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「結婚したよ!」のお話

〜♪
「部長」

他の人と違う音楽で「部長」という名前で電話が届いた今。

「斎藤君久しぶり!まあ1週間ぶりだけどさ!」

実は、会社の部長なんていう相手ではない。電話先で話しているこの人は秋山だ。
僕が以前、本当の彼女が居た時に、この秋山との関係を察することをされないために
「作られた」部長だ。
当時秋山は
「全く会社も違うのに平社員事務の私が部長とはねー」
なんて笑いながら、事後、二人でホテルのベッドに仰向けで且つ全裸で並んで横になっていた。

しかし、時間は流れ、僕は当時の彼女とすれ違いの日々を過ごしてしまい別れた。別に結婚する気はあったけど、「いつか結婚するか」というぐらいの感覚が当時の彼女と合わなかったことにより破局した。
だからこそ、現在、僕が女性と話す機会は、会社の同僚やこの秋山である。しかし、逆に秋山に彼氏ができたという状態。

「1週間ぶり…は正しいけどさ、どうせまた会えるだろうに、何でまた電話してきたの?」

そう、僕らはよっぽどじゃない限り電話もメールもしない。
僕に彼女が居た時代にも「出張」と言いながら、秋山と新幹線に乗って、旅館へ行って、とにかく抱いた。

恋愛感情自体は互いに無い。
当時の僕の彼女より秋山の方が僕と体の相性が良かった気がした。別に僕自体当時付き合っていた彼女に不満なんて全くなかった。
ただ秋山とは、映画なんて見たことも無く、お互いの家に行ったことも無く、つまり、デートはせずに現地集合、現地解散でのセフレという関係だったわけだ。

「斎藤君さ、さっき私プロポーズされたんだよね。私、結婚するんだ!だからこの関係は終わらせようと思う」

突然の話の内容に、僕の心臓は誰かに掴まれたかのようにうるさくなった。それでも平然を装いながら、秋山に対して

「そうか!めちゃくちゃおめでとうじゃん!結婚式呼んでくれたらお金だけは渡しに行くよ!まあでも、この関係は結局誰にもバレなかったから僕は墓場に持って行くし安心してね!」

何故だろうか?心臓はうるさいしどこか悔しさがある。何故だ?僕はこれまでずっと恋愛感情なんて無いと思ったのに。

なるほど、これが嫉妬か…?でも嫉妬する原因が分からない。
ただ一つだけ思うなら、この嫉妬の感情が出てきた理由は、僕が秋山と出会って互いにデートで無くてもそれなりに一緒に居た時間が長く、楽しんでいたのかもしれない。そんな関係が僕以外の他の男に取られることからだと思った。秋山は電話先で

「斎藤君は結婚式呼ばないから安心してよ!
あー…でもなあ…でも、ちょっとだけ嫉妬してくれても良さそうかなって思うからあえて斎藤君を結婚式に招待して、ブーケトスを斎藤君にそのままストレートで投げて、渡して斎藤君に幸せのお裾分けでもしようかな!」
続けて秋山は
「ねえ斎藤君、今までありがとう!沢山旅館へ行ったりして本当に幸せだったよ!これで斎藤君にとっての虚像である部長は居なくなっちゃうね!でもお互い幸せになろうね!」

僕は秋山を幸せにした覚えはないと思う。
僕が秋山によって幸せにされていたと思う。
だからか。だから嫉妬したのか。

嫉妬の原因なんて本来は一切見つけなくても良いのだ。
“運命の相手”ではないことなんて、隠れた小さい飲み屋で出会った時から全て分かっていたのに。

ベランダから隙間風が入ってきて肌寒いことに気づいた二月。ついでに僕は上司から貰った飲み慣れないウイスキーと、いつも吸っているタバコと灰皿を持ってベランダへと出た。

恋でも無ければ愛でもない。それでも一瞬でも幸せだと思っていた時間が終わった。


死んでも忘れられないかもしれない。
いや、死んだら終わりだから死んだらその関係は無かったことにないくらいには、互いに交換したものやプレゼントもあげたことがないし、キスマークも付けなかった。

だからきっと、僕は墓場へ持って行けるのだ。

”時間よ止まってくれ“と願っても時間は進むしかない。でもそれでいい。

「僕はさ、秋山と一緒に居た時間が短くても凄く楽しかったよ!まあでも、御祝儀が欲しかったり、同級生や秋山の女友達の誰かを紹介してくれるなら…。
…いや…。僕に嫉妬させたければ“友人枠“ってところで招待状を僕の家に送っといて!でもそれより本当に僕を呼ぶなら、結婚式が終わったら一生会わないし僕はずっと、秋山の幸せだけを祈ってるよ!そんじゃあね!」

そう言って僕は秋山より先に電話を切った。ウイスキーの入った小さなコップに口を付けて飲んだ。
それでも、同時に何かが切れたように、頬に何かが伝わった。外は雪が静かに降っている。
さっきまで室内からベランダの隙間風に対して寒いと思っていたのに、ベランダに出て電話を切った時寒さを感じなくなってしまったのはあまり飲み慣れないウイスキーのせいなのだろうか。

僕が知る限り、この頬に伝わる何かを考えると、雪はすぐには水になってはくれないししょっぱくもない。



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