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梨が、すっぱかった

君の家。君の部屋。君の机で。君の切ってくれた梨を僕は君と食べていた。
一切れつかんで、一かじり。じわりと口の中にたっぷりの水分と酸味が広がる。

(ああ、おいしい)

僕も君も思ったことは同じだったようで、すぐにまた一かじり。二口、三口ほどで一切れを食べ終えれば、僕の手も君の手も、透明で平たく丸い皿に乗った次の一切れへと伸びた。

元より会話の少ない僕たちだけれど、おいしいものを食べているときは、ことさら二人無口で、もくもくと食べ続ける。そうしていれば、すぐに、皿の上にあった梨は僕たちの中へと姿を消して。あとに残るのは、少しの甘い汁(触ると、きっとベタっとする)が残されたお皿だけ。
その姿を見て、ふう、と満足げに息をもらしたのは、僕だったか。君だったか。

おいしかったね。そう先に言ったのは君の方だった。
おいしかったね。僕はオウム返し。
すると君はさも満腹だと言うかのように、そのまま床へと仰向けに転がった。僕と君との間には机がある。だから座ったままの僕からは君の表情があまり見えなくなって、ちょっぴり不満。

いっそ僕も寝転んでしまおうかしら。それも君の横に。と、口をへの字に曲げながら思っていれば、そんな僕のたくらみを見通したように、君は自分の横のスペースを手の平で軽く叩いて、僕を招いたのだ。
僕はと言うと、もちろん喜んで、主人に呼ばれた犬のように君に近づくのだけど、いざ隣に――と思うとちょっとばかり照れくさくなった。

君は机の下へと足を伸ばす形で寝転がっているから、その横に僕も寝転がるとすると同じように机の下へと足を伸ばす形にならないといけない。机の下。机の脚と脚の間。そこは大人ふたりが丁度ぴったり入れるくらいのスペースしかなくて。つまりは!そこは、まつ毛の一本一本までが見えそうなくらい、君のそば!

僕はドキドキしながら、そっと君の横で足を机の下へと伸ばして、徐々に体を倒していく。君の顔が徐々に近づいてくる(否、近づいてるのは僕の方なんだけど)のに、僕は何度か動きを止めては、いっそ起き上がってしまいたくなる衝動に駆られていた。君は寝転んでいく僕をじっと上目気味に見つめているのだもの。そのまあるい目にドロドロと溶かされそうな気分になって、僕の体は逃げようと、後退しようと働く。だけれど、僕は頑張った。君の横に寝転んだ。

だけども、そのとき僕の心臓は破裂しそうなぐらいだったし、顔なんてきっと真っ赤だったに違いなくて。僕はあんなにも見たかった君の表情も見れず、仰向けのまま、真白い天井を見上げていた。
あ、照明の中に虫が入ってしまっている。なんてことは正直どうでも良くて。全身に力が入っているようだった。きっと今もまだ僕の方を見ているだろう君を意識すれば、まばたきさえも不自由で。

ごくり、どうにか飲み込んだ唾は、未だ口の中に残る梨の味を反芻させた。

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