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第五十三話「ラテアートセミナー参加ーーちっぽけなプライドなんて要らない」2024年9月11日水曜日 晴れ

 夕方。江戸時代に海を埋め立て造成された、古くからの下町に来ていた。碁盤目状に区画整理された街並みが私にとっては新鮮だ。
 ラテアートセミナーに参加するためだ。
 講師はあおやまさん(※)という女性だ。彼女とは私が店長をしていたワインバルで知り合った。その時の彼女は私の店の客だった。飲みっぷりのいい、元気な女の子だった。今回は彼女が講師で私が受講者だ。これもまた不思議な縁だった。
 知り合った時から彼女はコーヒー業界にいた。当時はカフェに勤めていたと記憶している。今は外資系ロースターで、焙煎士の修行をしている。そして傍でラテアートやその他の競技会にも出場している。彼女はコーヒーシーンで身を立てることを夢見ており、そこへ向けて完璧に自己の道筋を作っていた。そして、その道を着々と進んでいる。近い将来、日本のコーヒーシーンで彼女の名前はよく見聞きすることになるだろう。
 セミナーにはアイコさんも参加する。自分で焙煎するほどのコーヒー党であるから、声をかけてみたのだ。
 待ち合わせの時刻通りに会場最寄駅で落ち合い、向かった。9月の夕暮れだというのにひどく蒸し暑い。
 会場に着くと、あおやまさんがエスプレッソマシンの調整をしていた。参加者は私たちを含め5人。私たち以外の方々はかなりの熟練者だった。
 あおやまさんのトレーニングスタイルはスパルタだった。千本ノック式である。さすがにエスプレッソマシンに初めて触るアイコさんには優しいが、私には厳しかった。
 私だって8年ほどエスプレッソマシンを触っている。JBAのバリスタ資格も持っている。ワインバルチェーンではコーヒーチームのリーダーだった。アートの技術はないがそれなりにはできる。今日は『スワン』を完璧に描けることを目標にして来たのだ。
 が、その目標は早々に打ち砕かれた。
 スチーミングができない。ミッチャーの中でミルクが暴れる。フォーム(泡)の肌理(キメ)が粗い。あっという間に加熱される。ミルクが熱湯のようだ。スチーミングノズルの出力が、普段使っているマシンより段違いに強いのだ。
 したがって、注ぎもうまくいかない。熱湯のように熱い、泡の壊れたミルクでは描けない。
 加えてカップの大きさ、ピッチャーの容量も普段より大振りだ。(これは私が望んだのだ。より一般的な容量でやりたいと。)
 全体のオペレーションは同じだか、勝手が全く違う。8年のキャリアと自信、ささやかなプライドが壊れる。横を見れば、あおやまさんのサポートがあるにしても、初心者のアイコさんは綺麗なハートを描いている。
 悔しいが、ここは切り替えていこう。壊れた自信やプライドをかき集めて、眺めていても何も始まらない。壊れたところで私のプライドなど大したものではないのだ。
 あおやまさんのアドバイスを忠実に再現することに切り替えた。
 スチームノズルの位置と深さ。スチーム時間。出力が強いので、かなり繊細なコントロールが必要だ。
 そして、注ぎ。おかしな癖がついていたことが看破されていた。それを直す。カップの持ち方も同様だ。これまでの経験はここでは一旦忘れる。しがみつかない。まっさらだ。
 カップとピッチャーは大振り。注ぎ位置も変えていく。普段よりやや手前。
 今日のゴールは大きなハートを一つ描く、に切り替えた。レイヤーだとかスワンだとかはまた後日だ。
 延々と時間の許す限りに、同じ作業を繰り返す。都度あおやまさんはアドバイスをくれる。そこをまた微調整。
 そして、やっとこさできたのが見出し画像のチューリップだ。ふう。不格好だが、それがまたいとおしい。

 8年ぶりの初心者体験。そして成功体験。
 悪くない。

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※あおやまさんにはきちんと掲載許可をいただきました。あおやまさんのInstagramのリンクも貼っておきます。
ぜひ彼女をフォローして応援してあげてください。
https://www.instagram.com/2nd1206?igsh=MWcxdGRzcWc4dGRhbQ==

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