフライナーノーツ2

          『愛し愛され喰い喰われ』セルフライナーノーツ1

          今回、初めてイグBFCというイベントに参加させていただいた。 イグBFC ノーベル賞に対するイグノーベル賞のように、BFC(ブンゲイファイトクラブ)という催しに乗っかって、みんなで盛り上がっていこうぜ、というイベントと理解している。 ブンゲイファイトクラブ 相性の良し悪しはあると思うが、とがった作品ばかりなので、Twitterに投稿された作品たちを是非読んでみてほしい。 さて。 セルフライナーノーツを書いていく。拙作の宣伝も兼ねているが、自分と同じグループになった

          『愛し愛され喰い喰われ』セルフライナーノーツ1

          『愛し愛され喰い喰われ』(イグBFC2参加作品)

           なぜ真治の死体を食べたのか、ですか? その理由をここで証言することにこれっぽっちも躊躇は感じませんが、その前にちょっとトイレに行かせてもらうことは無理ですか? そうですか、分かりました。我慢します。でも、真治を食べた理由なんて、本当に必要ですか? 果たしてこの場にいる方々に理解できるかどうか……。  じゃあ、そうですね。まず男同士の愛ってどう思いますか? 存在自体は尊重するが、個人的には理解できない? なるほど、ありがとうございます。まあ、別に理解してもらおうとは思ってな

          『愛し愛され喰い喰われ』(イグBFC2参加作品)

          人生、全てが盗作だ

          ヨルシカの世界が好きだ。 suisの歌声ももちろん欠かせない要素の一つだが、僕の好きなヨルシカを形作っているものは、n-bunaの綴る言葉の連なりだ。物語だ。 『カエルのはなし』の頃からn-bunaの生み出すストーリーが好きだ。 なので、今回の小説『盗作』もとても楽しみにしていたし、とても楽しく読むことができた。もし、ヨルシカが売れに売れて一万円札で焚き火ができるくらいのお金持ちになったら、n-bunaには長編小説を書いてみてほしい。おそらく刹那的で普遍的な、尖った優しい

          人生、全てが盗作だ