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聖域のベルベティトワイライト (20)

高貴なる者の響合きょうごう


 
 昨晩の嵐は、今朝も続いている。

「ここしばらく雨が降らなかったから恵みの雨といえば、そうだけれど…ちょっとこれは降りすぎだよね」
 窓の外を見つめ、げんなりした顔のルーが話しかけてきた。
 暗くよどんで湿った空気、そして稲光いなびかりと大粒の雨の音が僕の心を煽ってくる。
「これから兄上に報告しに行くのに…まるで何かのきざしみたいな天気で二の足を踏んでしまうよ」
 とはいえ、話しておくと言ってしまったのでこのまま放置しておくわけにもいかない。
「リズは、この部屋で待機しておいてくれるかな」
「承知しました」
「それでは、行ってくるよ」
 
 拝謁はいけつの時間が迫ってきたので重い腰を上げて兄上の元に向かい、室内に通してもらうと人払いをしてもらい早速本題を口に出した。
「兄上には快報かいほうをお伝えしたいところですが、そういうわけにもいかないようです」
「その雰囲気からして今日お前がやってきたのは、エレシアスの事では無さそうだな」
 僕は頷くと更に続けた。
「今日の空模様の様に何やらきな臭い空気が北の国境辺りに漂い始めているかもしれません。イルヴィエンが、北部にある街村の酒場で旅の者からダークエルフを見たという話を聞いたそうです」
「それは、本当か」
 そしてイリスの弟子の二人の出身国の今の状況も出来るだけ聞いたままを教えた。
「ふむ…ウェルフォンテの状況は聞き及んでいたが、セルシスタの一連の事件もネクロベルクが関わっているとなると酒場の旅の者の話は、かなり信憑性がありそうだな」
 同盟を結んでいるウェルフォンテからは数日前に要請があった様でこれから資材と資金を支援するらしい。今は、小競り合い程度らしいけれど戦況が激しくなれば、こちらの部隊も派遣されるかもしれない。
 兄上自身も数日後には、部隊を連れてこの国の北部の砦に物資を運ばれる際、ダークエルフが目撃された街村も通過するのでそれまでになんらかの対策をされるだろう。
「詳しく状況が知りたいのでしたら兄上にも使える魔道具をお渡ししますので、お一人の時にイリスから直接聞いてください」
 昨晩、ルーと一緒に作った小型の魔道具を取り出して、使い方や利用可能範囲領域の事ともしも兄上以外の者が触れたら一時的に使えなくなる処理をほどしているという事など伝え手渡した。
「一応僕も連絡用として持っておきます。兄上はお忙しいでしょうから直接会うのが難しい時などに使ってください」
「フェリ、ありがとう。俺は、魔力が無いからこういう道具は、本当に助かる」
「兄上のお力になれるのであれば、何よりです」
「ある程度状況が掴めたらイリスの名は伏せて部下たちと今後の策を練る事にする」
「お気遣いありがとうございます。それでは、僕は失礼します」
 
 部屋を後にし、自分の部屋がある区画まで戻ってきたので目が合ったルーに声をかけた。
 
「薬草を採りに連れて行かれる件、どうなると思う?」
「あの薬草は、治癒系の上位魔法薬や即効性のある栄養補給薬には欠かせない成分も多く含まれているから今後のために必要になるんじゃ無いか…と思うと…要請ようせいがありそうな気がするんだよね」
 現段階ではまだ情報不足で相手の動きがわからないが、この国がウェルフォンテと同じ状況(有事)になればルーの推測も有り得るし、数日先の事でいえば、兄上の部隊が目的地となる北部の砦に到着した後、物資の管理や警備に兵をきたいだろうし責任者として兄上も現場を長く離れるわけにはいかないだろう。
「僕もそんな気がする…もしもそうなったらリズには危険な旅になるから、やはり此処に留まってもらおう」
 彼女は、異世界からやってきた『人間』でエルフ族の様に魔力や脅威的な身体能力を持っているわけでは無い。だから出来るだけ安全な場所にいてもらいたい。
 そう思いながら自室に向かった。
 
 
 
「私もお供します!」
 
「でも本当に危ない旅になるかもしれないから…」
「そうだよ、良い子にして待っててくれたらお土産沢山持って帰ってきてあげるよ」
 部屋に戻り、二人でリズに説明したのだが、なかなか首を縦に振ってくれない。
いつもなら二つ返事で了承してくれるのに今回は、一緒に行くと言って聞いてくれない。そんなこんなで気がつけば小一時間経過している。
 
 まさかこの子が、こんなに意地っ張りだとは思っていなかった。
 城の中でこの子をいじめる者はいないし、姉上たちともとても良い関係だから数日間そちらの方でお世話になるのも可能なのに何故なぜ此処までかたくなに付いてこようとするのだろう。
 最後は、リズの気迫にルーが根負けして二人で僕にお願いするものだから結果的に僕が折れる形で着地してしまった。
「仕方ないな…じゃぁ、もし本当に北部に行かなければならなくなったら道中絶対に僕らから離れては駄目だよ。いいね?」
「はい」
 そうなると出発までにある程度準備が必要になってくる。
 
「リズは、魔法が使えないから…イリスの店で買った素材を使って魔力を持っていない者でも使う事の出来る防御系の魔道具を幾つか用意しておこうか」
 昨日購入した素材を手に取りながら二人を見ると何やらお互い目を合わせている。
「フェリ、その事についてなんだけれどリズについて気になる事があったんだ。リズ、話してもいい?」
「うん」
「一体どうしたの?」
 
「何が原因かは、不明なんだけれど…この前リズから微量の魔力を感じ取ったんだよ」
「えっ?僕は何も感じ取れないけれど」
「うん、今は何故かおさまっているっぽい。ただ、この国のエルフもまれにだけれど幼少期にこういった症状になる例があるからさ、リズもひょっとしたら人々の魔力に反応する気質があるのかもしれない。また魔力の反応があった場合は、体調に変化があるかもしれないからフェリもそのつもりでいてあげてほしい」
 この世界のエルフは、生まれながらに能力を持っている場合は全く問題無いが、能力が無い状態で産まれ、ある程度育った段階で急に覚醒すると個体差はあるが、体調の異変で数ヶ月間生活に支障が出るため、精神を安定させる魔法薬で症状を抑える期間が必要になる。
「成程、わかった」
 リズは、異世界の人間なので効くかどうかは解らないが、念の為に性能の良い魔法薬をそなえておいた方が良さそうだ。そうなると、やはり姉上が保有しているあの薬草は必要か……薬草採取の件は、兄上から要請ようせいがなくても同行した方がよさそうだ。
「あの…もし私に再び魔力の反応が出てきたらそういう力を制御出来るコツとか訓練とか教えてもらえないでしょうか」
 どの程度の能力が覚醒するかは未知数だけれどエルフとほぼ同じ症状が表れるとしたら確かに自分で力を制御出来る様になれば、それだけ体調不良の期間が短くなるから手助けした方がいいかもしれない。
「そうだね。その時が来たら魔法薬で抑制よくせいしながら無理をしない範囲で訓練もしていこう」
 防御系の魔道具に加えて抑制薬か、早めに姉上に依頼しておかないといけないな。
「ルー、ちょっとバタバタしちゃうけど昼食後、姉上に魔法薬の依頼と魔道具の作成に使えそうな素材を揃えておいてもらってもいい?もし足りない素材があったらイリスの店に行って買い出しもお願い」
「それくらいお安い御用だよ」
 
 昼食が済むとルーは移動していき、僕たちの方は、ダンスのレッスンに取り掛かった。
 リズは早い段階で基本が踊れる様になっていたから日が空いてもそこまで問題はないステップではあるが、…なんというか以前より少しぎこちない気がする。それに…気のせいだろうか、目を合わせてくれないので目配せして合図を送る事が難しい。何か気になる事があれば教えて欲しいのだけれど雰囲気的にそれも難しい気がした。
「連日動き回って少し疲れてるのかもしれないね。今日は、この辺りで終わっておこうか」
「いえ、大丈夫ですっ」
「本当に?無理してない?」
 最近少しわかってきたのだけれど、こういう時の「大丈夫」は、言葉通りにとらえてはいけない。魔力の件もあり心配なので立ち止まって目線の高さに合わせて様子を見てみると、リズの頬がいつもより赤らんでいる気がして触れると少しほてっていた。足も少しふらついている気がする。
「やっぱり今日は、ここまでにしておこう」
「でも」
「でもじゃないの」
 いつもならここで僕の方が引き下がるのだが、リズの体調に関わる事だとすると無理をさせるわけにはいかない気持ちがまさったので少し強引かなとは思いつつ抱き上げた。
「あっ」
「薬草を採りに山岳地帯まで一緒に行くって言ってたのに、それまでに体調を崩してしまったらここでお留守番しないといけないよ。そうなるのは、リズも意に沿わないでしょう?だから僕のいう事を聞いて欲しいな」
「えっと…その…はい」
 レディの部屋に入るのは少し気が引けたが、このまま立っているわけにもいかないので日が暮れるまでは寝ていてもらおうと思い、リズの部屋に入るとベッドに寝かす。
「夕食の時間まで休んでいて」
「…はい」
 先程の言葉が効いたのか、とてもおとなしくいう事を聞いてくれたのでホッとして部屋を出ると真横にルーが立っていた。

「うわ!」
「私が居ない間にもうそんな関係に?」
「なに誤解してるんだよ。ルーが思ってる様なやましい事は、一切してないから!」
「やましい事って何かな?」
「…もうっ。いいからあっちで魔道具作りに取り掛かるよ!」
 
 横にいるルーは、ニコニコしながらついてくる。
 本当になんでいつもこんなタイミングなんだ。
 
 
「姉上からは良い返事がもらえそう?」
「お昼から公務だったらしくて移動中の侍女じじょに伝言を頼んでおいたからそのうち返事がもらえるんじゃないかな」
「そうか」
 兄上だけではなく、姉上も最近お忙しいみたいなので此方こちらから急かす様な事は出来るだけ控えておこう。
「素材の方は、イリスの店に行って必要になりそうな物を幾つか買い足しておいたよ」
「ありがとう」
 ルーが買い足してくれたお陰で魔力が発症しなかった時用と移動中にもし発症した場合、魔法薬の効果を補いながら魔力の補正をするタイプの物も創案する事が出来たので、早速二人で取り掛かりそれなりに使えそうな物が形になる頃には、すっかり陽が落ち一番星が輝き始めていた。

「沢山試作してたらいい時間になってたね」
「増幅系よりも補正系の方が細かな調整をほどこさないといけないから仕方ないよ」
「さてと私は夕食を取りに行ってくるから後片付けはよろしくね」
「うん」
 
 ルーが戻ってくるまでに作った物を片付けているとピンブローチに魔力の反応を感じた。
 
〈フェリシオン、今いいかしら?〉
〈はい、大丈夫ですよ〉
〈お昼にルシエルから魔法薬のお話があったみたいなのだけれど公務があったのでお返事が遅くなってごめんなさい。魔法薬は、取り敢えず十日分作ったら其方そちらに送るわね〉
〈お忙しい時にありがとうございます〉
〈詳しくは聞いていないけれど多分リズリエットの為の薬なのでしょう?そういう事なら喜んで力になるわ〉
 なんというか…姉上も察しが良いな。
〈あ、そうだ。その薬の材料になる薬草の件ですが、兄上に同行する事にします〉
〈山岳地帯に向かうの?薬草を採りに行ってもらえるのは嬉しいけれど…北部は、物騒な話が出てきているから心配だわ〉
〈姉上もご存じだったのですか〉
〈ダークエルフの話は、イルヴィエンから聞いております〉
〈成程〉
〈以前、貴方たちと一緒にアルテリアお姉様のお部屋に足を運んだ時、お姉様からクォーツを頂いたのだけれど、貴方とお話をする事ができるこのピンブローチと似た効果がある置物だったから先日持参してイルヴィエンのお部屋に片方を置かせてもらったの〉
 やっぱりあのクォーツは、そういう類のものだったのか。姉弟の思考って似るのだな。
〈昨晩、そのクォーツを使って会話をしていた時、北部での出来事も教えもらいましたの〉
〈そうだったのですね〉
 良い機会だと思ったので兄上にも似た様な性能の魔道具を持たせてイルヴィエン(イリス)と連絡が取れる様にしている事ともしかしたら北部の結界にほころびが生じているかもしれない事を伝え、何かあれば情報共有して欲しいと頼んでおいた。
〈ええ、わかったわ。お姉様への報告も私の方でしておくので貴方は道中気をつけて。そして無事に戻ってくるのよ。それでは、そろそろ侍女じじょが戻ってくるから失礼するわね〉
 
 姉上とのやり取りが終わる頃、カチャリと扉が開く音がして寝ていたリズが起きてきた。
「申し訳ありません。こんな時間になるまで寝ていたみたいで…」
「寝ておいてと言ったのは僕なので問題ないよ。体が睡眠を欲していたという事は、魔力の影響で体力が低下しているかもしれないね。今、ルーが夕食を運んでくれているから食べれそうな物は出来るだけ摂るんだよ」
「はい」
「あ、そうだ。ついさっき姉上から連絡があって魔法薬を用意してくれるみたい。それと魔道具の方も準備できているからこれで安心して旅に出れるね」
 
 
 ——食後
 
 作った魔道具の説明をしていると兄上から連絡が入ってきた。
 
〈本当にこれは、便利な道具だな。お陰でイルヴィエンから当時の詳しいやり取りを教えてもらえた。その後、部下たちと会議をして予定していた出発を前倒しする事になった。そこで相談なのだが…〉
〈姉上の薬草の件でしょう?〉
〈ああ。採取のために現地で部隊を再編成するつもりだったのだが、砦を手薄にするわけにもいかなくなってしまってな〉
〈多分そうなるのではないかと思って此方こちらは、出発の準備を整えています〉
〈おぉ、行ってくれるのか。それは、ありがたい。砦(要塞)から薬草が取れる場所までの地図は、明日用意させるので受け取っておいてくれ。あとフェリは、遠征は初めてだろうから気になる事や要望があれば今のうちに言ってくれ〉
〈わかりました。では、一つお願いがあるのですけれど〉
〈何だ?〉
〈道中までの街村がいそんにある王族由来の施設に寄ってもよろしいですか?〉
〈遠征する時、道中にある街村がいそんは施設や設備の調査と点検を行うために必ず立ち寄るから何も問題はないぞ〉
〈そうですか。それを聞いて安心しました〉
〈何かあるのか?〉
 各地に自作の転移装置を置いて戻りにそれを使用したいと伝えると了承してもらえた。
〈それを使うと長距離転移が可能になるのか〉
〈王都に置かれている物より小さいので、ある程度中継地が必要なのと、まとめて移動出来る人数にも制限はあるのですが、これから外に出る時、必要になりそうだったので…〉
〈成程、つまりはお忍び用というわけだな。お前は、引き篭もりだった時期が長すぎたから少しくらいやんちゃする方が丁度いい〉
〈あはは…〉
〈それでは、出発は三日後、目的地の砦(要塞)までは約四日かかるので宜しく頼む〉
〈はい〉
 
 魔道具での通信が終わると兄上とやり取りした内容を二人に報告した。
「——という事で、出発は三日後、砦までは四日かかってそこから僕らは別行動で薬草が取れる山岳地帯に向かう事になるよ」
「砦から薬草が採取出来る場所まではどんな感じなの?」
「明日、地図を貰う事になってるから受け取ったら見てみよう」
「ふむふむ。採取したらその日に戻る感じ?」
「天候次第で予定が変わるかもしれないけれど…姉上からもらえる魔法薬が十日分らしいからそれまでに戻れればいいなと思ってる」

 話終わる頃には、いい時間になっていた。
「今日のところは、これでお開きにしてまた明日気がついた事を話し合おうか」
「そうだね」
 
 
 其々、夜の日課が終わると就寝の挨拶をして各自の部屋に入っていく。
 
 雨音は、相変わらず激しい。
「長旅…か」
 もしリズに会わずにいたら絶対そんな事する気にもならなかっただろう。
 
「出発の日は、晴れるといいな…」
 そう思い目を閉じると直に意識が薄らいでいった。
 
 
 ————
 気がつくと見覚えのない草原で横たわっている。
 赤紫の小さな花と薄い青紫の空が交わりとても幻想的だ。
 起き上がってみたかったが、何故か体に力が入らない。
 どうしたものかと思案していると何者かの気配を感じた。
 
「うむ。良い感じで魔力が減ってきているな」
 
 この声には聞き覚えがある。
 顔を確認しようとしたが、手で目を覆われた。
 相手の強い魔力で目を開ける事が出来ないし、喋りかける事もどうやら封じられてしまっている様だ。
 
「我の領域で意識があるとは…素晴らしい素質だ」
 
 そう言うと何か柔らかいものが唇に触れた。
 
「旅が近いというからもう少し注ぎたかったのだが…頭の中で騒ぐ奴がおるので、このあたりにしておくか。全く…情欲的な意味は、無いと言っているのに…そんなに騒ぐなら方法だけ教えてやるから今度から自分でするか?…だからっ…騒ぐなって。…五月蝿うるさいなぁ…だから一人で来たかったのに」
 
 一人だけかと思っていたら誰かと話しているのか?…内容がつかめない。
 気配がだんだん遠のいていく頃になってようやく目が開き、体を起こす事が出来る様になったので、なんとか後ろ姿だけでもと目で追いかける。遠目でしっかりとは確認出来ないが肌の色が白く、リズの様に黒い髪の女性に見えた。
 
「貴方は、一体…」
 
 気がつくと自分が放った声で意識が戻り、周囲を見渡すといつもの寝室で、窓の外はすっかり明るくなっている。そこで、あれは夢の中の出来事だったのかと理解する事が出来た。
 前の時もそうだったが、あの人の夢を見た後は、何故か体から魔力がみなぎってくる感覚が起こる。
 それに…
 
「触れたのって…あれ…」
 
 現実では、経験が無いから絶対とはいえないが、『唇』の様な気がする。
 声の質は、少し違う気がしたがシルエットは確かにリズの様で…思い出すと次第に体が熱ってくる。
 
「どうしよう……朝、顔を合わす時、…直視出来ない」
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 

 

 
 
 

 
 

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