写欲と生存本能(前編)
僕は視覚欲が強く、その「見たい」という気持ちから「撮りたい」という行動が生まれている。
見たことの無いその人の表情を見てみたいとか、見たことな無い世界の姿を見てみたい、といつも思っている。
色々な国を回って、様々な世界の景色を撮影していく中でそういう欲求は徐々に満たされていくのだが。やはり地球相手に一筋縄ではいかないことも多く、人間ひとりのちっぽけな欲望など関係なく地球は回っているのがよくわかる。
よく人にオーロラの写真や美しい夕焼けの写真などを見せると、これ撮るのにどのくらいかかったんですか?とか、どうやって撮るんですか?と聞かれることがある。
答えは、
「こうなるまでずーっと待ちます」
すると、
「待ってるの大変ですねえ」となる。
ところが、こちらは「待てる」という事に喜びを感じていたりするわけで、なにせ見たい景色を見るために贅沢に時間を使え、しかも自分のチームや車がその為にあり写欲を支えてくれているのだ。
こんなに有り難い話はない、プロになって手に入れた特権だ。
問題はそこから先の話。
フォトグラファーとしての目が肥えてくれば来るほどそのハードルはあがり、だんだん苦労、というか、下手をすれば命がけのような状況になってしまうことがある。
そういった時に自分の中で写欲と生存本能が戦い、バランスを取ることになるのだ。もちろん生存本能が勝たなくてはいけない。
↑ロケ出発前の儀式。
若い頃はそのバランスを取るのがなかなか難しかった。生存本能が働いていると感じる領域に入った事がないのでしょうがないのかもしれない。
僕が初めてそういう経験をしたのは
ザンビアとジンバブエの国境、ビクトリアフォールズでの撮影の時だ。
ビクトリアフォールズは滝壺のある滝の中ではもっとも落差が大きいと言われる世界三大瀑布の筆頭である。(ほかの二つはイグアスとナイアガラ)
ただしこの滝、地面に巨大な亀裂が入りそこに河が流れ込んでいるような地形で、しかもジャングルに覆われているため地上から全貌を綺麗に見るとことか出来ないのだ。
その時僕は30代前半、海外での撮影シリーズが軌道にのり、燃え盛っていた時期だった。
下から見えないものはしょうがない。という事で、人生初のヘリコプターによる空撮をする事になった。
ちなみに僕は高所恐怖症である。
その時は実は夜の撮影で予定していた月光の虹、ルナレインボーの撮影に見事失敗し(嵐の夜が続くという不運による)なんとか他にビックな写真を撮りたかったのだ。
空撮、ヘリ、ハーネス、ドアハズス、タキノジョウクウ、ヘリカラミヲノリダス、
なかなか痺れる単語が打ち合わせで飛び交う。しかし、血気盛んなワカモノだった僕はとうとうドアの外されたヘリのフレームに体に縛り付けたハーネスをカチャリと止め、大空に舞い上がったのである。
フワッと浮いた刹那、一瞬の身体の芯を突き刺すような恐怖感が襲う、それが逆に僕のテンションを跳ね上げ、体の全てが写欲に支配されていく。
眼下にはバックリと口を開けた巨大な亀裂に大河が吸い込まれて行く見たこともない景色。
「これが。世界最大の滝、ビクトリアフォールズ」。
となりでアシスタントがハーネスを手綱の様に握り、僕がじわじわとヘリの外に出て行くのに合わせてハーネスを送り出す。
ヘリの機内から外側は爆風が吹いている、真上にローターがあるのだから当たり前だが、力を抜いて外に出ようのもなら体を持っていかれそうになるのだ。
しかしこの巨大な大地の亀裂をカメラに収めるには超広角レンズが必要で、シートに座ったまま撮影するとヘリのローターやら脚やらが画面周辺に写ってしまうのだ。
「撮るしかない、ヘリはもう飛んでいるのだ、僕がこの滝を撮影する為だけにヘリは飛んでいる。」
そう思うと体はヘリの外に完全に飛び出していた。ヘリの脚の上に立ち、ハーネスのテンションに身を任せ、体をまっすぐ地面と平行になるよう傾けて真下を向くような姿勢をとった。
全身を鋼鉄のように固め、画面を作りシャッターを切ることだけに集中する。
プロペラの振動と爆風による涙で揺らぐファインダーの中で、音もなくシャッターが切れて行く。
ダメだ、ダメだ、くそっ、
上も下もわからない状況で、カメラを真っ直ぐかまえることすらままならない。いや何が真っ直ぐなのかもわからない。その中あらがいながら世界にシャッターを切り付け続ける。
ダメだ、ダメだっ、もうちょい、
頭に描いた理想の写真を思いだしながら少しづつ作画の精度を上げていく。
ここ、ここだ、これは入った!入った!!、
その後ザンビア側からの警告の無線がはいり、ヘリは急旋回、撮影は終了し帰投することとなった。僕のハンドサインでヘリは下降を続けていたのだが、どうやら飛んでは行けない所まで入っていたらしい。ここは国境なのだ、、
やるだけやった。しかし空撮がこうも難しいとは、、でも何枚かは良いのが撮れている筈だ。
ヘリポートに着陸し、ハーネスを外した瞬間に、写欲が切れた。
ヘリから地面に降りた瞬間に腰が抜けた。全身がぶるぶる震えているのがわかった。あまりにも生存本能を押さえ込んでしまっていたのを理解した。。
後できいたらとなりで僕のハーネスを血管が切れそうになるぐらい頑張ってテンションをかけ続けてくれていたアシスタントも、かなりヤバイ感じだったそうだ。これ、俺が離したら相当ヤバイ、みたいな。ヘリと繋がってはいるが、ガクンとへりからぶら下がる可能性もあった、かも、しれない。という事だ。
↑一度飛んでしまうと何かどうでも良くなって来るところもあり、そのすぐ後ウルトラライトプレーンというゲイラカイトにエンジンをつけたような、こんな恐ろしいものにも乗って滝の上空を撮影した。結果は芳しくなかったが、、もう遊園地のどのアトラクションにのっても怖くないんじゃないかという経験はできた。これはザンビア側のものだが、ジンバブエ側にもあり、それは僕らが行く2週間前に落ちたというのでやめておいた。
初フライトでこの経験はなかなかのものだったが、お陰でこれ以降生存本能をしっかりと感じ、バランスを取れるようになったのであった。
そして同時に高所恐怖症を突破する術を得てしまい、空撮は得意分野となるというおまけもついたのである
↑ベリーズ ブルーボール上空
↑シカゴ上空
後編へ続く。
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