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かわいい子になりたくて

私が生まれた産院は東京の某区

国立系の病院だった

母のお腹でスクスク育った私は

難産の末に鉗子で引っ張り出されたらしい

母も意固地な人だから陣痛がきても声を上げず、どこできいたのか
「障子のサツシが見えなくなるまでは
お産は始まらない」を信じ切っていた。

それはさ…
失神していて危ない状態でしょ?

二人子供を産んだ私だからわかる

そんなの迷信だって

さて
母の骨盤に挟まれて
鉗子で引っ張り出された私は
その産院で『一番大きな赤ちゃん』の称号を頂いた。

身長も体重も
歴代1位だったそうだ。

生まれた時に外見に一箇所
人と違う場所があったが
至って元気な赤さんだった。

3歳頃、団地に引っ越した

近所にはお兄さんがたくさんいて
可愛がってもらいながら成長した。

幼稚園に入り、団体行動が始まる

ここから、私の身長コンプレックスがはじまる。

私はクラスでも、学年でも身長が高く
いつも、一番後ろだった。

身長が高いというだけで揶揄われた
(今なら差別用語になりそうな事も言われた)

私は先頭に立つ
小さな女の子が羨ましく
常に憧れた

だからかな
今でも小さい女の子を見ると
かわいい〜とハグしたくなる
(しないけど…)

『身長高いからワンピースとか似合いそう」とか
『あぁ、男の子だったらモテたのにね」

まぁ、色々言われた。

運動神経を母のお腹のなかに
置いてきた私の運動能力は壊滅的に
酷かった。

同級生より頭一つ大きい私は
常に誰かの視界に入っていた。

「小さくなりたい…」
「もう、目立つのは嫌だ」

そんな気持ちが常にあり、
私は段々と無口になり、
班行動も自分から仲間入りしなくなった。

かわいい洋服を着てる子がいると
羨ましくなり、母にねだる

洋服屋さんにいく


子供服はみんな小さくて着れない

私は小学生にして大人と同じサイズのものを着ることになった

シンプルでなんの変哲もない洋服…

それしか着れないから
仕方なく、それを着ていた。

母は洋裁が得意な人だったから
よく洋服を作ってくれた。

今なら
世界に一つだけの貴重な服と
思えるけれど
当時は、みんなと同じもの、同じ形の洋服に憧れた。

小さい女の子は可愛らしく見えて
女の子らしくて
私はそうなりたかった

ある日
ちょっとした事件が起こった

男まさりの行動が多い私
生傷絶えない私を心配した母は
スカートを買ってくれなかった。

私も大して気にもしてなかった。

体育の授業がある日、
着替えをしやすいくらいの感覚だった。

昼休み
みんなが校庭に出ておもいおもいの遊びを始める。

ふと
鉄棒をみると
同級生の女の子がスカートを鉄棒に巻き付けてクルクルと回っていた。

昭和50年代、所謂「スカートまわり」というのが流行り出した

鉄棒でクルクル回る女の子達を見ながら

「いいなぁ、あれやってみたい」

運動神経ない私がとんでもないことを考えてしまった。

私は母に懇願した
「スカートが欲しい」

母は不思議そうにみていたが
デニムのスカートを
そっと差し出してくれた

おそらく母のお下がり…

それでも
スカートを手に入れた私は
翌日、早速、履いていき、休み時間を待った。

20分休み…

運良く鉄棒は空いていた

前の日に見た光景を思い出しながら
いざ!と勢いよく大地を蹴って
前回り…

ビリリリー

勢いよく、破けるスカート

巻き付けたスカートが上手く剥がれずに破けてしまったのだ。

やらなきゃ良かった…

破けた部分を押さえて
教室に向かい
体操袋からブルマを出して履いた

恥ずかしさと後悔で一杯になった。

「あぁ、これ裂けちゃってるから、
治せないね」

担任の先生は悲しい顔をした。


午後の授業中
破けたスカートの裂け目を触りながら
母になんて話そうか、そんな事ばかり考えていた。

母は呆れた顔して
「何したの?」と聞いたので
素直に
「スカート回り」と答えると

母は(またか…)とため息をついた

兎に角、喧嘩はするわ、怪我は多いは、
物を壊す…母は呆れて果てていたと思う。

父は「女の子って、もっと、大人しいものじゃないのか?」と母に言ったらしい。

父方の叔母達は、落ち着いていて、暴れたりしないから、ちょっとだけくらべられたのかもしれない。

背が高く、力もほどほどにあり
物をよく壊す、短髪で常にズボン。

確かによく男の子に間違われた

“小さくて、かわいい女の子”

いつも、それに憧れて
いつも、苦しんだ

身長が大きいからいけないんだ

そんな風に思い、背中を丸めて
目立たないようにするようになった。

“身長が高いから洋服、選びやすいね”

大人になり、やっと、大人の洋服を着こなせる年になると、周りの見方も変わった。

“ボーイッシュ”という言葉も生まれた

“かわいい”から“かっこいい”

そういう時代が来て
堂々と背を伸ばして歩けるようになった。

そして
気づいた

周りの人達の身長が大きくなっていた事

かつて
大きな子供と呼ばれた私は
小さな大人になっていた。

“性”に対する認識が少しずつ変わる中

それを悪用する人がいる
そんな人達のせいで
本当に困っている人も誤解を受けてしまう。

それはあってはいけないこと。

トランスジェンダーの方と知り合いになり
苦しんで悩んで
それでも、理解してもらおうともがき、必死に生きようとしている姿を見るたびに、考えてしまう事がたくさんある。

自分ができる事はなんだろう

「同じ人間」として
性別なんて、関係ない

私は昔からそう思ってきたから
これからもそんな気持ちで接していけたらいいなと思うのだった。

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