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すこしだけ、やさしく

17年前、学生だった自分は実習で、
ある方を担当した。
若くして、脳梗塞で半身麻痺になったその方は
ベッドの脇にCDプレーヤーを置いて、
いつも決まった時間に
ある人のアルバムをかけるよう、
私に頼んできた。

「オーティス・レディングっていうんだ」

呂律の回らない声で、
 彼は私にそう、教えてくれた。

「DJをやってるのに、
オーティスも知らないのか」 

半ば呆れたように、
でもちょっと、得意げに、そう言った。

 「"Try a little tenderness"
 って歌がいいんだ」 
「ライブ盤でなきゃ駄目だ」
「天才だったんだ、若くして死んだんだ…」

そこで彼はよく涙を流した。 
一旦泣き出すと、中々止まらなかった。
いわゆる、感情失禁というやつだ。

 「いい歌手なんだ、いい歌なんだよ…」
泣きながら、彼はいつもそう、繰り返した。

「彼女はいるのかい。いるのなら、
 すこしだけでいい、優しくするんだよ」
涙にぬれた顔で、彼はいつも、そう言った。

彼には身寄りはいなかった。
部屋を訪れる人も、ほとんどいなかった。


彼がそんなに言うのなら、
オーティス・レディングとは、
どんな歌手なのか。

また"Try a little tenderness"とは、
どんな歌なのか。

 ちゃんと聴きたくなった私は、
次の休日に、レコード屋で探すことにした。

 DJのくせに、
と煽られてシャクな気持ちも、
もちろんあった。

探し始めると、意外とあっけなく、
それは見つかった。

そのレコードは"SOUL"の棚にあった。

しかも安かった。
たしか700円くらいだったと思う。

そのほかにも、当時熱を上げていた
ヒップホップのレコードを数枚買い込み、
家へ帰る道すがら、近所のコンビニで
弁当とスナック菓子、 
アルコールの強い
チューハイ500ml缶を2本買って、
六畳一間の部屋に帰った。 

酒を飲みながら弁当を食べ、 
ヒップホップのレコードをかけた。

酔いも回り、
買ってきたヒップホップのレコードも、
あらかた聴いたり、繋いだりした。

そして、まだ聴いてない、
 "SOUL"のレコードがあることを思い出した。

そのライブ盤のレコードを
ジャケットから取り出して、針を落とす。

MCが観衆を煽り、既に高まった熱狂の中、 
その男は歌いだした。

いや、ー叫び出したー、と、言ってもいい。

その若さをぶつけるような歌声と、 
伴奏と歓声が、ひとつの塊となって
私に当たってくる。
それに合わせて、
私も観衆のひとりになって、体を揺らす。

しっとりとしたバラードも聴かせながら、
ライブは、いよいよラストの佳境へ入る。

"Try a little tenderness"だ。 

スローなテンポから始まっていくが、
どんどん、曲が、歌が、早くなっていく。
そしてそれは、さらに盛り上がっていき…

爆発する。

気づいたら、私も歌っていた。
泣きながら。

そして何度も、泣きながら歌った。

六畳一間の、洞窟みたいなワンルームで。


翌日も実習だった。

実習先に着き、
PCで情報収集をし始めてすぐ、
その人が、もうその部屋に
いないことに気がついた。

そういうのはよくあることだ。

そうだと頭では分かってはいても、 
理解できない気持ちでいっぱいだった。 


「私、オーティスのライブ盤、 買ったんですよ!」
「"Try a little tenderness"、最高ですね!」

そう彼に、伝えたかった。 

そして想った。
彼は毎回、あの歌の興奮と感動を、
その呂律も回らず、 言葉もおぼつかない状態で、
涙することで、表していたんじゃないか、と。

また、なにかとても大切なことを、
私に伝えてくれようと
していたんじゃないか、と。


「DJのくせに、オーティスも知らないのか」

彼のちょっと得意げな声が、 
聴こえてくるようだった。 

そして、また。 
「いいかい、すこしでいい。 
すこしでいいから、優しくするんだよ…」


…私はあなたに、優しくできたでしょうか。 
彼のいない部屋、 誰もいないベッドに向かって
私は、そう問いかけた。


答えはもちろん、返ってこなかった。



時が経ち、私のレコードは増えていった。 
引越しを機に、数百枚は処分したが、
その700円で買ったレコードは、 
どうしても手放せず、いまだ手元にある。

 私も、当時の彼の年齢に近づいてきた。

オーティスの年齢は、とうに過ぎた。
あの素晴らしいライブをした、
オーティスは、26歳で亡くなっているのだ。


今日は9月9日。
オーティス・レディングの誕生日。 

"Try a little tenderness"が流れるたび、 
「いいかい、すこしだけでいい。 
すこしだけ、優しくするんだよ…」と私に言った、
彼の、あの呂律の回らない言葉を思い出す。

 私はそれにまた、問い返す。

 私はすこしでも、優しくなれたでしょうか。


もちろん、答えは返ってこない。


もう一度、レコードに針を落とす。
 あの熱狂と、あの彼と過ごした時間が、
よみがえってくる。 

そんな、オーティスの思い出。 
誕生日、おめでとうございます。

 Otis Redding "Try a little tenderness"

※この話は、9/9にTwitterに掲載したものを
一部修正・加筆しています。

ここまでお読みくださり、
ありがとうございます。


今後も、
あなたのちょっとした読み物に
私のnoteが加われば、
とても嬉しいです。

ほんのすこし、やさしくなれますように。

アイ

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