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聖域のベルベティトワイライト (10)

支度


「大まかな内容は、ルシエルから聞きました。私の方は、何も問題ありません。貴方の好きな様になさい。リズリエットから良い返事をもらえたらドレスもこちらで手配しましょう。その時は、好みのモチーフなどをしっかり聞いてくるのですよ。私とアルテリアお姉様で最高の一品を仕上げてみせますわ」
「ありがとうございます。姉上」

 エレシアス姉様は、多分反対しないだろうと思っていたが、こんなにあっさり返事がもらえ、しかもかなり乗り気なのには驚いてしまった。しかも…よくよく聞いてみれば、あのアルテリア姉様も協力してくれるとの事で、これは力強い味方だ。
 普段は大人しく品のあるエレシアス姉様の侍女たちも「任せてください」と言わんばかりの熱い視線を送ってくる。こういう時の女性の団結力は、何なのだろう。言葉では表せない独特な『力』がある様に思う。
「それにしても…」
「どうされました?」
「ルシエルから貴方の事も聞いていたのだけれど…うふふふ」
「……一体何を吹き込まれたのです?」

 この感じからしてルーが余計な事を言ったに違いない。

「幻術魔法で彼女のお部屋を作ってあげたそうじゃない」
「空いてる使用人の部屋が別館だけだったので…仕方なくですよ」
「あら、本当に仕方なくなの?」
「意地悪な聞き方しないでください」
「うふふ。特別な施しをしたアクセサリーも作ってあげたと聞きました。貴方が、こんなに人のために何かしてあげるだなんて…その時は、どの様なお話をしていたの?」

 これは…この空気に流されてあれこれ言うと更に根掘り葉掘り聞いこられる気がする。何事もないかの様にこの場にいる侍女たちからも隠しきれない好奇心のオーラが漏れ出しているので、ここで一言でもリズの事を話すのは危険だと感じ、どうにか話をらすためにエレシアス姉様の趣味の話に切り替えてこの場をなんとか凌いだ。
「ふふふ、久しぶりに沢山お話しできて今日は楽しかった。ああ、そうだわ。リズリエットのお母様の墓石、明日には用意出来るそうだからまた近いうちに連れて行っておあげなさい」
「ありがとうございます」
「それと」
「はい?」
「今日は、これから城下へ出かけると聞きました。城下の守備隊へ話を通しておいたので転送先は、あそこを使いなさい。素敵なお土産期待してますわよ」

 上機嫌な姉上の笑顔に見送られその場を後にする。取り敢えず…これで今後が動きやすくなった。
 …が
「ルー、僕に何か言う事があるんじゃないか?」
「ん?エレシアス様たちを味方に出来るようにキミの直近の状況で興味を持ってもらえそうな出来事を包み隠さず伝えただけだよ」
 自分が思っていた以上に行動が筒抜けで壁にもたれ掛かりたい…いや、穴があったら入りたい気持ちになってきた。帰り際に「今度は、リズリエットも連れていらっしゃい」なんて言っていたが、そんな事をしたらルー以上にいい様に弄ばれてしまう。そして、あの侍女たちもあの空間の中にいるということは…そう、女性の噂話はあっという間に広まってしまう…。事実までならまだ良いが、噂話なんて大概途中から歪曲されて最後には、あらぬ展開になるものだ。そんなのを最終的にリズが聞いたらと思うと…とてもじゃないが日々の暮らしで平常心を保っていられない気がするので出来るなら避けたい。

「お陰で今後がとてもやり易くなったでしょ。私の事を沢山褒めてくれて良いんだよ」
 確かにその通りなのだが、…素直に受け入れ難い。
「姉上への状況報告は、ルーに任せるけれど全てを赤裸々に伝えなくていいからね」
「それは、約束できかねるなぁ」
「キミは僕の味方じゃないのか」
「味方だからこそだよ。エレシアス様たちの力を借りるには、興味がおありな情報を共有してあげないといけないからね。だから、頑張ろうね。フェリ」
 何を頑張るというのだとルーを見ると満面の笑みをかえしてきたのでこれ以上あれこれ言っても多分無駄なのだろうと悟り、諦めた。

「それはそうと…」
「何かあった?」
「姉上がお土産をご所望されたので何が良いかなぁと」
 相手が『普通の女性』なら煌びやかな珍しい生地や宝飾品を選べば間違い無いと思うけれど今回の対象は、僕やルーの様に趣味が少し変わっているので『本当に』心から喜んでくれて『お気に召してくれる』物を選ぶのは、結構難しい。しかも並みの人物よりも『目』が良い。なので本当に『本人にとって価値のある物』で無いと満足してくれないのを長年の付き合いで知っている。
「…あぁ、それだったらこの前、丁度良い話を休暇明けの使用人から聞いたな。なんでも城下の商店街に腕利の錬金術師が店を開いたとか。以前は、冒険者でもあったらしく多種族とも交流があるみたいだからそこに行けば各国の情報も聞けるだろうし珍しい香料や薬品も有るんじゃないかな」
 やはりルーは、頼りになる。

 自室に戻り、午後からのスケジュールをリズに説明すると彼女はルーと一緒に目を輝かせて聞いていた。
「このローブを羽織ると今着ているこの衣装が魔法で変化するという事なのですか?」
「そう。髪色も瞳の色も変わる。必要のない時は、脱げば元に戻るからとても便利なんだ」
「これはね、アルテリア様の強い魔力が注がれた糸で織った幻術系の生地だから王族以外には、正体はバレないんだよ。もしバレるとしたらアルテリア様並みの力を持つ者…まぁ、そんな人物、王族以外でいるとは思えないけれどね」
 と言い、リズの目の前でフード付きのローブを着るとローブごと見た目が変わったルーに変化した。リズもそれにならいローブを羽織ると黒髪が金髪になり、目の色も紫から水色へ、衣装も平民が着る様な軽装に変化した。ルーは、手鏡を差し出し、リズに確認を促す。
「わぁ!凄い」
「まぁ、私の場合、このローブが無くても色々見た目が自由に変えれるんだけれどね。あと、このローブの欠点は、通気性があまり良く無いから暑い日に一日中着るのは、難ありという所」
「目で見えないだけで実際は、しっかりした生地ですもんね…」
「重ね着してるから身軽でも無いしね。身に付けるものでもっと効率の良い…例えば、この前リズに作ってあげたアクセサリーみたいな物でも可能に出来ないか今度アルテリア様に提案してみようかなぁ」
 気がつけば便利な魔法のアイテムの話題になり、身に付けるならデザインはアレが良いだの媒体の宝石はコレが最適だのとルーが自分の世界浸ってるが、僕は今日の準備で頭がいっぱいになっているので今はそれどころでは無い。
 見た目の変化は、取り敢えずこれでよし…。移動手段の転送装置の事もこの前少し話したから大丈夫だとして…あと、もう一つ、出かけるにおいて説明しないといけない事があったようなと辺りを見渡し漸く思い出す。ああ、そうだ。これもある程度説明しておかないと…。外出用にと用意しておいた袋を取り出すとこの国の硬貨をリズに手渡した。

「この国の通貨はこれだよ」
 リズの手のひらには六枚の硬貨。銅貨、銀貨、金貨。其々に小銅貨、小銀貨、小金貨という感じでひとまわり小さい物が有る。

「この小銅貨が、この国の最小値の通貨で、こちらの大きい金貨が、一番価値の高い貨幣だよ。小さい方は、様々な鉱物が混合されていてその割合が高いから価値が低くなっているんだ」
「大きい方は、純度が高いのですね」
「うん。あと、貨幣には高位魔法が施されているから王族の許可が降りない限り再利用(鋳造)出来ない」
 逆にいうと魔法の付加価値があるから『貨幣』としての価値もついている事になるし、偽造も出来ない。他にも其々に『ギルリア小金貨』、『ギルディア金貨』という具合で呼称が付いてるし、他国との貿易専用銀貨も存在するが、そういう細かな事は、また今度日を改めて教えてあげることにした。

「小銅貨は、一番純度が低いから別名黄銅貨とも呼ばれてる。黄銅貨百枚で銅貨一枚。小銀貨は、銀と銅の合金で小銀貨十枚で銀貨一枚、小金貨は銀との合金。小金貨十枚で金貨一枚。城下…特に平民の居住区での買い物は、黄銅貨から銀貨までが主流で金貨が必要になる事なんてほぼ無いけれど、今回は姉上のお土産の事もあるから小金貨は僕の方で二、三枚持っておこうと思う」
 金貨は仕舞い、銀貨までを数枚入れておいた袋をリズに手渡した。
王都城下は、治安が良い方ではあるけれど、物価の事に疎いとカモにされたり、目をつけられるとスられちゃうこともあるし、治安が少し悪い区画では、稀に人攫ひとさらいがあるという噂も聞くから目新しいものに釣られて私たちとはぐれないようにね。もし逸れたらピアスに念じる事」

 ルーが言う様に比較的裕福なこの国の王都でも場所によっては、貧困の差がどうしても生じてしまう。なので、よからぬ生業に手を染めてしまう輩や賊の様な団体が一定数いる事は、衛兵や各役人達からの報告書をしっかり確認している宰相から聞き及んでいるが、だからといって貧しい者たちを手厚く保護すると今度は、普通に自立して暮らす者たちから不平不満が噴出してしまうので父上は頭を悩ませているのだ。
 誰でも使える転送装置は、そんな父上の苦肉の策で設置後は、民衆からの不満もかなり減ったらしい。特に商人たちには好評だったらしく、以前より物流がスムーズになり、経済も回っている様なので父上の代になってからは、全体的に底上げされて国力が上がり、王族への信頼度も厚みを増した。因みに転送装置は、治安維持のために誰がどこに移動したのか把握できる仕組みになっているので誰かがよからぬ事に利用したら足取りを追えるようになっている。流石、父上抜け目がない。

「わかりました」
「それじゃぁ、行こうか」

 配膳室の横にある重たい扉を開けると我々を迎える様に魔力を放ってキラキラと輝く大きな水色のクォーツ石英が部屋の中央で浮遊している。
「凄く…綺麗。しかも浮いてる…。これが、お話に出ていた転送装置ですか」
「城下には、これより小さい人工クォーツ石英が幾つか設置してあって、行きたいポイントを頭に思い浮かべれば移動できる様になっているんだ。これは、父上の発案で城下にある物は、誰でも自由に使えるんだよ」
「私の様に外からきた者でも使えるのでしょうか?」
「勿論。人工クォーツ石英には高位の術者により魔力でラーニング学習機能ほどこされているから一度使えば半永久的に使用できるよ」

 少し不安そうだったリズは、僕の返答で安堵の表情を見せた…が、そこにルーが割って出た。

「だけど、ここにある様な天然石自体が強い力を持っている特殊な物は、王族の濃い血を持ってる者しか扱えない…なので」
「…なので…?」

「リズは、フェリに抱きしめてもらって移動しよう」
「⁉︎」
「なっ…何を言い出すんだ‼︎だ、大丈夫だよ、リズ。僕の近くに居れば普通に転送出来るから…‼︎」
「は、はいっ」
「ちぇっ、つまらないなぁ」

 危ない…直ぐに訂正しなかったらリズが真に受けてしまうところだった。
 クォーツ石英に手をかざすと全員が光に包まれ視界が開けた時には、王都の守備隊が駐留している建物内に設置してある転送装置の前に居た。
 この転送装置は、幼少期に僕の世話をしてくれた一人が管理している。
「久しぶりだね、ソルヴェイン。ソルと呼んだ方が良かったかな」
 名前を呼ばれた相手は、直ぐに反応した。
「おぉ…!フェリシオン殿下ではありませんか。お久しゅうございます。見ない間にすっかり成長なさいましたな」
「最後に会ったのは、僕が十四歳の頃だったものね。あれから元気にしていた?」
「見ての通り元気にしておりますぞ。王都の守備を任される様になってからは、若い者の鍛錬に付き合う毎日です」
「あはは、兄上と一緒に剣の稽古をしてもらっていた頃を思い出すなぁ」
 ソルヴェインは、元冒険者で腕が立つ事を父上が噂で聞き、息子である僕たちの指南役に抜擢され、その後は王都の守備に尽力してくれている頼もしい男だ。
「それにしても殿下が城下へ赴かれるとは珍しいですな」
「ちょっと色々あってね。これからこういう機会が増えそうなのでまた世話になるよ。では、行ってくる」
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」

 転送装置の間から出る前にローブを羽織り外見を変え、身支度を済ませると三人でその場を後にした。
 


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