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奥深い自然に引き込んでくれる小説『ザリガニの鳴くところ』

今、どこか遠くへ意識をとばしてほしい人、騒がしい世の中に疲れた人、孤独を感じることがある人には特に、これから紹介する小説『ザリガニの鳴くところ』を読んでほしい。

鮮明に詳細につづられる自然の情景と、孤独を感じながら生きる主人公の少女のストーリー、その日常の中でひっそりと起こるひとつの事件が、あなたを本の世界へと引き込んでくれるはず。


魅力ポイント①:動物学者の著者が描く、リアルな自然の情景

著者ディーリア・オーエンズはジョージア大学で動物学の学士号を、カリフォルニア大学で動物行動学の博士号を取得した野生動物学者であり、この本は、23年間に及ぶアフリカでの調査・研究活動をもとに書かれたものである。また著者の小説デビュー作でもある。

著者は過去にマーク・オーエンズと共著でノンフィクションの本を3冊出しており、そのうち『カラハリ-アフリカ最後の野生に暮らす』は年に1度、最も優れたネイチャーライティングに送られるという米国自然史博物館の賞を受賞している。[1]

そんな著者の描く自然はリアルで奥深く、自然に囲まれ生きる主人公のまわりの様子や、そこから少し遠くの海岸まで、主人公の少女の成長と共に少しずつ風景が広がっていく。

生物の名前や生態、自然の情景が鮮明に描かれているからこそ、奥深い自然の世界に入り込むことができる。

美しいだけでないリアルな自然の様子をここまで感じられる小説は、なかなか出会うことができないのではないだろうか。

動物学者の著者だからこその細かい情景描写が、奥深い世界観と、自然や生物の魅力をあなたに届けてくれるはず。

魅力ポイント②:孤独を感じながら生きる少女の物語

この小説は主に、1人の少女の成長を追いながら物語が進んでいく。
主人公の少女は私たちの生きる現代社会とはかけ離れた自然の中でひっそりと強く生きているが、その様子を見つめることは読者の生きる励みになるはず。

彼女は生きていく中で、自分の力だけではどうしようもない家族の問題や人間関係、社会的地位など、理不尽でやるせない出来事に出会う。
それでもなんとか日々生きていく。

そしてその様子は、どんなときも強く正しく生きなくてはならないといったような姿ではないように思える。

何が正しくて何が悪いか、それを明確に分ける基準はどこにもなく、主人公の少女を中心に、登場人物各々が日々生きている様がありのまま描かれている。

ただその中で印象的なのは、主人公の少女はどんな状況でも自分の心に耳を傾けているように思える点だ。

私はよく、自分の心の底では嫌だと思っていても自分をごまかし、問題と衝突することを避けようとしたり、向いていないことでも、らしい理由を探して我慢しようとすることがある。
たとえば居心地の悪い場所に、ここにいるべきだ楽しいはずと思い込みとどまったり、心身ともに疲弊してしまっているにも関わらず仕事を休めずにいたり……。

心に耳を傾けている彼女の生き様を見ていると、できる限り嫌なことは避けても何も問題はない、そう思えてくる気がする。

だからこそ、この物語は読んでいて安心できる、読者の心のよりどころになるのではないだろうか。

魅力ポイント③:言葉の美しさ

この本はディーリア・オーエンズ著『Where the Crawdads Sing』の、友廣純さんによる全訳であり、元々日本語の本ではない。
私は普段あまり海外の著書を手に取ることはないのだが、今回は『ザリガニの鳴くところ』という題名に惹かれ手に取った。
読んでみると、全訳による言葉の違和感はまったくなく、むしろ言葉の美しさに驚いた。
これが正しいと言い切ることのできない曖昧な世界や、美しく残酷で奥深い自然の描写が丁寧につづられている。
物語の中で時折読まれる「詩」も、詩の題材となる自然や感情の深さとともに、それらを表現する言葉の深さ・美しさに感銘を受ける。

「シカはマツ木のようにじっと立ち尽くし…」といったような例え表現や、丁寧な言葉によって表現される世界観は、ずっとそこに浸っていたくなるような魅力がある。
それがまた、より一層この本に深みを出しているように思う。

魅力ポイント④:日常の中で起きる1つの事件

自然の中で生きる少女の成長記録を読んでいるだけでも興味深いのだが、その日常の中で起こる1つの事件がより一層読者をひきつける。
少女の日常の側で起こる、まったく関係のなさそうなその事件は、彼女とどう関係していくのか、巻き込まれていくのか、犯人はいったい誰なのか……。

ミステリー要素を持ち合わせていることで、より飽きずに読むことができる。
また、完全にミステリーと分類される本よりも、成長記録の中で登場人物に感情移入することで、複雑な気持ちを抱きながら展開を予想することになるだろう。

この本を読んだ後、あなたは誰が、何が悪いと言い切れるだろうか……。

まとめ

主人公の少女の成長を追いながら、目の前に広がる自然の奥深い情景、その世界の中で起こる1つの事件。
事件の展開を予想しながら追っていく楽しさと、自然描写の美しさが、読者を少しずつ本の世界へと引き込んでいく。

今、何か本を読みたい人、本の世界に入りたいと思う人は『ザリガニの鳴くところ』を軽い気持ちで手に取ってほしい。
そうすればきっとこの本が奥深い自然の世界へと連れて行ってくれるはず。

参考文献:
[1]ディーリア・オーエンズ著 友廣純訳、『ザリガニの鳴くところ』、早川書房、2020年3月15日

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