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毎週金曜夜7時放送「あなたに会いたい」(イグBFC3参加作品)

「うちのカレーは牛肉じゃなくって豚肉だったんですよ。おかげさまで今じゃ、お高いカレーも食べられるようになりましたけどね、やっぱり子どもの頃に食べ慣れた味が忘れられなくって。今でも母の作ってくれたカレーが一番美味しいと思ってますよ」
 淡々と話す新藤拓哉を囲むスタジオには、ゆるい緊張感と薄い期待感がのさばっている。収録時間はだいぶ押しているし、この後、生き別れになった母親との対面が用意されているから、このまま休憩は入れずにいくことにしよう。展開を読んでいる観覧客は、もうハンカチを用意している。期待を裏切るわけにはいかない。
「実は、そんな新藤さんに食べていただきたいものがあるんです」
 実は、とか言いつつもすでにその香りがスタジオ中に充満していたので、何が用意されているのか観覧客には丸わかりなのだが、カメラの向こうには香りまでは伝わらないので問題ない。
「あなたの思い出、見つけました!」司会のクソダサい決めゼリフを合図に、アイドル崩れのアシスタントが皿を載せたテーブルを押してくる。ごろっとしたジャガイモと固そうな肉だけが入ったカレー。
「これは……」カレーをすくい、スプーンを口に運ぶ新藤のアップ。「母の、母のカレーじゃないですか?」
 急き込む新藤と対照的に、司会は熟成された笑顔で微笑むだけである。いい対比だ。分かりきったことだが、ここは司会は控えなければならない。
「新藤さん、このカレーのお味はいかがですか?」
「美味しいですよ! 僕の一番好きなカレーです!」
 興奮気味に話す新藤。すれっからしの視聴者は、どうせこれも演技だろ、と鼻でもほじっているだろうが、実は新藤にこの後の台本は渡していない。スポンサーの意向で、会いたい人と対面できるかどうかは出演者に知らせないことになっているのだ。つまり、生き別れになった母親との対面を、新藤は本当に知らない。
「新藤さん、このカレーを作った方とお会いしたいですか?」
「会いたいですよ! 会いたいに決まってます!」
 新藤の切実な顔に、視聴率も上がってくれるに違いない。 今回の出演は自身の新作映画の宣伝を兼ねているので、必要以上に張り切ってくれて助かる。
「それでは、登場してもらいましょう!」当然のごとく放送時にはここでCM入り。収録中の今は、流れが切れると場がシラケるのでそのまま台本どおり進めることになっている。
 スポットがあたり、半透明のスクリーンの向こう側にシルエットが浮かび上がる。「それでは、登場してもらいましょう!」
 もったいぶったスクリーンがあがり、足元から徐々に露になっていくシルエットの正体。腰の下あたりまで開いたあとは一気に幕があがる。スクリーンの向こうにいたのはコック帽をかぶった小太りのおっさんだ。
「あ……」落胆する新藤と観覧客。一人笑顔の司会が決められたシナリオを遂行する。
「このカレーを調理された、林本浩二さんです! みなさん、拍手でお迎えください!」まばらな拍手。新藤のうつろな横顔を正面左右からカメラが捉える。
「林本さん、このカレーで苦労された点はどこですか?」 「やっぱりお肉の調達ですね。今回のご依頼が、新藤さんのおふくろの味、とのことでしたので、まずは新藤さんのお母様を捕獲するところから始まりまして……」
 おい、あのシェフ、もしかして勘違いしてねえか? 新藤の思い出の味が人肉カレーってのは合ってるけど、毎回毎回新藤の母親自身が入るわけねえだろが。おふくろの味が母親自身の味って意味じゃないことぐらい、ちょっと考えたら分かると思うけど、頭おかしいのか? 普通に誰かてきとうな人間の肉、使うだろ。
 まあ、無事対面できたんだからいいか。どの部位か知らんけど。

                   了

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