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🅂11 青い鳥を探す旅…

「A little dough」 第3章 働いて自立する 🅂11

  ➤「やりがいがあり、楽しめる仕事をしたい」
 私は週末、近くのテニススクールでテニスを楽しんでいますが、以前そのスクールの学生コーチたちとよく就活の話をしました。特に、人事部の課長をしていた頃は、なにかと学生たちの質問を受けました。中には僕の勤務先に面接を試みた方もいたので、なるべく丁寧に話したつもりでしたが、なかなかこちらの意図は伝わりにくいものです。
 彼らがほぼ口を揃えるのは、「やりがいがあり、楽しめる仕事をしたい」というものです。こう思うことは尤もなことですが、22歳前後の若者がこの言葉の額面通りに仕事(業界や職種)を探しだすのは、至難の業だと思います。ただ、そこは彼らも分かっていて、はっきりとした希望がない方は結局安定感のある大手や給与面を考えた業種といった客観的なデータを重視した選択をします。
 私が彼らに言いたかったことは二つあります。ひとつはそうした拘りのある業界や会社があるのであれば、必ずそこを訪問することです。実際に会って話を聞くことで随分と印象が変わりますし、何より結果として自分の拘りの程度がよくわかるからです。もう一つは、どんな業界のどんな会社に勤務するにせよ、仕事には営業や企画や製造など様々な分野があり、選択肢は多いということです。つまり現時点では必要以上にやりがいや楽しさに拘らずとも、時間をかけて見えてくるものがあるということを伝えたかったのです。

➤仕事の「価値」を知る力
 
私の場合も、40歳くらいで人事の仕事をするまでに5部署での仕事を経験しました。それまでは、あれをやりたいこれをやりたいと人事調書に書き連ねていたのですが、やがてそういう拘りはすっかり消えていったような気がします。
 「やりがいがあり、楽しめる仕事」に出合うために、私たちはいろいろな仕事を探し、勉強し、時には経験し、経験した仕事に何かを感じ取っていきます。そうした中で私は人事の仕事を通して、ある事実に気づきました。何処にでもあるルーテインワークを終えた時に、自然にある種の充足感を感じていたということです。自分が探していた「やりがいがある仕事」に出合えたと感じたわけではありません。強いて言うなら、何時ものようにやっていたその仕事の必要性を、私自身が自然に感じ取っていたということかもしれません。 

 仕事の価値、例えばひとつのサービスを例にとると「提供する側」と「使用する側」の両側に立って初めて理解できることがあります。提供する側はいわば最大公約数的なユーザー層を想定するのに対し、使用する側はあくまで個にすぎません。これを前提にすると、私自身が社員として(個の立場から)見た人事の諸制度は、古臭くて無駄なものばかりにに映っていました。ところが実際人事企画(提供サイド)の仕事をしてみると、古臭さはともかく無駄なものばかりではありませんでした。個の立場からは決して見えてこない事柄が数多く存在し、オープンにはできないプライベートな事情がその多くに絡んでいます。一定の最大公約数的な制度に加えて、そうした細やかな例外的な配慮を行ったうえで、人事の仕事は成立していたということです。

 「仕事の価値」を理解することで、「やりがい」は高まっていくと私は考えています。では仕事の価値を理解するには、どうすればよいのでしょうか。一つの仕事を提供するには多くのプレーヤーが絡んでいますし、また一方でそれを使用する側も様々です。少なくとも両方の立場に立つこと、そしてこれを理論的に理解し次に具体的に体験することができれば、仕事の価値に近づけそうな気がします。
 しかし現実に、様々な業務においてこれを行うことはほぼ不可能です。そのため頭で理解すること(抽象)の範囲を極力拡大し、実際に体験することができない部分は想像力に頼るほかありません。体験することは不可能でもこうして「具体」のイメージ広げていくことで、仕事の価値への理解へと繋げることができます。もちろんこの想像力を使うという部分は、🅂9で記載した「抽象➡具体」に導く思考と同じです。抽象化では情報を削ぎ落しましたが、具体化では想像力を使って情報を加えていきます。
 一つの仕事の「抽象と具体(本質と実行されるサービス)」を往復することは、仕事の価値の理解へと繋がります。またその仕事の価値を知ることで、仕事にやりがいを感じることができるようになります。更にやりがいを持って臨む仕事では、継続というパワフルなエンジンが始動しますから、やがて大きな成果を生む可能性も高くなります。

➤仕事を楽しむ力
 一方で仕事の重要性は十分に理解し「やりがい」を感じられたとしても、今一つ「楽しくない」あるいは「面白くない」という状況もあると思います。当時読んだ本の中で、携帯電話のiモードを成功に導いた松永真理さんは、仕事について以下のように語っています。

仕事の95%は繰り返しのルーティンワーク。でも、残りの5%をどう膨らませるかで仕事を面白くできるかどうかが決まる。
どこかに面白い仕事がないかと探すんじゃなく、目の前の仕事を面白くする方法を探すことのほうが重要。楽しいことをするんじゃなくて、することを楽しんでみる。こっちのほうが知的だし、ずっと豊かな人生になると思うんです。

しびれるほど仕事を楽しむ女たち・日経ウーマン編・日本経済新聞社

  松永さんによれば、「仕事の楽しさ」は「95%のルーティンワークを熟していくことによる経験」と「面白くしたいという本人の強い意識」の掛け算によって生まれるということになります。
 この掛け算にもまた「抽象⇔具体」の思考プロセスが存在しています。ルーティンによる経験を抽象化し、そこから「新しい展開」を想定して具体化していくことです。なぜ「新しい展開」なのかといえば、それが仕事を楽しむことのエッセンスに繋がるからです。まずは想像力をフル回転させ、そこに「新しい展開」を見いだすことが第1歩です。
「仕事の楽しさとは何か」という問いには、いくつもの答えが存在すると思いますが、これを突き詰めていくと、想像力から出発してクリエイティビティ(創造性)に繋げていくプロセスの中に答えがある、と考えられます。プロセスそのものを楽しいと感じるか、成功という結果こそが楽しさだと感じるかは人それぞれだと思いますが…。
 いずれにしても、松永さんは「することを楽しむ」といっていますから、彼女の言葉を借りれば、仕事の面白さを感じることができるように本人の能力を高めていく必要がある、ということになります。

➤幸せの青い鳥を探す旅
 仕事のやりがいや楽しさについて記載しましたが、「やりがいがあり、楽しめる仕事」を探すのは、「幸せの青い鳥を探す旅」のようなものだという気がしています。
 このお話の主人公は、青い鳥を探す為に過去や未来の世界を旅しますが、結局願いは叶えられませんでした。ところが、家に帰ってふと気が付くと、自分の部屋の鳥かごに青い鳥がいます。いろいろな世界を旅しても目的を果たせなかったという経験が、すっかり無駄に終わったかのように思えてしまいますが、実際はこれらの経験で彼ら自身が大きく成長し、我が家の青い鳥の存在に気がつくことができた、という物語なのです。

 さて、こうした「青い鳥を探す」旅は、人生のいろいろなところに存在しています。もし私たちが、「仕事のやりがいや楽しさ」に、まだ少しでも不満を感じるようであれば、それはまだその本質に気づくための長い旅の途中ということなのかもしれません…。


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