見出し画像

月の欠片

画像1

↓PDFはこちら↓
https://drive.google.com/file/d/15LkerObfY9cctN34lZI7CmzvwW-6JrhE/view?usp=drivesdk

※以前Twitterにアップした、自分の短歌を元にしたSS小説です。

 海の近くに住んでいるわけではないのに、深夜に一人で海に向かったことがある人は、一体どれくらいいるのだろうか。そして、その中でも実際に、海に足を踏み入れたことがある人は、一体何人いるのだろうか。
 私は今日、死ぬためにここへやって来た。闇だ。見渡す限りの、すべてが暗闇だ。私以外の人間がもし数メートル先にいたとしても、視力だけでその存在を知ることは難しいだろう。暗すぎて、そこに海があるのかどうかすら疑わしい。私は靴を脱いで、海と思われるものに足を踏み入れた。迷いはなかった。もう、決めてここに来たのだ。
 足を踏み入れると、それは間違いなく海であった。海水を両腕で掻き分けながら進んで行く。潮の匂いが鼻を刺す。スカートが脚に纏わり付く。ブラウスが腕に張り付く。
 着実に水位が上がってきている。もう脇の下まで水面が迫ってきていた。
 足が浮く。まだ肩までしか水位は上がっていないのに、体が危険を察知している。口の中に水が入りそうになる。首が上がる。足が浮く。口呼吸しようとすると、もう足が地面につかない。足を動かしても、前に進まない。体が沈む。口の中に水が入る。苦しい。体が沈む。鼻の中に水が入る。痛い。
 両手両足をこれでもかってくらい動かした。動かせば動かすほど、体は沈んでいく。頭の先まで水の中に入った。 
 死ぬ、と思った。息が出来ない。私はここで死ぬのか、やっと死ねるのか、と思った矢先に、まぶたの裏に強い光を感じた。思わず目を開ける。その瞬間、白く光るものが視界が入った。
 ――月の欠片だ、と思った。
 ゆらゆらと、水面が揺れる。水面の揺れに合わせて、その白い欠片たちは、キラキラと舞う。手を伸ばす。掴めないことは分かっていた。
 そのまま力を抜いて、体を浮かせた。足がつかなくても、死ぬことはなかった。
 白く大きな満月が、暗闇に浮かんでいた。さっきまで辺り一面暗闇であったのに、と思う。これほど大きな月が出ていたのなら、気付いていたはずだ、と。
 予感がする。私はきっと、また近いうちにこの海に足を運ぶ。今日と同じように、一人きりで、同じ時間に、死ぬために。そしてその時も私は、死ぬことが出来ないのだろう。

水面に月の欠片が舞い落ちて私をここで死なせてくれない/尾崎飛鳥

最後までお読みいただきありがとうございます。いいなと思ったらサポートしていただけるととても励みになります(記事の下にリンクがあります)。スキ、シェアだけでも嬉しいです!よろしくお願いします……!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?