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夕景の中で

人の顔はこんなにも美しいものなのかと思った。

西日に照らされた彼は本当に美しくて、この記憶を一生忘れてはいけないと思った。

学校を修了し、次の場所に動く前に一度まとまった時間を取って、この半年の生活を自分でちゃんと咀嚼したかった私は、ボランティアとしてそのまま学校に残っていた。

長くても、この国に滞在できるのもあと2ヶ月と少し。

帰国が現実味を増し、今後の人生を考える事が増え、部屋で1人で考える時間が増えた。

ここにいる人たちはみんな気さくでよく話しかけてくれるため、話に花を咲かせ過ぎて自分の時間を取るのが難しい時もある。デンマーク人は朝から晩まで人と過ごすのが好きな人達なのだ。

だから、自分で考えたい時は部屋に篭ったり、庭のハンモックに揺られながら考えることにしている。

仕事をするべきか、学校へ行くべきなのか、それとも両立するのか、残りの日々をどう過ごすのが良いのか、はたまた日本でもやりたい事があるから帰国を早めた方が良いのか。

1ヶ月後の滞在先もまだ未定。この土地でやりたい事は何なのか。決めないことには帰りの飛行機も取れない。

目指したい世界線があるものの、手段をまだ絞れてないが故に焦燥感に駆られる日々が続いていた。

そんな時、滞在先の近くに住んでいるパプアニューギニア出身でこの学校の卒業生でもある彼から、アイスをビーチで食べようと連絡が入った。

ずっと田舎にいたらつまらないだろうと時間を見つけるたびに出掛けないかと彼は連絡を入れてくれる。

頻度が多すぎると自分のコンディションによっては正直たまにイラッとしてしまうのだが、1人の時間を持ちたいと思いつつも、こうやってお節介を焼いてくれる人がいることは、すごく助かる。

アイスならそんなに時間は掛からないし、戻って来てから今後のプランを練るかと思い、二つ返事で了解した。

なにせビーチに行きたかったのだ。

ここのビーチは、別に観光名所というわけではなく、地元民のローカルビーチなのだが、ここでぼーっと夕日を見ながらゴフと呼ばれるメレンゲが乗った、この島発祥のスタイルのアイスを食べるのは本当に心が満たされる。

連絡をもらったのはちょうど日が傾き始める時間帯だった。

5分後、彼が車で迎えにきてくれたのだが、私を拾った後、彼は「じゃゴルフに行くよ」と言い出した。

「え?ビーチは?」と聞くと、「たまには違う事もしなきゃ!サプライズだよ、僕は人を驚かせるのが好きなんだ」と言われ、呆気に取られつつ、まぁ楽しそうだし良いかと道中でアイスとビールを2缶ずつ、つまみを買って、ゴルフ場に向かった。

その日は久しぶりに快晴で、ちょうどよく雲が空に散りばめられた、私の好きな夕景だった。

ゴルフをしたのはこの日が初めてだったが、スポーツが得意な彼が一から教えてくれ、ありがたいことにそれなりに一通りのスポーツは卒なくこなせる自分の運動神経のおかげですぐにコースに連れ出された。

ビールを片手に、野生のウサギだって鳥だって平然と出て来る壮大な自然に囲まれたコースを巡る。

時間は既に21時ごろだったから、ほぼ貸し切り状態だった。

最終ホールに差し掛かった時、彼は夕日に照らされたベンチに腰掛けると、徐に彼の人生のことを話し始めた。

なぜここに来たのか、自分の国のこと、この学校のこと、仕事のこと、恋愛のこと。

彼はいわゆる先進国に住んでいたら想像も出来ないような波瀾万丈な人生を歩んでいた。

沢山辛いことを経験して、傷ついて。それでも真面目に働いて、人に与えること、愛することを忘れないで、諦めないで。ひょんな事からデンマークのこの学校に来て。

それが縁となって、素敵な女性と出会い、結婚した。

彼の奥さんは私の滞在先の学校の先生で、私は彼女の授業を取っていなかったけれど、たまに会話をするだけでどれだけ私のことを、生徒のことを気にかけて見守ってくれているのか直ぐにわかる、愛で満たされた温かな人だ。

苦しかったこと、嬉しかったこと、彼女に出会えた幸福を飾らない言葉で真っ直ぐに話してくれる彼は本当に美しくて、ただ私は、今彼が幸せなことが心の底から嬉しかった。

人の美しさは作れるものではなくて、滲み出るものだ。

今までも美しい人たちに出会って来たけれど、人の顔がこんなにも美しく鮮明に目に映るのはこれが初めてだった。

写真は残っていないけれど、目に焼き付いている。

一生残る光景の一つなのだろう。

この人の、人としての美しさを忘れてはいけないと本能が言っている。

彼は私の両親と同じぐらいの年齢だ。彼のような美しい歳の重ね方をしたい。やはり、世の中の絡まったことをしょうがないという言葉で片付けたくない。自分の感性に正直に、人として美しく在りたい。

昔から人として美しく在りたいと思っていたが、綺麗事ばかりぬかすなと、社会の荒波に揉まれ、現実と睨めっこしていた私にとって、もう一度そう信じさせてくれる彼に出会えたことが心から嬉しかった。

帰り道、彼が日本に来た時、私がドライブして色々な場所に彼を連れ出す約束をした。

彼の人生がこれからも幸せで溢れた物であることを心の底から祈っている。




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眠れない夜に

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