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聖域のベルベティトワイライト (19)

幻影輪舞


「貴方、フェリシオンの事は、どう思っているの?」

 ベッドに入り、さて寝ようという時、急に昨晩の事を思い出した。

 ——時はさかのぼり、昨日の丁度今と同じ様な時間。
 夜の挨拶をしていつもの様に自室に入り、いつもとは違う夜を過ごした。

「ふふふ、寝る前にこんなに笑ったのは、久しぶりよ。貴方たち、いつもこんなににぎやかなの?」
「そうですね。いつも楽しいです」
「それは本当に何よりだわ」
 そう言われると、エレシアス様はこの部屋の内装をぐるりと見渡された。
「このお部屋の内装の構想は、リズリエットがしたの?」
「いえ、全てルーとフェリシオン殿下にしてもらいました」
 エレシアス様の質問に素直に答えるととても驚いた様な顔をされた。
「あら、あの子がしたの。…ふぅん、そうなのね」
 そして最後には、何かを感じ取られている様子。

 一国のお姫様に私から喋りかけるのは失礼にあたるけれど、そろそろ寝ないと翌日にさわってしまうかもしれないので恐る恐る切り出してみた
「それでは、…わ、私は床で寝ますので…」
「何を言ってるのリズリエット。貴方も私と一緒にベッドで寝ないと翌日フェリに怒られてしまうでしょう」
「えっ。ど、どうしてですか?」
 何故ここでフェリ王子の名が出てくるのだろう。

「…貴方、色々と優秀だと聞かされていたけれどそういう事に関しては鈍感なのねぇ。でもまぁ、出来の良いうちの弟も同じくらい自覚が無いから人の事は、言えないかもしれないわね」
 そういう事とは、どういう事なのだろう。何故か目の前にこの国の美しいお姫様がいて、今から添い寝をするという事だけでも理解が追いつかないので余計に頭の中がぐるぐるしていると、あっという間に手を取られて一緒にベッドの中に引き込まれてしまった。
「ふふふ、なんだか妹ができたみたい。昔はね、夜にこっそり抜け出してお姉様に添い寝してもらっていたの。フェリが誕生してからは、あの子が私のところに来る様になって…姉弟って似るんだなぁって感じたわ」
 今の私を例えるなら借りてきた猫状態だ。
 すっかり気が動転してしまい、心も体も緊張しエレシアス様がお話をされていても半分も頭に入ってこない。はたして私は今日眠りにつくことが出来るのだろうかとぐるぐる思いを巡らせていると頭を撫でられた。
 なんだろう、この懐かしい感じは。
 あ…そうだ、思い出した。これは、小さい頃一緒に寝てくれたお母さんに撫でられていたあの感じだ。

 とても心地いい。

 ——そう思っている時にさっき思い出したあの発言をされたのだ。

「ところで」
「はい?」

「貴方、フェリシオンの事は、どう思っているの?」
「えっ…ど、どうって…いいますと…?」

「姉が言うのもあれだけどあの子、見た目はとても良いと思うの」
「は、はい。確かにそう思います」
 先程から何かとフェリ王子お名前が出てくるのはどうしてなのだろうと疑問に思っている間にもエレシアス様のお話は続く。
「魔力も生まれつき飛び抜けていたし身体能力もそこそこあって学力も高いの。要するにあらゆる天性の才能を持っている私の自慢の弟なのよ。あの子の欠点を挙げるとすれば、幼少期の出来事がきっかけで他人に興味がなさ過ぎるの。いえ、ナルシストという事ではないからそこは安心して。わかりやすく言うと引きこもり気味で社交的では無いの。これは王族としては致命的なのよ。そこへ、貴方がきてくれてこの短期間であんなに表情豊かになってきている…これは奇跡以外の何ものでも無いの!」
 寝ている状態で両手を握られ物凄い勢いで話されるので終始頷く事しか出来ない。
「だから出来ればあの子のそばにずっといて欲しいの」
「は、はい。侍女じじょ見習いとして頑張りますっ」
「いえ、そうじゃなくて!」
「そうじゃないとは…一体どういう…」
「…はぁ。貴方の方は、この世界に馴染みだして今までには無かった気持ちとか芽生えていない?」
「えっと…」
「特にあの子フェリシオンに関して」

 普段穏やかな方とは思えない程の目力から『思い出せる事が有るなら教えなさい』という圧を感じるので目を閉じて今までを振り返ってみた。この世界に来てからみなさん優しくて…特にルーとフェリ王子には、とても良くしてもらっている。フェリ王子に関して…となると
「アミュレット(ピアス)を作ってくださった時、ホールを開けてもらったのですが…ずっと気遣ってくださってなんだかフワフワとした気持ちになったのと…以前、髪をといてもらった時にお姫様抱っこしてもらった事があって…その時は、びっくりしたのですけれど…今思うと少し嬉しかったのかもしれないです。そ、それとあとは…最近私が睡眠不足で血色が悪いのを注意された時、ちょっとお顔が近くにあって…その…少しドキドキ…した…かもしれません」
 あと、はだけたお姿を見てドキドキしてしまったのは…言わないでおいてもいいかな…というか圧に押されて、思い出した事を勢いで話してしまったけれど本当に素直に話してしまってよかったのかな…。
 聞いていたエレシアス様は目を輝かせながら「うんうん」と頷かれ、「それは」と言われかけたが、途中で何か思うところでもあったのか、ひと呼吸置かれるとにこりと微笑まれ、また頭を撫でられた。
「いえ、これは私が言うべきではないわね。二人ともまだ気づいていない様だけれど…私は貴方たちの味方だという事を忘れないでね」

 ——こうやって振り返ると何故かじわじわと顔がほてってくる。

「今までには無かった気持ち…か」

 そういえば今日、お店のお手伝いをしている時に若い女性たちがフェリ王子の周りに群がって腕にまとわり付いているのを見た時、よくわからないけれど…こう、心がモヤモヤした感じになった気がする。そしたらルーが急に「良いこと思いついた」って私の手を取ってフェリ王子の周りにいる女性を一人ずつぎ取っては少し高めのアクセサリーを手に取り、上手におだて、王子に適当な言葉を囁いてもらって買わせて帰ってもらうという一連の流れをし始め出した。
 最初は、こんな事していいのかなぁと思ったけれどルーに合わせてご機嫌を取り、商品を買ってもらううちに楽しくなってきたのと、王子に群がっていた最後の一人が出ていく頃には、モヤモヤしたものが晴れてスカッとした気持ちになっていた。

 あれは…あの気持ちは…

 考えているうちに気がつくとまたあの小さな赤紫の花が咲き乱れた丘が目の前に広がっていた。
 そして私は、不思議な事にこれが夢の中であると認識している。今までは俯瞰ふかんの様な視点でしか見る事ができなかったけれど今回は、自分自身を触れるし歩く事も出来る。
「この花は、紫雲英げんげ(蓮華草)だったのね」
 暫く歩いていたら人影が見えるので歩み寄ると遠くを眺めているあの女の人がいた。
 いつもならあの人を眺めているだけしか出来ないのに今なら話しかける事が出来そうな気がした。

「あ、あの…」
 声をかけてみると直ぐにこちらに気がつき「ふぅ」とため息をついてこう言った。
「…あぁ。とうとう其方そっちから干渉出来る様になってきたのか。思ったより進行が早いな。また魔力をあの者にある程度移さないといけない」

 今、確かに『魔力』と言った。

「やっぱり、あなたが関係しているの?」
「そうだよ」
 とてもあっさりとした返事が返ってくる。

「…この髪や目の色、そしてこの耳もみんなそうなの?」
「否定はしない」
「あなたは…一体何者なの」

「我は、もう一人のお前だ」
「…え?」
「いい機会だから少し話してやろう。我とお前は、同じ肉体に存在しているのさ。正確にいえば本当は『ひとつの意識』として生まれるはずだった半神だ。けれど神の手違いで生まれ落ちる時に二つにわかたれてしまったらしい。お前がこの国の言葉を早い段階で理解出来たり何かと物覚えがいいのは、地頭が良いのもあるが『神』の側の力が関係しているからだ」
 確かに物心着く頃から他の人よりも記憶力はいい方かもしれないとは思っていたけれど、それが半分は神の力だったなんて。
「神って…」
「それは、いずれ教えてやる」
「…私の容姿が、あなたの姿に変化しているという事は…私は、どうなってしまうの?」
「このまま何もしなければ、確実に同化する」
「そ、そんな…」
 私がもし元の世界に居たままだったら世界に見放された事に絶望し、自分が自分ではなくなってしまうかもしれない事を受け入れていたかもしれない。

 …でも…今は…!
「そんなのは…いや!」
「まぁ、そうだろうな。我も今のままが良い」
「…え?」
「我も同化するのは、今のところ御免被ごめんこうむるという事だ」
 思っていた返答では無かったので呆気にとらわれた。
「半神として…お前は『人』の割合が高く、我は逆に『神』の力が強い。この肉体は、長年お前とともに育ってきているので半神としての器とする場合、とても未熟なのだ。今、同化すると『神』の力に耐えられず確実に器が壊れてしまう。つまり魂のり所が無くなるとお前も我も強制的に世界から消滅してしまうのさ」
「…消滅?」
「そう、何も残さず跡形もなく消える。そうなるのは、お前も嫌だろう?だから出来るだけバランスを保つために同化の進行を抑えてきたのだが、この世界にやってきてから漂う強い魔力に当てられ、少々抑えが効かなくなってきている」
「この前、ルーが魔力を感じるって言ってたのは…そういう事だったのね。あの時、目の前が光った様に感じたのは…あなたが?」
 目の前の彼女は頷いた。
「あの妖精は、お前の事を気に入っているし、勘が鋭いから気が抜けないな」
「あれから何も言われていないから今、力は抑制出来てるって事?」
「まぁ、ある程度はな。ただ、こうやってお前が我に干渉出来る様になったという事は、…わかるな?」
 つまり以前より確実に私の方が侵食されているという事なんだ。
「何もほどこさねば、あの妖精が言っていた様にいずれお前自身で魔力を使える様になるだろう」
「え、私が魔法を…⁉」
「喜ぶなよ。わずかな魔力ならいいが、お前が『完璧な力』を得た時、それは完全に我と同化してしまうという事なのだからな」
「…因みにその『完璧な力』って例えば…?」
神力しんりきとは、神話で語られる様な人々に加護を与えたり、大地を焼き尽くしたり、時空をも超越する力だ」
 神力しんりきというからには、そうなのだろうけれど…スケールが大きすぎる。

「本来の『半神』として生まれていればなんの問題も無かったが、そのからだは、『人間』として育ってきた期間が長いから、そういった類の力にからだが耐えれる様になるのは、ある程度の時間が必要になる。…そうだな、百年はかかるだろう」
「百年って…その頃には普通に死んでいる様な気が」
「普通の『人間』ならな。だが我たちは半神だ。からだと魂が程よく順調に馴染んでいけば、人間でいう二十五歳前後でからだが衰えていく事はなくなるだろう。そしてそこから遅くても五十歳までにはエルフ族並みの魔法を使っても耐えれるからだになり、百歳に到達する頃には『神』としての力を問題無く使える様になるはずだ。寿命については、…そうだな、この世界のエルフ族以上だと思っておけばいい」
 えええ…ルーやフェリ王子に夕食後この世界について教えてもらう事があるのだけれどエルフ族って寿命が千年以上って言ってたはず…。

「あとこれも話しておいた方がいいだろう。これまでも魔力が溢れ出そうで結構危うい時があったので力が暴走してしまう前に我の魔力に耐えられる体を持っている者に一時的に受け皿になってもらっている。お前もよく知っている者だ」
「私も?」
「銀髪の男。この国の王子といえば、察しがつくだろう?」

 銀髪の…王子…
「フェ、フェリシオン王子⁉」
「あの者は、我にとって本当に都合が良い理想の受け皿だ」
「そ、そんな…いつの間にそんな事を…」
「流石に昼間その体を借りるわけにもいかぬからみなが寝静まる頃にお前の体を使い抜け出してあの者の体にこうやって」
 と言いながら口付けをする様な素振りをした。

「えっ!…そ、それはつまり…」
見様みようによっては口吸いというやつになるな。あ、安心しろ。あの者には気付かれてはおらぬ」
 ちょっと待って…口吸いって…え?私の知らない間に私とフェリ王子が…
「つまり…キ、キスしているという…事⁉」
「仕方が無い。この方法が一番効率がいいんだ」
 仕方が無いと言われても「はいそうですか」という気持ちになるのは無理がある。
「ま、魔力が溢れそうになったらこれからも…ずっと…⁉」
「我たちが存在していくための作業の様なものだ。それ以外の意図はない。人のからだが成熟し、充分に耐えれる時が来ればあの者に預けていた魔力を全部返して貰うだけだ」
 そんな…知らない間にこんな事になっていただなんて…
「何だ?知らない間にそういう事になってるのが気に入らぬなら、お前の意識も残しておいてやるが?」
「そ、そういう事じゃ無くて…!」
 つい反射的にこう返してしまったけれど…何だろう、完全には否定しきれない。気持ちがなかなか整理出来ないけれどもう一人の『私』にどういうわけか羨ましいと感じている。
 …そういえば目の前にいるもう一人の『私』の事をどう呼んだらいいのだろう。
「あの…話の最中だけれど…あなたの事なんて呼んだらいいの?…名前って…」
「名は同じだな」
 やっぱり、そうなるわよね。
「頭の中で噛み砕いて整理する時、ややこしくなるから呼び名をなんとかしたいのだけれど…」
「ふむ。お前が『リズ』という愛称で呼ばれているから我は『リエット』とでもするか」
『リズ』と『リエット』。本当に二人でひとつみたい。
「リエット…あなたとは、これからも夢の中だけで会話をする様になるの?」
からだが少しずつ熟していき、リズとして魔力の扱いが可能になれば夢の中で無くてもやり取りは出来る様になる」
「でも私が魔力を持つって事は、同化が進行するって事なのでしょう?」
「お前が自分自身の精神を磨いて力を制御出来る様になればからだにかかる負荷が軽くなる。そうすれば急激な同化の不安も軽減されるしからだが壊れる危険性も薄くなる。要は、自分自身で限界を認識して急激な変化さえ起きない様にすれば消滅せずに済むという事だ。まぁ、危なくなれば我が一時的に表に出て抑えるがな。ただしその時は、お前の意識は、外に出れないから違和感が生じるだろうが我慢しろ」
 元々ひとつだったからこの言い方は正しく無いのかもしれないけれど本当に運命共同体なんだな。
「という事で納得してくれるかな?」
「…ええ。拒みたくてもどうしようもないのだろうという諦めの様な境地だけれどね」

「さて、そろそろ『夢』は、この辺りにしてお前はしっかり寝るがいい。そうでないとまた王子と妖精にお小言を言われるぞ」
「そうね。明日からまたレッスンもあるし山岳地への話も出てるし…隣国が不穏な動きを見せているというから余計な気苦労をさせるわけにはいかないわ」
「隣国ねぇ…昼間のアレ覚えているか?」
 昼間…そういえば…思い出した。
「昼食を買いに行った戻りよね?なんていうかありきたりな言葉を使うと一瞬何かの気配を感じたのだけれど…リエットではない事は、この『夢』でわかったわ」
「混乱を招くからまだ王子たちには話さない方がいいが、リズが感じた気配の元は、北の国が関係する者だ」
「え!」
「強い魔力を感じなかったからおそらく偵察のたぐいだろう。金で雇われているのか、または奴隷がそういう教育を受けて送り込まれたか…まぁ、そういうところじゃないか」
「本当に伝えなくてもいいの⁉」
「ああいうたぐいの者は、どの国にだっているからな。下手に動くと流れが思わぬ方向に変わる事もある。今は泳がしておいて時を見て始末した方がいいだろう」
「そういうものなんだ…」
「またライブラリーに足を運べる時間が出来たらその手に関する本でも読むといい。それでは時間だ」

 ——意識が薄らいで気がつくと朝を迎えていた。

 昨晩の『夢』の中での事は、はっきり覚えている。
 もう一人の私であるリエットの言葉が本当の事なら魔力が暴走しない様に自分で制御できる方法を探ったりこの体が耐えれる様に鍛錬を始めないといけない。
「そうじゃないとリエットが、夜な夜なフェリ王子に通い詰めてキスを…」
 想像すると私がしたわけじゃないのに自分の顔なので非常にタチが悪い。

 取り敢えず、夢の中でリエットと話ができる様になったのだから疑問に思った事は、これからなんでも聞いてみよう。なんで自分は半神なのか、百年後完全に同化したら自分の意思は、どうなってしまうのか…知りたい事だらけだ。


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