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「夢の暗示するもの」


 BARでお客さんと話していると夢の話になった。夢に詳しい男性のお客さんがいて、寝ている時に見る印象的な夢は、今の精神状態や近い未来への暗示などであることが多く、夢だからといって馬鹿にできないということであった。
 すると一人の女性客が、昨晩寝ていたら大きな怪物に追いかけられる夢を見て汗びっしょりで目を覚ましたけど、何か不吉なことがあるのだろうかと不安そうに聞いた。
 それは精神的に追い詰められている暗示で、日頃から苦手だったり恐いと思っている人間の存在が大きなストレスになっている状態かもしれないと、夢に詳しい男性客が助言をした。

 仕事の部署が最近変わり、その部署のマネージャーが体育会系で苦手だと感じていたので当たっていると女性客は驚いていたが、僕はその女性客が昨日サブスクでゴジラの映画を観たと聞いていたので、「絶対に映画の影響やろ」と思っていた。
 夢占いの類はそういった部分で難しく、確かに精神的な影響が夢に反映されることもあるだろうが、寝る前に何をしたかや誰と会ったか、どんなものを食べたかなどでも、印象に強く残っていれば夢に影響を及ぼす気がしてしまう。

 そういえば昔に誘われて参加したお花見でも、夢に悩んでいる男がいた。その男とは何度か他の場所でも会ったことがあり、挨拶はするがそこまで二人きりで喋ったことのない程度の仲であった。
 その日は大勢の人が集まり色んな会話が繰り広げられており、ちょうど僕とその男が二人で話すタイミンがやってきたのだった。

「難波さん、夢とか見ます?」

 僕の背後から顔を出し喋りかけてきた男は少し虚ろな表情で、どこか怯えてるような口調だった。
 僕は突然話しかけられたことに驚いたが、男がなにか大きな悩みを抱えてるように見えたので、なるべく優しく微笑みかけた。

「普通に見ますかね、特にこんな夢て毎回覚えてることはないけど」

 僕の答えを聞いたその男は静かに頷いた後、ゆっくりと僕に背を向けため息をついた。
 そこまで仲の良くない関係で、背中を向けた相手にこれ以上踏み込んでいいのか迷ったが、そもそもは向こうから僕に喋りかけてきたわけで、それもきっと今抱えている悩みを聞いて欲しいからだろうと思い直した。

「どうしたん、何かあったん?」

 振り返った男の顔はまるで救いを求めるような表情に変わっていて、僕の目を真っ直ぐ見つめたまま、男は振り絞るように言葉を吐いた。

「僕、怖い夢かエロい夢しか見ないんです」

 知らんけどと思ったし、誰に相談してるねんとも思ったが、男の表情は真剣そのものだったので我慢した。

「そうなんや、どんな夢なん?」

 いまさら訊ねない訳にはいかないので聞いてみた。

「この前は、前の職場の先輩に裸で膝枕して貰ってて、そのままキスする夢ですね」

 男の表情を見る限り、ふざけた様子は見受けられない。

「その前は夢で結婚相手がいて、黒髪で高身長なタイプなんですけど、他の子とイイ感じになってたらその結婚相手が入って来て、今度はその人とエッチしてる夢です」

 男は、少しだけ思い出して笑っているように見えた。

「後はトイレでオシッコしてたら、タイトスカート穿いた深田恭子が入ってきて、僕の股間に手を伸ばしてくる夢ですね」

 いや、さっきからエロい夢しか見てませんやん。

 怖い夢の部分は何処にいったんだろうか、もはや悩みを聞いて欲しいというよりも、男は自分の体験したエロい夢の話を、僕に聞かせたいという欲求のみで喋っているようだった。

 話を聞いていくうちに分かったのだが、この男は怖い夢とエロい夢しか見ないのではない。ただエロい夢を見る頻度が異常なだけで、きっと怖い夢を見る頻度だけなら僕とも大差ないであろう。

 男はエロい話をする度に表情が明るくなり、五話目にもなると「いっつも良いところで目が覚めるんです」と嬉しそうに笑っていた。

 結果的に男が元気になれたのなら、それはそれでいいかと、僕は黙って男が語る夢の話を聞き続けた。

 それでも何かの暗示があったのかもしれないと今になって調べてみたら、「エロい内容の夢は、基本的に性的欲求が高まっている心理を意味しています」と、暗示もへったくれもなく真っ直ぐに書かれていた。




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