聖域のベルベティトワイライト (18)
有為転変
〈侍女たちは、各自の部屋に戻っていったわ〉
この日、いつもと変わらぬ素ぶりで一日を過ごしていた僕たちは、姉上の合図で動き出す。
〈了解です〉
作戦通り、先ずルーに姉上の部屋の中に転移してもらい、姉上が作った複製体の存在を確認すると戻り用の小さな転移装置を人目につかない様、寝室のチェストの引き出しに入れてもらい、姉上と一緒に僕の部屋へ転移して戻ってきてもらった。
「お疲れ様です、姉上」
「うふふ。なんだか子供の頃に戻ったみたいでワクワクしちゃう。貴方のお部屋、今はこんな感じなのね。成程、あの扉の向こうがリズリエットのお部屋で…あらまぁ、その隣の簡易浴室もなかなか素敵じゃない。これも確か貴方が作ったのよね」
久しぶりに此処を訪れた姉上は、子供の頃の様にはしゃいでいる。
「楽しまれているところ申し訳ないのですが、細かな段取りを説明させてもらってもいいですか?」
「あら、ごめんなさい」
姉上が着席されると、僕らはこれまでに練ってきた作戦を説明した。
「姉上は、まだあの店に足を運んでいないので、このままだと一人だけ正確な場所に転移出来ません。ですので、今僕が手にしているこの人工クォーツに少し魔力を流し込んで欲しいのです。そうすれば、その魔力が目標地点になって姉上も僕らと一緒に転移可能になります」
「わかったわ」
手をかざしてもらい、僅かな魔力を入れてもらうとその人工クォーツをルーに手渡した。
「あとは、翌日この装置をルーが店の奥の部屋に置かせてもらうので、ルーから合図をもらったら転移しましょう」
「宜しくね、ルシエル」
「はい」
この姿のままでは、目立つのでこの前使用した外見を変えるローブも用意した。
「取り敢えず明日の作戦は、こんな感じです。そして、今晩お休みになられる場所なのですけど、僕の寝室でいいですか?」
「あら、ソファーで寝るつもりだったのに」
「姉上をそんなところで寝かすわけないじゃないですか。僕がソファーを使います」
そこへ、リズが加わってきた。
「いえ、私がソファーを使うのでフェリシオン殿下は私のベッドを使ってください」
「それは良くないわ。うーん…そうね…じゃぁ、私がリズリエットの部屋を使わせてもらうからフェリのベッドは二人で使いなさい」
「姉上までルーと同じ様な事言わないでくださいよ!」
「あら、ルシエル。気が合うわね」
「そうですね」
そう、この二人はどことなく思考が似ている。というよりも僕の扱いが同じなのだ。
暫く譲り合いが続いた後、姉上はリズの部屋でリズと一緒に寝るというところで落ち着いた。
「で、でも本当に良いのでしょうか…?」
この着地点に一番驚いているのは、勿論リズだ。
「あのサイズのベッドなら女子二人でも問題ないでしょう?」
「えぇ…で、でも身分的な意味で…」
「リズリエットは、本当の使用人ではないし、この世界ではない所から来たのだからそもそも身分の差は無いでしょう。ねぇ、フェリ」
「確かにまぁ…そうですね」
「あ、そうなると、リズリエットとフェリでも問題ない事になるわね」
「姉上!それは、違う意味で問題有りまくりでしょう!」
本当にルーと同じ思考の持ち主過ぎる…。
「という事で今晩は、宜しくね。リズリエット」
「は、はいぃ」
「それでは、また明日。おやすみなさい」
リズの部屋の扉が閉まると女性特有の軽やかな笑い声が聞こえてきた。姉上は、誰とでも仲良くなるからきっとリズも直ぐに普段通りの会話が出来るだろう。
「さて、僕も寝室に向かうか」
——翌日
横になったら直ぐに寝ていたらしく朝日の光とルーの「朝だよ」という声に起こされた。大人になってからこんなに姉上と笑いながら過ごす夜なんて無かったので緊張も解けて朝までぐっすり寝ることが出来たらしい。
居間に向かうと姉上とリズはもう出発の準備を終えていた。
「姉上、おはようございます」
「おはよう。フェリは、相変わらずお寝坊さんなのね」
「えー…この時間ならまだ寝坊じゃないでしょう?」
「これから少しずつ公務が増えていくのだからもう少しだけ早く起きましょうね」
朝は、正直苦手なので午前中の公務は、勘弁願いたい。そう思いながら顔を洗ったり着替えをするなどして身支度を整え、改めて居間に向かうと軽めの朝食が用意されていた。
「流石に空腹のまま向かうわけにはいかないと思って、昨日キッチンメイドに朝食は軽めなものでって頼んでおいたんだ」
何やら昨晩は、気が合う話題でもしていたらしく、リズと一緒に笑いながらサンドイッチを美味しそうに食べている姉上は、どこにでもいる普通の女性の様で可愛らしく見える。
こんな雰囲気の姉上は、きっと他では見る事が出来ないだろう。
そうやって何気なく見ているとテーブルの隅に袋が置かれていた。
「姉上、それは?」
「アルテリアお姉様が、この前作ってくれた物なの」
「ああ、あの時の」
確か姉上の手に収まるくらいのクォーツだったはず。魔力の強いあの姉上が作るものは、大体想像がつくのでどういう目的で使う物なのか聞くのは、無粋だからやめておこう。
朝食も終わり、片付けが済んでルーたちが戻ってくると改めて全員で今日のスケジュールを確認する。
「…という事で、陽が沈む前には、城に戻る流れでいいですか?」
「わかったわ」
姉上の呼び方もお忍び中は『エリー』で通す事になった。
「それでは、ルー、予定通りお願い」
「了解。それでは、行ってくるよ」
人工転送装置を手に持ち消えていったルーから間も無く僕にダイレクトで連絡が入る。
〈準備完了〉
「ルーから連絡が来ました。それではローブを着て向かいましょう」
其々ローブを羽織ると僕とリズは以前店を訪れた時の姿になり、姉上も一般人に紛れ込みやすい容姿に変化した。お忍びに関しては、僕よりも慣れているだろうから喋り方や振る舞いは割愛させてもらう。
そして粒子の煌めきに包まれた僕らは転移先に向かった。
僕たちを包んでいた光の粒子が消えると、以前通された部屋に辿り着き、目の前には、ひと足先に転移していたルーが居た。横を見ると姉上も問題なく転移している。
「イリス、久しぶり」
「こんにちは、それにしても凄い魔道具を開発しましたね」
イリスは、小型の転移装置を眺めて感心している。
「小型だから転移する時、人数制限はあるけれど身内用だし、自分でも結構良い物が出来たと思ってるよ。それはまだ試作段階の物だから回数制限があるので改良したらまた改めて置かせて欲しい」
「わかりました。おや、今日はもうお一人いらっしゃるのですか」
「実は、今日ここにやってきたのは貴方にどうしても会わせたい人がいるからなんだ」
「私にですか」
「うん。さぁ、此方に」
姉上は、僕の隣に歩み寄り羽織っていた魔法のローブを脱ぐ。
「お元気そうで何よりです。…イルヴィ」
昔の愛称で呼ばれたイリス(イルヴィエン)は、姉上に気づくと一瞬言葉を失った。
「…もしや…エレシアス殿下ですか」
「はい」
「お美しくなられましたね」
「お世辞でも嬉しいです。貴方も色々経験を積まれたのでしょうね。以前より一層凛々しく見えます」
そしてお二人は笑顔を交わされる。さて、僕らはお邪魔になるので予定通り店番を手伝うとしよう。
「では、僕らは暫く店番を手伝うので思い出話などなさっていてください。あ、この前の代金は、お店の子に渡しておくね」
「はい」
僕ら三人は、店に向かうと少女と青年がお店を開けるための準備を始めていた。そういえば、二人の名前をまだ聞いていなかったな。
「こんにちは」
「あ、こんにちは!」
「ルウ、来てたんだ」
「ふふふ、今日は、お手伝いに来たんだよ」
「ルウって気がつけばいつも店の中にいるよね。イリスティール様から合鍵でももらったの?」
「まぁ、そんなとこかな。私とイリスはとっても仲が良いから」
ルーは、此処へ何度も来ているので、すっか打ち解けてり仲良しになった様だ。少女の方は、シルヴィアナで青年の方は、セルフィリウスという名らしい。
二人とも歳は、僕よりも若いが色々場慣れした様な空気を感じる。
「僕は、ルウの友達でフェル。今後も宜しくね」
「私は、リズィっていいます」
「此方こそ宜しくお願いします。私たちの事は、シルヴィとセルフィって呼んでください」
「わかった。あ、この前のお代渡してもいいかな」
「はい」
お代を払うと僕たちは其々お店の手伝いをしながら色々な話をした。
「それじゃぁ二人は、別の国からやってきたんだね」
「そうなんです。私は、西の国『ウェルフォンテ』出身でセルフィは、南の国『セルシスタ』出身なんです」
「事情は、二人とも違うのだけど僕らイリスティール様に助けてもらって一緒に旅のお供させてもらってる間に弟子にしてもらって今に至るんです」
ルウのお陰でだいぶ心を許してもらっているのか、二人の事情を聞かせてもらえた。こんなところで他国出身者と話す機会があるとは思わなかったので其々のお国事情もそれとなく聞いてみる。
「ウェルフォンテは、数年前から北の国『ネクロベルク』から奇襲を受ける様になり、特に国境辺りは夜襲も度々あって張り詰めた空気になってます」
「セルシスタの方は、島国なのでネクロベルクから離れている事もあり、直接攻め入られる事は、今のところ無いのだけれど、ここの所、ネクロベルクと繋がりがあるという噂の海賊による人攫いが頻発しているので此方も平和とはいえないかな」
ネクロベルクか…アルテリア姉様の湖での件も思い返せばあの国の奇襲が発端だったな。
「それに比べると『エルヴィゼン』は、活気に溢れていて治安も良いですよね」
「あぁ、それは多分、この国も過去に何度とネクロベルクに攻め入られそうになったから現在は、強力な魔法で結界を張っているのと精鋭部隊が定期的に国境辺りを遠征して牽制しているからかな」
「へ〜、フェルはそういうのに詳しいんだね」
「知り合いから教えてもらってるだけでそんなに詳しいわけじゃないよ」
危ない。思わず色々話してしまうところだった。気をつけよう。
「そういえば、この前イリスティール様が仕入れをするために遠出をされた時、各地を巡っている旅の商人たちが北部の宿場町で深夜にダークエルフを見たとかなんとかって噂してるのを聞いたらしいよ」
「それは、本当かい」
「うん。イリスティール様、仕入れに行く時は、必ず街村の酒場に足を運んで色んな情報をもらって戻るのが習慣になってるみたいなの」
酒場は情報の溜まり場だという事は、僕が幼い頃に元冒険者のソル(ソルヴェイン)が、よく話してくれていたな。冒険者になると誰もが通る道なのか。
「普段なら聞き耳だけで終わるらしいんだけど、内容が内容だけに気になったみたいで噂をしていた商人にお酒を奢って詳しい話を聞いてみたんだって。そしたら信憑性があったらしくて…」
「先日戻ってきた時、今度ルウが来た時に教えないとって言ってた」
ルウと僕は目を合わせる。ネクロベルクは、ダークエルフ族の国だ。旅の商人の噂が本当ならば直ぐに兄上に知らせないといけない。
「二人とも情報をありがとう。知り合いに伝えておくよ」
北部の何処かの結界に綻びが出ているのだろうか。
北部の街村というと、この前話題に上がった山岳地帯にある砦に向かう途中に林業や鉱山で潤っている岳都があったな…あそこはリオンドール領か。治めているのは、叔父上だから守りは堅いとはいえ、ダークエルフは隠密行動を得意とするから安心はできない。全く…こんな時に厄介な事が起きるのは勘弁してほしい。
店を開けると異国のアイテムに惹かれて品定めに来た少年少女やイリス目当てで足を運ぶ常連さんらしきお嬢さんが次々と来店してきた。
「あら、今日はお戻りになってるとお聞きしていましたのに残念ですわ」
「申し訳ありません。今日は、急ぎの仕事が出来たみたいで作業部屋に篭ってるみたいなのです」
「それは、仕方ありませんわね。あら、そちら新しい店員さん?」
「はい、今日だけお手伝いしにきてるんです」
取り敢えずルウを見習ってシルヴィたちの会話に合わせておく。
「そうなの?貴方も向こうにいる彼も素敵だからもし正式な店員さんになったら今よりもっと足を運んじゃうわ」
そういうとみんな何か一つは商品を買って帰っていく。
「イリスって本当に人気なんだね」
「あの美貌ですからね。物腰も柔らかいので老若男女問わずイリスティール様は人気ですよ。フェルたちが本当に定員さんになってくれたらもっと商売繁盛するだろうなぁ」
そんな話をしているうちにすっかりお昼の時間になっていた。僕たちをみてセルフィが少し悩んでいる。
「お昼ご飯、いつも三人分しか作ってないから困ったなぁ」
「大丈夫、ちょっと三人で散歩がてら軽食を買ってくるよ。じゃぁ、行ってくるね」
それに気がついたルウは、にっこり笑顔になると僕とリズィを連れて店を出る。
「いやぁ、普段やらないことするのって楽しいね!」
「うんうん。お店って楽しいですね」
「外に出たのはいいけれど、持ち帰り出来そうなお店知ってるの?」
「うん。この辺りの店の配置は把握済みだよ。エリーも食べれそうなものだったら五分くらい歩いた先にあるからパパッと選んで買って帰ろう」
ルウの認知能力と行動力は、相変わらず凄い。
「それにしても…ルウもさっきの聞いてた?」
「あぁ、旅の商人の噂話ね」
「シルヴィとセルフィの国の話もあったし気になるな…。はぁ、取り敢えず兄上に報告しよう」
流石にお昼時なので街に人が溢れている。目的地に到着し、姉上でも食べれそうなものを選んで店に戻る途中、横を歩いていたリズィの歩みが止まった。
「どうしたの?」
リズィは、先ほど軽食を買った方角を暫く見つめていたが、僕の声に気がつくと再び歩き出した。
「ごめんなさい。なんでもないです」
なんでもないと返してきたが、その顔は何か考え事でもしていそうな雰囲気だった。
店に戻ると奥の部屋でイリスが丁度お茶の準備をしてくれていた。
「シルヴィに聞いたらみんながお昼を買いに出たって言ってたので丁度いいかなと思って」
「イリス、ありがとう。僕たちはお店の子たちと食べるから、姉さんの分を一緒に持っていってあげて」
そういって渡すと僕たちは一旦お店を閉めてみんなでお昼をいただく。
「二人は、いずれ独立するの?」
「そうしたいと思ってるんだけど、まだまだ修行中だから当面先の話になりそう」
「イリスティール様は、魔法に関する学問だけじゃなくて生きていくための知識も教えてくださるから僕たちも独り立ちするまでは、あの方をしっかりお支えしようって決めてるんだ」
イリスの下でこの国での暮らし方と錬金術や魔法の基礎を学びながら国土の半分が山と森のウェルフォンテ出身のシルヴィは、植物の知識を活かして僕の姉上の様な薬品スキル特化型の魔法使いになる事を目指し、海に囲まれたセルシスタ出身のセルフィは、古代の航海技術から進化した天文学が得意らしく星読みの技を磨いて魔法も使える占い師になる事が目標だと語ってくれた。みんなまだ若いのに将来の目標をしっかりと定めていて尊敬する。僕の事も聞かれたが、本当の事を言うわけにもいかないので助け舟を出してくれたルウの話に取り敢えず乗っておいた。
お昼ご飯の時間も終わり、店を開けると、どこかで僕たちの噂を聞いた若いお嬢さんがひっきりなしに来店してきて其々の対応に追われた。
ルウとリズィは、終始楽しそうだったが、女性特有の押しがやや苦手な僕としては、なんというか長時間試練を受けている様な状態だったので、陽が傾き空が茜色に染まり始める頃には、心も体も疲れ果てていた。
「フェル、お疲れ様」
奥の部屋から出てきたイリスが労ってくれる。
「いやぁ…接客がこれ程疲れるとは…当分遠慮するよ…」
「イリスティール様、今日はフェルたちのお陰で高額なアクセサリーが沢山売れましたよ!」
「それは素晴らしい。毎週お手伝いに来てほしいなぁ」
「本当、勘弁してっ」
クタクタになっている僕を見てみんなが笑う。
「後片付けは、私がしておくので二人は夕食の準備を始めてくれるかな?」
「はい。フェル、ルウ、リズィ、今日は本当にありがとう」
「とっても楽しかったからまた来てね」
二人はそう言って一礼すると台所に消えていった。
「二人とも良い子だね」
「でしょう。自慢の弟子なんです」
僕たちは、後片付けの手伝いをしつつ気になる商品を幾つか購入させてもらい、その後、城に戻るために転移装置を設置してもらった部屋に入ると姉上がニコニコしながら出迎えてくれた。きっととても有意義な時間を過ごされたのだろう。
「イリス、今日は時間をくれてありがとう」
「此方こそ、素敵な時間をいただきました」
「私からもお礼を言うわ。ありがとう、フェリ」
この部屋には、僕らとイリスしか居ないので本来の名前で会話出来る。
「そうだ。例の旅の商人の噂話は、シルヴィたちから聞いたので兄上に話しておくよ。もし兄上が詳細を希望されたら通信可能なアイテムをルーに運ばせるので直接説明をお願いできるかな?」
「わかりました」
イリスに城まで来てもらうと大臣や父上の目に止まってしまうので出来るだけ目立たない手を打たないといけない。
「それでは僕たちは戻るとするよ」
転移装置を使い僕の部屋に戻る頃には、窓の外は宵の空色に染まり出していた。
「フェリ、今日は本当にありがとう。お礼はまた日を改めてするわ。それじゃぁ、失礼するわね。おやすみなさい」
「おやすみなさい、良い夢を」
姉上は、お土産を抱え魔法の粒子に包まれて消えいく。
そしていつもと変わらぬ夜がやってきた。
「何事も無く一日が終わってよかったね」
「そうだね。店番以外はね…」
思い出すとため息が出てしまう。
「なんで?楽しかったじゃない。女性たちがフェリに群がって、それを私たちが一人づつ捕まえては、あれもこれもお似合いですよって適当にアクセサリー押し付けて最後にフェリがにっこり笑顔で『お似合いですよ』って言うだけでいっぱい買ってくれる、ただの作業」
「言い方!」
「じゃぁ、流れ作業」
「…興味の無い人には、本当にどうでもいい言い方するね」
ルーは、誰にでも愛想を振り撒くけれど本当に好意を持ってる相手以外には、清々しいほどにドライだ。
「私は、誰にでも慈悲深い神様じゃないからね。妖精は、本当に好きな相手じゃないと心から優しくなんてしないよ。ただのお客さんには、嘘をつかず、勘違いさせない程度の適度な接客で勝手に良い気分になってもらって気持ちよく夢をみて帰って貰えば良いのさ」
妖精だけあって人という生き物の扱いを心得ている。
「僕の場合は、キミにただ弄ばれてるだけだと思うんだけれど」
「ん。好きな相手には悪戯したくなるっていうじゃないか」
「ハイハイ」
「ふふふ」
いつもの流れにリズが笑っている。
「それにしても…ネクロベルクか…明日、兄上に会いにいって報告しよう」
「この数百年おとなしかったのに。今、何が起きてるんだろうね」
「恐ろしい国なのですか?」
「ネクロベルクは『リビドゥラード』という破壊と戦と力を司る神を信仰しているんだ。神のために生贄を捧げる習慣が今もあるらしい。セルシスタの海賊の人攫いの話…あまり考えたくは無いけれどネクロベルクが絡んでいるのなら奴隷や生贄のために攫っているのかもしれない」
ネクロベルクの民が信仰する神の話をすると成る程という表情をしていたのである程度察してくれたらしい。
「そういえば、お昼ご飯を買いに行った時、よそ見していた様だったけれど何かあった?」
「あ…えっと、なんていうか…何かの気配を感じたのですが、私の気のせいだったのかもしれません」
何かの気配か。僕とルーは、目を合わせたが二人ともそれらしいものには気が付かなかった。
「取り敢えず、今日は二人ともお疲れ様」
昼間は、あんなに天気が良かったのに、一日が終わり就寝する頃には、大粒の冷たい雨が降り出していた。
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