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お盆、帰省するのか、しないのか問題

正直、コロナに感染したらこんなにしんどくなるとは思わなかった。

友人と出かけて帰宅した夜、まるで「カチッ」とスイッチが入ったかのように喉が痛くなった。31年生きてきて、風邪の始まりはだいたい喉の痛みだったが、いつも徐々に違和感が出てくる始まりだった。でも今回は明らかにそれと違う。「あ、これコロナかも」と直感で思った。

原因はわかっているのだ。前日に、アイドルのライブにマスクなしで参戦してしまったのだ。マスクは強制ではなかったし、世間でもノーマスクが主流になりつつあるし、私ももう普段からマスクはしていないし、という諸々の理由でマスクをせずに参戦した。そして席運が良かったこともあり、めちゃくちゃ大きな声を出して騒いでしまった。そしてライブが終わった瞬間に言ってしまった。「神席やったし、近くで推しを拝めたし、仕事行きたくないし、もうコロナかかってもええわ」と。

翌日熱が出てきて病院へ行くと、予想通りコロナ陽性の判定が出た。こんなに努力をせずに有言実行を果たしたのは、生まれて初めてだ。

自宅療養を命じられた病院帰りの、その足でスーパーへ行き、1週間分のうどんとアクエリを買い込んだ。マスクにバケットハットにジャージという、「私は病人ですよ」と堂々と宣言するような恰好をした私を見るレジスタッフの視線が痛かった。でも仕方ない。私は1人暮らしなのだ。誰も面倒をみてくれない。ネットスーパーという手もあったが、熱があるとパソコンやスマホを開く気にもなれない。「菌、ばら撒いてませんように」と祈りながら、私は帰宅した。

そこから3日半、40度超えの高熱にうなされた。解熱剤が効かないなんて、安易に「コロナにかかってもええわ」と言ってしまった数日前の自分をひたすら恨んだ。完治した今なら、「推しを近くで拝めるなら、もう1回かかっても……」と思わなくもないが、やっぱり解熱剤が効かない苦痛をもう一度味わうかも、というのは想像するだけでしんどい。

喉に痛みのスイッチが入って1週間後、私はようやく通常の生活に戻ることができた。といっても鼻づまりと咳はいまだ残ったままである。
そうこうしているうちに、お盆がやってきた。

お盆は毎年実家に帰省している。仕事が入ることがあるものの、それを除いた日はできるだけ帰省して親族と顔を合わせるようにしている。年に数回しか顔を合わせなくなった親戚もいるし、実家の距離は今私が暮らしている街からそう遠くはないものの、日々の忙しさもあり、そう頻繁に帰ることはない。今年も帰省予定である。

しかし問題は、いまだ残る鼻づまりと咳である。私は家族に「コロナに感染していた」ということを伝えていない。

母は極度の心配性である。1人暮らしの私がコロナに感染したなどと連絡したとすると、強烈に心配し、数時間おきに連絡がくるだろう。そして看病に行けないことを理由に、宅配で食糧などの物資提供を毎日してくる気がしていた。
40度の熱を体験したのは今回が初めてだったのだが、そこまでの高熱が出るとスマホの着信音を聞くだけで頭が痛くなるし、宅配がきたところでインターホンに出て受け答えするのもしんどいし、重い荷物を玄関から運び入れ、それを開封し、荷物を整理するのもしんどい。何をされてもしんどいし、ありがた迷惑に感じてしまう。

父や妹には言っても良かったかもしれないが、彼らはびっくりするほど口が軽い。何かの会話の拍子に私がコロナに感染して苦しんでいることを、悪意なく母に漏らしてしまう可能性が非常に高い。

それゆえ、私はコロナに感染したという事実を家族の誰にも伝えず、1人で耐え凌ぐことにした。

そして実家に帰省する前日になってもなお、風邪の症状が残ってしまっている。帰省して家族に顔を合わせるその瞬間までに完治する見込みもなさそうだ。
かと言ってここで「やっぱり帰省しない」と連絡するのも怪しいし、どうしたものか……。私は母に連絡を取った。

「決してコロナではないんやけど、鼻づまりと咳があります。やから、親戚が集まる場には行かん方がいいと思っております。時間ずらして夕方くらいに帰ります」

嘘はつきたくなかったので、嘘ではないギリギリだと思われる事実を送った。コロナにはなって風邪の症状は残っているけど、もう陽性ではない。だから「決してコロナではない」というのも、嘘にはなってしないはずだ。こないだまでコロナだったけど、という注釈は括弧で付ける必要はあったかもしれないが。

すかさず母から「そんなん別の部屋おったらええんやから、昼ぐらいに帰ってきたらええやん」と返ってきた。

違うねん母……コロナではなくなったんやけど、コロナの後遺症があるから一緒の空間におらん方がええと思うねん……、と言えばいいのだが、「なんで連絡してこんかったん!」と怒られるのも嫌だし、母がそれで自分を責めてしまいそうな気もしたのでやっぱり言えなかった。
そして私は「とにかく夕方ぐらいに帰るから!!! 時間また連絡するから!!!」で押し切った。その一部始終を見ていた同僚からは「普通に言うたらええやん……」と言われた。確かにそう思う。日頃から、日々のシンプルなあれこれを微妙にややこしくこじらせてしまっているのは、私のこういう、嘘にならないレベルの微妙な発言が原因なのかもしれない。素直に、正直に「実はコロナにかかりまして……」と言えたなら、こんなに悩むこともない。なんてややこしくて面倒な性格になってしまったのだ。

結局、実家へは「夏風邪」ということを押し通して帰省した。自宅療養の日数もきちんと守ったし、マスクもしていたし、1人暮らしの自宅に戻って数日経ったが、家族が体調を崩したという連絡はきていないから、今のところは大丈夫そうだ。

でも、もうこんな微妙に面倒な思いは、できればしたくない。嘘ではないけれど、罪悪感に苛まれながら母に連絡を取りたくはない。万が一、次に再びかかることがあれば、そしてそれが実家に帰省する直前のタイミングでかかってしまうことがあれば、私は素直に「かかったよ、でもご心配なく」と言いたいなと、少しだけ思う。あくまでも、少しだけ。
物事を微妙な形にこじらせてしまうこの性格は、そんな簡単に直りそうにもないのだ。

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