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DEC(Digital Equipment Corporation)の企業文化、エンジニア達の祝祭と宗教

世の優れた企業は"ユニークな企業文化"についても語られるところが多い。
本noteは、筆者が技術面から畏敬を抱いていた、今は亡き米IT企業のDigital Equipment Corporation(DEC, 以下DECまたはdigitalと記す)のユニークなエンジニア文化について、書籍 "洗脳するマネジメント~企業文化を操作せよ(ギデオン・クンダ著,下記書評)"

80年代中頃にコンピュータ市場を席巻していた旧DECが、どうやって社員を洗脳し、強い企業文化を浸透したのかを克明に記録した異色の企業研究。当時この会社は、IBMと並ぶほどの威容をほこり、理工系学生にとってあこがれの存在だった。社員の会社への忠誠心は高く、経営トップも企業文化を定着させようと、電子メールやビデオ、印刷物などを使って、意図的に社員の「滅私奉公」を奨励。そうした過程や優秀な技術系の社員の多くが経営サイドの誘導にのせられて仕事中毒気味になって、燃え尽きていくさまなどがリアルに描かれる。

洗脳するマネジメント 紹介(Amazon)

および筆者が検索して発見した元従業員公開の"DEC Cultural Operating Manual" (文化運営マニュアル) を元に、”祝祭・宗教”とも評されるDECエンジニアの企業文化(カルチャー)を日本語で紹介するものである。
なお、筆者はDECの従業員でも関係者でもないので、中の方や詳しい方などから見ると情報が正確でない可能性があることはご留意いただきたい。(日本DECは入ろうと思ったら既に無くなっていたのだ)
なお、文中の"洗脳" "祝祭" "宗教"という言葉は、書籍"洗脳するマネジメント~企業文化を操作せよ"の日本語訳からの引用であり、DECやその元従業員の方々を毀損する意図は全くない(むしろ後世に残る優れた技術を生み出したDECは、エンジニア文化の点でもよくここまで考えられてたのか……と思うお気持ちでもある)


前節

DEC(digital)の技術とコンピュータ史への貢献

DEC(digital)をご存じない方々向けの概説。知ってる方は本編から読んでね。

DEC(digital)はPC隆盛以前の1970-1980年代くらいのミニコンピュータ(現代の冷蔵庫大、より前の部屋全体を占めるメインフレームと比べて小さい"ミニ"という意味)の時代に、全盛期に世界で従業員14万人以上、IBMに次ぐ世界第二位のコンピュータ企業と隆盛を誇ったIT企業である。
イメージ的には、今でいうGoogleやFacebook、ソニーや往年のホンダあたりのような自由闊達・新進気鋭な感じで、技術史や企業文化史に名を残した。
DECの技術の解説はWikipediaに譲るが、ユニークなエンジニア文化から生まれたDEC由来の技術資産には今も生きるものが多い。iPhoneにも繋がるUNIXが誕生したプラットフォームのVAX, 1992年にRISCアーキテクチャを活かして世界最速プロセッサとして君臨したDEC Alpha(設計者ジム・ケラーはその後もApple A4など業界に名を残すCPUに携わる, VMS開発者が携わり安定を高めた現代のWindows NTカーネルなど……

筆者によるDEC評

DECは産業界に残したこれら技術的な資産も素晴らしいのであるが、さらに本稿でDECを語る理由であるのが下記2点。

  1. DECは当時の企業文化の最先端であった。
    就職人気上位に輝くスターであり、多数の本やビジネススクールの教科書にもDECは題材として取り上げられ、DECの元従業員も活躍した。なので、現代の多様なIT企業にも直接的・間接的な形でDECの文化が受け継がれてるのかもしれない。よってこのDECの企業文化は"現在のIT企業文化の源流かつ元ネタ"の可能性がある。

  2. DECは企業としては1998年にコンパック、さらに2002年にコンパックごとhpに吸収合併された結果現在完全に消滅した。
    存命中の企業についてはネットで語ろうにも、守秘義務・口封じ・広告主への忖度などで語りにくい。一方、DECは既に"歴史"の一部と化しており、元従業員による社内マニュアルの公開など、ネット上に諸情報が出回っている。よって生きた企業では外に出てこない一次情報が豊富で面白い。

外資IT企業のDEC文化に祝祭・宗教が出てくる面白さ

(DECの話はまだ出てこないので興味ない方は本編まで飛ばしてください)

筆者が好きな言葉に"洗脳""解脱"がある。現世の煩悩から解脱して高い世界に行けたら、それは素晴らしいだろう。筆者はアングラサブカルネタが好きなので、これらを掲げる団体などの話は幼少期より眺めていたし、"洗脳" "解脱"をポイントカードに書いていた間宮まにさんは大好きである。

しかしながら、現代の"社会"で生きるにも、アイドルとチェキを撮るにもお金が必要である。このお金を得る方法として、2000年代末から現在まで一種のキラキラした感じで見られているのが、GAFAをはじめとする"西海岸系の外資IT企業群"ではないだろうか。日本と比較した彼らには

カリフォルニアあたりの米IT企業の彼らは、明るく開けたオフィスで"自由"の旗の下に、従業員の自主性とワークライフバランスが尊重され、個性を認め合いながら労働に励んでいる。
これは毎朝社歌を歌い社訓を唱え、歯車のように働かされている日本企業の従業員とは正反対の、人間が人間らしく生きる道である!

適当な米IT企業のイメージ

というイメージを持つのはおそらく私だけではないと思う。さらに、既存の産業構造を打破したコンピュータという新しい産業自体にも、革新・自主・個性というイメージがなんとなくついて回る。

ところが、この"自由・自主な西海岸系の外資IT"を支える文化の根底に、某教団のごとき"洗脳" "宗教" "祝祭"というワードが出現したらどう感じるだろうか……?
筆者は、このことにメビウスの輪の裏表が実は繋がっていたような、オイラーの公式 e^iPi+1=0の元に虚数と三角関数の世界のつながりを見たような、非常に大きな知的興奮と新鮮な驚き、感動を覚えた。
そしてこのことは、世の中の仕事への向き合い方、企業文化、自己実現、キャリア、やりがい……などを考える上でとても面白いので、noteに書き残しておこうと思ったのである。

本編:DECにおける祝祭と宗教

DEC文化の資料の出典

まずは本noteを書くに当たって参考にした本とサイトを述べる。本記事はあくまで孫引き引用なので、気になった方はぜひ原典をご覧いただきたい。

WebSite:DEC Connection: https://www.decconnection.org
元社員による、DECのユニークな文化および創立者ケン・オルセンの功績の記録および元従業員の交流を目的とするサイト。
カルチャーの根底をなす"Cultural Operating Manual" (文化運営マニュアル) などが読める。必見。

https://www.decconnection.org

書籍:洗脳するマネジメント 
https://www.amazon.co.jp/洗脳するマネジメント-企業文化を操作せよ-ギデオン・クンダ/dp/4822244679 
文化人類学者の手法で企業に潜入する"エスノグラフィー"の手法でDECのユニークな組織を描いた本。本中で語られる"テック"はDECを指す。
ちなみに元題はEngineering culture : control and commitment in a high-tech corporation なので洗脳とまでは書いていない。日本語訳がやや当たっていないようにも思える……

洗脳するマネジメント 

DEC文化1: 文化の前提の明文化・皆は家族で自律的で創造的

DEC文化を理解する上で面白い資料に、A4 34ページに及ぶ下記の"A CULTURAL OPERATING MANUAL" (訳が難しいが"文化運営マニュアル"とでもなるか)が存在する。

https://www.decconnection.org/ReesaAbrams-DIGITAL.pdf

これを開いてみると、明確な英語でDECの文化が目指すところが簡潔・明瞭に述べられている。これは当時の社内ネットワークでも配布されていたようで、文化をわかりやすく明文化して文書化して配布するというのがDEC文化の第一の特徴であるように思える。(概念だけの曖昧な社訓や高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に…… みたいな話とは違う)

まず、最初のページが面白いので、引用・和訳してみよう。社名略称のDigitalは日本語訳の統一のためにDECと訳する。(社内ではdigitalと呼んでたらしいが)

DEC CULTRE ASSUMPTIONS - FAMILY, CREATIVE

DEC文化の前提
次に述べるリストは、DEC文化を支える前提の一部です。これらを覚えておくと、なぜDECが確実な方法でビジネスを行っているのかが明確になることでしょう。これらは必ずしも会社に関するすべての前提ではありません。これらは、DECの人々の信念、人間関係、実務レベルの業務に限定されます。これらはScorzoni、Dyer、Scheinの著作から引用したものです。
私たちは皆、一つの家族である
DECは適切なサブカルチャーレベルの違いが推奨され、メンバー間の失敗はある程度許容され、昇進は社内からで、人々は自分の感情を表現し、声をかけられたら率直にフィードバックをすることが奨励され、すべてのドアが開かれ、非公式でも人と人を介して(メモの代わりに)働くことが奨励され、口頭での約束は守られるべき会社です。
人々は創造的で、勤勉で、自律的で、学ぶことができる。
DECの人々は次のような行いが奨励されています。
経験から学ぶ、Do-it-youself(自分自身で作り上げる)キャリア、少しのサポートによるSwim or Sinkメソッド (水に放り込んで泳がせる)、セルフスターターである、正式なジョブ・ディスクリプションよりもさらに大きな仕事を作る、自分の立場から組織に働きかける(ボトムアップ)、他の人との違いを尊重する、仕事を楽しむ方法を見つける、オーナーシップ、正しいことをする、など。

DEC CULTRE ASSUMPTIONS

会社側がこのようにエンジニアリング文化および人々の望ましい態度や姿勢を詳細に述べ、"文化"として推進する。このような手法があったのか。
また、面白いのが "社員は皆家族" "ジョブ・ディスクリプションより大きな仕事をする"など、ある種の日本的?とも思われる要素だ。これが他の企業でも同じかDEC独自の点なのか、現代でもそうなのか当時の時代背景を反映したものなのかの詳細は筆者は不明だが、個のイメージがあった外資ITとは異なる点もあって興味深いものである。

DEC文化2: 祝祭(Celebration)と燃え尽き(BURNOUT)

本"洗脳するマネジメント"によると、DEC社内ではこのような文化イベント・講義・講演会などが多数行われていたという。文化イベントについて書ではこう語られている。

“It’s not just work -- It’s a celebration!”
(これはただの仕事じゃない、祝祭なんだ!!!)

洗脳するマネジメント より

Celebrationというとミッドサマーのような儀式・宗教・祭礼的な趣がある。このような祝祭でテンションを上げた状態でなら、人間は困難な目標にもチャレンジできる。これは新技術の開発とも相性が良いのかもしれない。
もし、文化祭の前のようなテンションで仕事に向き合えば、それはそれは楽しいだろう。これをエンジニア文化や従業員のテンションアップに使ったDECは大したものである。

ただ、"祝祭"でテンションが上げられるのは一時的なものであり、人間の体力にも、精神的なリソースにも限りはある。"祝祭"のしすぎで危ない薬の常用者のようにテンションを使い果たしてしまうとどうなるだろうか……?
実は、DEC文化マニュアルにはその状態も下記"BURNOUT"として語られていた!

DEC Culture Operations Manual -BURNOUT

燃え尽き
個人が貢献できなくなった状態は"燃え尽き"と見做される。仕事のしすぎ、憂慮のしすぎ、ストレス、フラストレーションなどが"燃え尽き"を起こす。これはしばしば巻き込まれた人には禍根を残す。この人は"歩く負傷者"とも呼ばれる。"燃え尽き"は個人の信用や人物評価にもダメージを与える。

DEC Cultural Operations Manual - BURNOUT

非常に具体的にイメージできる様子であり、この様子は洋の東西で変わらないのがわかる。
さらにその後のマニュアルには"燃え尽きないように負荷を下げる"のような対処も書いてある。
この言葉が出てくることは、ある程度の燃え尽きを前提としたシステムとして怖いと思うか、対策も書いてあるだけ親切と思うかは読む人次第である……

DEC文化3: 自分でも気付かないうちに宗教を信じる文化教育

これら見てきた"文化"であるが、ただ文書化されて読ませるだけではなく、"文化教育部門"のようにDEC社内には文化の浸透・教育を目的とした部署も存在した。彼らは"洗脳するマネジメント"でこのように語っている。

「力づくではうまくいきません。無理強いはダメなんです。自分からしたいと思わせないと。だから文化を浸透させなければならない。気づかれずに教育するのがミソなんです。自分でも気付かないうちに宗教を信じるようになっていた。それが大事なんです!」
「この文化では講演などのプレゼンテーションが重要です。あちこちに顔を出し、宗教に走らせ、メッセージを発信する。それが文化を伝える仕組みなんです」
「私の仕事?彼らはテクノロジーに恋して入社してくるけど、それは危ない。私の仕事は彼らを会社と結婚させることなの

洗脳するマネジメント テック文化教育部門の言葉

自分でも気づかないうちに宗教を信じる・宗教に走らせる・会社と結婚 というパワーワードが実に味わい深い。
もし、自分が"全てを犠牲にしてでも成し遂げるべきやりがいのある仕事"と思っていたものが、このような"知らないうちに信じた宗教"によってもたらされていたとしたらどうだろうか?昨今の"やりがい搾取"にも通じるところのある、なかなか味わいの深いお話である……

おわりに

DECの企業文化の片鱗はいかがなものだっただろうか。
この文化マニュアルは労働者としての立場で読むのか、マネジメント/経営者としての立場で読むのかによっても変わってくるだろう。
筆者の感想は下記。正直感動したのだが怖さもある。ただこの先進的なDEC文化を知っておくことや、文化を暗黙知でなく明文化する手法としてのDEC文化マニュアルを読むこと自体はとてもためになると思う。

  • 独特な"エンジニアリングカルチャー"は自然発生的なものではなく明文化されコントロールされていた、というところが驚きである。(当時は)うまくやったものだ……

  • 文化を"空気を読む"ということで伝え合うのではなく、明文化してマニュアル化して伝えるというところはさすが米企業である

    • 文化を明文化しておくことで合う人間を集め、合わない人間をお断りするメリットもあるのでは……?

    • "BURNOUT"(燃え尽き)があるのは怖さがあるが、ヤバい事象を隠すのではなく”燃え尽きたときにはどうするか?”ということまで想定しておくのはある種の優しさかもしれない

  • しかしながらこの"文化"は自発的に生まれたものではなく、会社管理側の宣教師のもと"自分でも気付かないうちに宗教を信じるようになっていた" ものなのかもしれない……

    • 経営者・宣伝部門側がある種のプロパガンダとして文化を労働者に信じ込ませることで生産性の向上が達成できる、という意図があるのかもしれない

    • 誰が何のために"祝祭"を行い"宗教"を広めているかを考えないといけない……


おわりに一言……
DEC万歳!!(DEC Is Dead, Long Live DECからの引用)

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