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料理は、しなくてもいいよ。

「君、よく料理はするの?」

飲み会の席で、上司の上司からそう聞かれた。日本でインターンをした夏のことだったと思う。

「大学がある日は三食、食堂で食べることになっているので、自炊する機会はあまりないですが……。休みの日に料理するのは、好きですね」

そう応えると、上司の上司は「うんうん、偉いね。良いことだ」と笑顔で頷いた。糸のように細められた目に、悪気はいっさい見受けられなかった。けれど、

ーーもし、私が男だったとしても、同じことを聞きましたか?

ふと思い浮かんだそんな疑問は、追加で運ばれてきたビールの泡とともに消えた。

「男の子にしては、料理できる方なんじゃない、彼。偉いと思うよ」

フランス人の友だちが、コーヒーを片手にそう言った時、私は思わず耳をうたがった。オランダからきた巻き毛の女の子も、彼女に同意してうんうん頷いている。

留学先のベルギーの学生寮には共同キッチンがあり、それぞれが食べたいものを、思い思いの時間に作っていた。毎晩8時くらいになると、しぜんとキッチンは混み合い、お互いの作っているものが目に入る。なのでどの子がどれくらい料理ができるのか、皆だいたい知っていたのだ。

料理がうまいことに、男も女も関係ないんじゃない? 生きていくために、誰でも何かしら作って、食べないといけないんだから」

アメリカにいる友人だったら、こう言うだろうな。思い切って言葉にしてみたけれど、目の前のふたりは、あまりピンときていないようだった。

この国でも「男が料理する」ことはあまり期待されていないのだな、と感じた。逆に言うと、料理が苦手なことで肩身がせまい思いをするのは、圧倒的に、女性が多いのかもしれない。

今の時代、栄養バランスのいいお総菜は、コンビニやスーパーで安く手に入る。おいしい飲食店だってたくさんある。誰に食べさせるでもなく、自分が好きに作ったものを好きなときに食べられて、しかも節約になる。そんなお得感を楽しむ人は、自炊をすればいい。果たして自炊する人が偉いのか云々の前に、毎日「食べる時間と気力」を確保できるだけで、じゅうぶん自分を褒めていい。就職したばかりの友だちを見ていて、そう思う。

料理が、生きていく上で絶対に必要なスキルでなくなった今、手芸や音楽、スポーツのように、料理も[趣味のひとつ]として見てくれる人が増えたらいいな、と思う。
数ある趣味の中で、どうしても男性的・女性的なイメージの強いものがあるように、料理もしばらくは、女性的な位置付けのままでいるかもしれない。けれど、生きる上で必要なのは「楽しく食べること」であって「料理すること」ではない。
だから、周りから何を言われても、全部気にならなくなる日がいつかくるといい。

料理をするかしないかは、もう個人の好みで決めていい時代だと思うのだ。

読んでいただき、ありがとうございます!