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第1話 沙也加と大仏オンナ

 お客さん、このレスポールはお値段も手頃ですし軽いから女の子にはオススメですよ。

 店員としての私の仕事、チューニングついでな遊びだけど、こんな可愛いお嬢さんに脚を止めてもらえて嬉しいです。
 え? ……エヘヘ、そうなんです。もう若くもない分、ギターを弾いていた時間だけは長くて……でもね。私、高校生の時 “ MIYABIミヤビ ” さんとバンドを組んでいた事があるんですよ。

 ……この話を知っています? 私が罪人ってワケじゃないけれど蜘蛛の糸が切れる時って、01のG弦やヴァイオリンのD線が切れるような激しい音なんですよ。おかしな話でしょうけど、犍陀多かんだたとか言う罪人は糸を握り締めながらいったいどんな音を聞いたのでしょうね。

 『ごめんね、沙也加さやかちゃん。約束……守れなくなっちゃったよ』

 ーー9年前、入学式やHRがひと通り終わった後、ブレザーの肩と下ろしたての上履きをブカブカと余しながら1人、3年間かよう校内の散策を企んだ。
 両親はどうやら過保護だったらしく、意向のまま選んだ高校は地域で1、2位を争う偏差値のお嬢様学校で、何やら鼻がムズ痒くなるほど清潔感に溢れている。
 ぽつりぽつりと開けられている廊下の窓から香る新緑を頬になびかせながら、HRで配られたシオリを両胸に抱き歩く私は、さながら爽やかな青春って感じだろう。

 と言っても昨今の少子化のあおりで数年前から男女共学になっているらしく、大勢のフルートの中に時折バリトンやバスが入るのは、それはそれでなにやら心地いいバランスだ。

「な、何だこれ、なーんにも見えないぞっ」

 ブルーのネクタイを付けている女の子。どうやらここが二年生のテリトリーなのだろう。
 文化祭かなんかの小道具であろう大仏のマスクを被り背中に天使の羽をパタつかせて、クルクルと泥酔者のようにボックスステップを踏み真っ暗だと騒いでいる。

 背の低さもあいまって可愛いユルキャラの……いや、やっぱり気持ち悪いぞっ、リアルすぎるってその大仏マスクっ!

 入学早々こんなのに絡まれたら両親に申し開きがたたないと、夢絵空事から覚めたよう廊下に足早を意識させた大仏は、私にとって “ 避けようとして出会ってしまったとんでもない運命 ” だったのだ。

「みやびっハチっ、ハチっ! 背中っ」

「え、うそっ、ちょっ!!! 取ってよっあいちゃっ」

 ち、ちょっとぉ! 何で私の方に向かってくんのよっ、この大仏オンナはぁ!

「愛ちゃーっ、トモちゃー助けっ……プギっ!」

 エンジ色のネクタイを上にまで揺らして大仏を避けたつもりだったけれど、同じくらいの身長とはいえ取り乱したラクビーボールのような大仏は、パトリオットミサイル顔負けの突撃力でシオリを離せなかったままの私に正面から覆い被さり倒れこんだ。

 運動音痴な私に受け身なんて出来るはずもなく、ほとんど垂直に崩れた私の頭部は軽い脳震盪を起こしてしまったらしい。
 
 『いやぁ、あまりに揉みがいのある沙也加ちゃんのオッパイに夢中になっててさ、気絶しているなんて思わなかったんだよぉあの時は』

 後々聞いた話は、保健室での初対面、あの心配そうな顔は何だったんだと疑いたくなるニヤケたみやび先輩本人からだ。
 お嬢様学校なら中学時代散々と胸元に集まっていた視線から開放されると油断していたのが甘かったのか? ぜったい “ バイセクシャル ” だろ、みやび先輩っ!

 全部先輩のせいだ、バカで天然で可愛くて……でも月日のたびにどんどん遠く届かなくなっていった背中は、いくら追いかけても何も変わらない、8年もの時間、結局私には何も起こらなかった。

  なのに……ふざけんなよっ。


→第2話 オカカル同好会

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