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「メンテナンスの星の元に生まれた天才」


 前回のエッセイでピッキング業者さんの話を書いたが、昔に知り合いのカフェで深夜だけBARのお手伝いをさせてもらっていた時のことを、文章を作りながら思い出した。

 その日お店に行くと、僕と交代になる社員から食器洗浄機が動かなくなり、昼間にそのメーカーの修理担当の業者に来てもらったと聞かされた。
 当時その食洗機はまだ設置してから2年もたっておらず、そんなに早く壊れるのはそもそも食洗機自体に問題があったのではないかと僕は言ったが、担当は何も言わず普通に修理代を請求して帰って行ったと社員は答えた。

 それは絶対業者に騙されてると僕は主張したが、社員はゴミ受けの部分を掃除していないことで詰まりを起こし、それが原因で故障に繋がったという説明を業者から受けたらしかった。僕はその時、BAR終わりに毎回食洗機の水を抜き掃除をしているし、ゴミ受け自体もかねたわしで擦り洗いしてるんだと業者の見解に反論した。「でも説明も丁寧で凄い好印象の方だったんで嘘はないと思いますけどね?」と社員は一歩も譲らない。まるで僕の方が嘘つきの悪者だと言うような口振りだった。

「じゃあオレの掃除が甘かったてことになるんか?」

「まあ、業者の説明を聞く限りはそうなりますね」

 なんで業者側の肩持つねん、お前こっち側の人間やろ!

「いや、そら向こうもあたふたしてたら自分らが悪いと思われるかもしれんから、嘘でも毅然とした態度はとってくるやん」

「いやあの担当はそんな人じゃないですね、食洗機触ってる感じでわかります」

 めちゃくちゃ評価高いな。昔ボールに触れた瞬間にJリーグの入団テスト合格した選手おったけど、同じ感じやん。メンテナンスの星の元に生まれた天才やん。

「いやどんな感じの人やったん?」

「真面目で受け答えもしっかりしてて、何より新卒らしくやる気が漲ってる感じでした。その担当曰くこれは二年目の汚れ方ではないと、もうこれは五年使い続けてる汚れ方だと言ってました」

「なんで新卒の奴に五年目の汚れ方が分かんねん!そいつ五年目の汚れ方知らんやろ!」

 思わず声を荒げてしまった。だが実際に入社一年目の新人が、五年目の汚れ方がどれくらいかなんて分かるのだろうか?
 もしかしたら新人研修で、ホワイトボードに貼られた洗浄機の写真を見ながら説明を受けたのかもしれない。「これは何年目の汚れか答えなさい」というテストもあったかもしれない。先輩と一緒に行ったメンテナンスで「この汚れ方は五年ぐらい使ってるな」と教えられたのかもしれない。

 しかし、それらはあくまでも一つの例に過ぎない。
 洗浄機の汚れなんて、何料理の店か、何時間の営業か、一日にお客さんがどれくらい来店するか、店に食洗機を何台設置しているか、そういった様々な状況によって変わってくる筈である。
 汚れと共に、複雑な要素が絡まりこびりついた洗浄機を見極めるのは、今までどれくらいの汚れた洗浄機をその目に映してきたか、何台の洗浄機の汚れと真摯に向き合ってきたか、その圧倒的な経験と、仕事への献身だけの筈である。それ以外の全ては所詮「机上の空論」、「砂上の楼閣」に過ぎない。

 僕の理論を聞いた社員は大笑いして「確かにそう言われたらそうですけど、普通そんな風に考えないですよ。やっぱりちょっと難波さんがおかしいですね」と結局は僕が変な奴だという終着点に至った。
 図に乗ってあまり偉そうに意見するのも考えものであり、やはり適切なアドバイスというのは難しい。


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