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「僕とプリンとの関係性」



 たまにプリンが食べたくなることがある。ただ甘い物が食べたいという訳ではなく、バスクチーズケーキでも生ドーナツでも替えの利かない、プリンが食べたいという欲求のみが湧き上がるのである。プリンの中でも、コンビニで売ってるようなゼリーみたいなプリンや、とろけるようにクリーミーな食感のプリンではなく、昔ながらの喫茶店にあるような、少し硬めの食感に苦味のあるカラメルがたっぷりかかっているクラシカルなプリンである。「自家製」なんて文言がメニューの添えられているプリンなら尚更良い。

 そんな気分の時は、「カフェ プリン」とスマホで画像検索をかけて理想のプリンを探してみる。
 平たい陶器のお皿に盛られたプリンや、レトロな銀食器に盛られたプリン、足付きのパフェグラスに盛られたプリンや、マグカップの中からこちらに手を振るポムポムプリンの画像など、様々なプリンがスマホの画面を埋め尽くす。一つ一つじっくり見るのではなく、逆に軽く流し見するように画面をスクロールすることによって、その日の気分に合ったプリンが自ずと浮き上がって見える。

 今回僕の目に止まったのは、平たいお皿から溢れるぐらいにカラメルソースのかかったプリンだった。柔らかさを放棄したような少しヒビの入ったフォルムもいいし、プリンの上にはたっぷりのホイップクリームと、真っ赤で可愛らしいさくらんぼが添えられている。カフェの場所を調べてみると、家から徒歩で20分程度の距離で散歩するのにも丁度いい。ただ店内画像を見た時に、テーブルの配置や隣との間隔、形状から察する椅子の座り心地などが、パソコン作業をするのに少し窮屈そうに感じられた。一旦保留にしてまたプリンの画面に戻りスクロールするのだが、今度も違う誰かがUPしたその店のプリンで手が止まってしまう。今日はもうここのプリンじゃないと駄目なんだろう、あまりにも窮屈ならプリンを食べてから他の店を探せばいいとシャワーを浴びて家を出た。

 歩いていると少し汗ばむほどのいい天気で、この先にあのプリンがあると思うと自然に足取りは軽くなった。到着したカフェは、ガラス張りの解放感溢れる造りになっており、テラス席では大きな犬を連れた女性が誰かと英語で電話をしていた。
 ガラス越しに店内を覗いて空席のあることを確認すると、少し緊張しながら足を踏み入れた。接客がそっけないタイプの店だったらどうしようという不安は、店員の優しい笑顔で少し和らいだ。
 空いている席に荷物を置き注文のレジに向かうと、スイーツが並べられたショーケースの中にプリンの姿が見えない。調べた時に自家製と書かれていたのできっと冷蔵庫の中にあって、注文後に型から取り出し盛り付けをするのだろうとメニュー表に視線を移した。

 様々なドリンクメニューが並び、その隣にスイーツのメニューが続く。ドーナツやスコーン、チーズケーキなどの表記はあるが、肝心の自家製プリンの文字が見当たらない。推しメニューなので、レジ周りにポップで目立つようにアピールしているのかも知れないと思ったけどそれも見当たらない。
 焦り始めたタイミングで「ご注文は?」と店員に聞かれ、僕は動揺で声を震わせながら「プ..ッ..プッ..プリン..は…」とだけ言葉を発した。店員は「すいません、プリンのご用意はないんです」と、申し訳なさそうに答えた。
 店間違えたのかな?とか、あるって調べて来たんですけど?とか一瞬色々考えたが、「あっ、じゃあ..カフェラテのアイスで..」と僕は大人しく注文を終わらせた。700円という、ちょっと高めに設定されたコーヒーメニューがやるせなかった。

 本当はプリンがないならすぐにでも店を出たかったが、そんなことをしたら僕はプリンのみが目的で、プリンだけを食べに来た男になってしまう。
 ビールありますか?すいませんアルコール置いてないんです。じゃあまた来ます。みたいな流れとは全く違う、40代のおじさんがプリンだけを追い求めてやって来る。これは例えば、まだ人生経験の浅い10代の女子からすれば、変態に分類されるほど気味の悪いことかも知れない。
 しかも店員は「ご用意がない」とだけ言った。売り切れや、仕込みが出来なかったのであれば、「今日は、ご用意がない」と言っただろう。つまり僕がスマホで古い情報を拾っただけであり、この店では結構前からプリンの提供をやめていた可能性がある。もし店員がバイトを始めて一週間の新人だった場合、それが10代でなくとも、僕は店のメニューにないプリンを、声を震わせ勝手に注文し始めた特殊な性癖の持ち主として映っていることもありえる。だから何も注文せずに店を出るわけには行かないし、パソコン作業をするにはやはり窮屈な席だったが、作業をせずに過ごすにはアイスカフェラテの700円は高すぎた。

 帰りにコンビニに寄ってプリンを手に取ったが、制服の上にユニフォームを着た女子店員二人が、こちらを見ながらヒソヒソ話をしているように思えてさっと棚に戻した。もしかすると今回の一件で、僕とプリンとの関係性に少し歪みが生じてしまったかもしれない。

 

 
 


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