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デ・キリコ展 -形而上的空間に彷徨う

 ある金曜日の夕刻。

 デ・キリコ展(~8/29 東京)。

初期から描き続けた自画像や肖像画から、 画家の名声を高めた「形而上絵画」、西洋絵画の伝統に回帰した作品、そして晩年の「新形而上絵画」まで、世界各地から集まった100点以上の作品で デ・キリコ芸術の全体像に迫る大回顧展です。

同上


「形而上絵画」の中にいるような

 展示会場内の撮影は不可。その代わり、特に鑑賞後のルートには撮影スポットが設けられていた。

 展示は、《17世紀の衣装をまとった公園での自画像》といった写実的な自画像(デ・キリコはかなりの数の自画像を描いていたという)ではじまる。

 会場に入ると奇妙な感じを受ける。

 壁はデ・キリコの作品によくあるテイストの色が塗られ、アーチ型の「窓」が設けられていて隣の展示室(の、作品)が覗けたりする。「壁」は、遠近法を無視するようにふしぎに傾斜して……鑑賞者はまさに、デ・キリコ初期の形而上絵画の「中」にいるのだった。特に地階展示室ではそのふしぎな世界を愉しんだ。

形而上絵画(初期)

 さきほどの撮影スポットの壁画を拝借しながら。いちばん上にあるのが《バラ色の塔のあるイタリア広場》だ。

 拡大してみる。

イタリア広場
1910年にフィレンツェに移ったデ・キリコは、ある日、見慣れたはずの街の広場が、初めて見る景色であるかのような感覚に襲われます。これが形而上絵画誕生の「啓示」となりました。「イタリア広場」のシリーズはその原体験と密接に関連しており、柱廊のある建物、長くのびた影、不自然な遠近法により、不安や空虚さ、憂愁、謎めいた感覚を生じさせます。

同上

 本作は観たかった作品のひとつ(思ったよりサイズが小さかった)。

 その先にも、役割を切り離されただ部屋の中に集められている静物を描いた、第一次大戦中の「形而上的室内」へと展示は映る。

 デ・キリコはニーチェに傾倒していたというし、形而上とくれば思い浮かぶのは哲学だ。意味から切り離された静物たちの集合は、カントの「もの自体」の概念を思い起こさせる。

 なんだかいつものアート鑑賞と異なる脳の使い方となっているようだった。

マヌカン

 これも楽しみだったのが「マヌカン」。形而上絵画において、デ・キリコは、絵画の中の登場人物を、顔のないマヌカンとして描いた。それによって人もまた、ものと同列になる。

 写真は、購入した《形而上的なミューズたち》のトートバッグ。グッズ類のクオリティも非常に高かった。

 《予言者》は、撮影スポットでも活躍していた。


「室内風景と谷間の家具」

 1920年代からは、狭い部屋の中に外の風景があり、逆に部屋の中にあるべきものが屋外に描かれる、「室内風景と谷間の家具」によって、(慣れてはくるものの)、新たな奇妙な感覚を味わうことになる。

「ネオバロック」を経て「新形而上絵画」

 しかし驚くことに、突然作風が変わり、ルノワールを思わせるような色彩、筆致で、デ・キリコのイメージとは正反対の古典的な作品群が現れる。これによって、デ・キリコを崇拝していたシュルレアリストたちとの関係が悪化したという。

 古典のなかに新しさを見出したのかもしれず、もしかしてそうかな? と感じる作品も多かった。けれど、そうでない方向に大きく期待していた側にとれば、大きな失望だったろう、と感じてしまった。

 観る者を混乱に陥れたあとで、晩年(デ・キリコは1888年生まれ、1978年没と長寿)の10年は、セルフオマージュ的な作品とともに、新形而上絵画に戻ってくる。

 先ほどの撮影スポットの作品に戻れば、

 このような作風だ。
 《オデュッセウスの帰還》


ブロンズ作品

 展示の中には、形而上絵画の登場人物たちが立体となった、ブロンズ作品もあった。丸みを帯び抽象化された「マヌカン」たちのフォルムは、立体像となってより魅力を増したように感じられた。何度も鑑賞した。

やはり時間が足りなかった

 金曜は20時まで開館しているので空いているのではと思いきや、同じように考えた人も多かったらしく、閉館間際になっても会場は混みあっていた。全体をゆっくり観て、やはり初期の形而上絵画に戻りたくなり、エレベーターを使って会場を戻って、を繰り返したけれど、あと2,3周できればよかったのにと思う。

 個人的に、ひとりの作家の作品が、時系列に並んでいる展示が好きだ。その作家の変遷を作品を通して見つけるのが、もっといえば、その文脈から一作品だけ切り離された作品を初見で観たとき、その前後を含めてもっと情報が欲しくなるからだと思う。

 デ・キリコ作品、特に人気の形而上絵画は世界中に散らばっており、集めた形での展示はなかなか難しい、と解説文にあった。機会を得ることができ幸せだ。



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