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寒凪の午後、ひとり会議 〈ショートストーリー〉


他人を無効化しちゃえばいいんじゃない?
とゆめちゃんは昨日言っていた。

いつもののんびりしたテンポで、
どうということでもないような雰囲気で。




「無効化ねぇ。」と言いながら洗濯物を干す。


半年ぶりに会ったゆめちゃんは
相変わらず変な服を着て、
ゆめちゃんの世界にいたままで
ゆったりと話をしていた。



ここのところ私の現実の彩度が急上昇している。
居心地が悪いベクトルで。
通称「みぃおばさん」の出現のせいだ。
原因はわかっているのだ。



1か月前の異動で、
温和な男性からヒステリックなおばさんに
上司が変わったのだ。


小さくて髪をひっつめている彼女を、
私はひそかに「みぃおばさん」と名付けた。

第一印象をこんなに裏切られたのは初めてだ。



怒りのスイッチが彼女の周りに敷き詰められていて、
同僚たちがたくさんスイッチを押した結果、
その怒りは1日に何度も爆発を起こし、
悲しみの漂った部署になってしまった。



私はまだそのスイッチを押してはいないが、
逆に押したくなさすぎて、
周囲を敏感に感じ取る自分のスイッチを入れてしまった。


そして雑音をシャットアウトできなくなってしまった。
色や気配を感じ取りながら集中するのだ。

そして消耗して毎日疲弊する。






彩度は幼いころから私をずっと苦しめてきた。
気にしないことができないのだ。
自分がいる空間のすべてを。

周囲で何が起きていて、誰が何をしていて、
どんなことが起こりうるのか。
それに私は関係あるのかどうか。

見えない背後の席で起こってることも
なんとなく把握しようとしてしまう。

全部を把握することはできないとわかっているくせに、
私の意識はせっせと、
空間全体で起きているすべてのことを知ろうと、
そして私を危険から守ろうと全力で走り回る。



そんな自分にほとほと嫌気がさした30歳のころ、
脳科学や量子力学の本を読みまくり、
ついに3年前、自分なりの結論を見出した。
すべて私が創っているのだと。



そうしたらグンと彩度が下がり、
呼吸しやすくなった。
私は「今ここにあるらしい、なぜか今ここに創られている」せかい
というものに怯えて生きていたのだ。


世界への不信感が彩度であり、彩度は恐怖であった。




せっかく呼吸しやすくなってたのになぁ。

洗濯物を干し終えて、だらっとソファーに横になった。
冬に入ったばかりのわりに、
強い日差しが窓から差し込んでいる。
その光の中で目を閉じてみる。



おそらく。
みぃおばさんが問題なのではない。
同僚も職場も問題ではない。
他人も、世界の色々も問題ではない。
問題は私の頭の中だ。



誰かの怒りのスイッチを押さないということは、
その誰かの理想の姿になることだよな。
私はそれを目指してしまった。
自分よりスプーンおばさんを大切にしてしまったんだな。



子供の頃から、理想の自分としてふるまうことが
この恐怖に満ちた世界をコントロールできる術だと思っていた。

うまく切り抜ける理想の自分。
何があっても笑顔を絶やさない理想の自分。
人の心をえぐるような言葉を吐く人間を
大きな器で受け入れる理想の自分。

いさかいも、不都合な出来事も、理不尽な言葉も。
そのすべてをうまくコントロールしたい、
辛い状況もなんなく乗り越える私でいたい、
という一心で発動してしまった私のスイッチ。




本当の本当は・・・




蔑んでいた。
バカにしていた。
いい歳をして自分の感情すらコントロールできない
みぃおばさんを。
そのくせ、私は私の理想を振りかざして、
無理してスカしてたんだ。



ゆめちゃん、私がしたいのは他人の無効化のようで違うものだったよ。
他人が原因なんじゃない。
他人は私を苦しめない。
私を苦しめていたのは理想の自分だったよ。



目を開けた。
よかった。
現実の彩度は下がっている。
ずっと聞こえてなかった鳥の声が聞こえてきた。
ずっと感じられなかった冬の匂いの風が窓から入ってくる。



私の感じたい世界が戻ってきた。




おわり


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