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オーストラリア2400km自転車旅4日目🚴‍♂️

4日目 「太っちょライダー」

 朝7時ごろ、顔の上を歩くハエがこしょばくて目が覚めた。とりあえず小屋の外でタッション。オーナーを見かけたので昨日の宿泊代を払おうと思い、財布を持って駆け寄った。

財布から5ドル札を出そうとすると、

「ハーブが昨日払ってくれたわよ」と言う。またか!

どうせハーブは俺が払うと言っても受け取らないだろう。後でお礼を言おうと思った。小屋に戻り、キレイなTシャッとパンツを持って、シャワーを浴びに行った。服をこすりながらシャワーを浴びれば一石二鳥。スッキリして小屋に戻ると、ハーブは起きていた。

「ハーブ、2泊分も払ってもらっちゃっていいの! ?」

「なんでダメなんだよ」と、笑ってた。そして彼は出発する準備を始めた。俺も荷物をまとめながら、ゆで卵をつくった。10時頃、2リットルのペットボトルに水を入れ、ゆで卵を2つリュックの中に入れ彼はそこを発った。

「俺も後から行くよ。自転車の方がちょっと早いだろうから。たぶんHwyに出たところでちょうど会えるかな」

「じゃーまたその時に!」砂道なので実際のところ、歩きも自転車もそんなに速さは変わらない。ただ俺はまだ洗濯が乾いていなかったので行けなかった。1 1時半ごろ洗濯もすっかり乾いた。水も1 0リットルしっかり補給した。この日は不運にもとてもいい天気だった。

「今日も暑くなってきたな・・・」

軽く屈伸をした後、自転車はそのままにして海を見納めに行った。相変わらず言葉はない。海の青、空の青、それぞれが最高の青。砂の白、雲の白、それぞれが最高の白。

強く透き通った風が吹いていた。

「一昨日はおまえにさんざん苦しめられたよ。これからもお前は俺とは反対の方向に吹き続けるのか?」

風は無色透明だけど、こちらの心境一つで何色にでもなる。

小屋に戻り自転車を手で押してゆっくり歩き始めた。膝の調子は良くなっていると思った。

タイヤが砂に埋まってしまい力を入れなければならない時以外は痛みは感じなかった。相変わらずうっとうしい砂道だったが、Hwyに向かって若干下りになっていたので来たときより楽だった。ハーブの足跡を追って進んだが、彼は意外に早く歩いたようで、すでにヒッチハイキングをしながらHwyを歩き始めているようだった。例の大きいタイヤに辿り着き、砂道からアスファルトに変わったとき、あまりの走りやすさに感激した。

これを舗装した人間すごい!Hwyに出て15分ぐらい走り、やっとハーブを発見した。あまりの熱さでハーブの茶色い後姿が揺らいでいた。

「おーい!ハーブ!車、何台通った?」

1台だけ、と力のない声で答えた。ハーブはパースのさらに下にある小さな町に向かっているらしい。そこに息子もいると。嫁さんに関しては何も言わない。とりあえずハーブは熱さで半生半死状態だったので、木陰で休もうと提案した。幸運なことに背の高い木がそこら一帯にはあった。自転車を倒し、座ろうとすると「待った!」と彼が。そして、木の棒であたりをチョンチョン突付いてから

「よし座ろう」と。

「何だよ?」と聞くと。

「ヘビがいないかちゃんと調べないと」

「そんなにいるかぁ?」

「お前はバカか!バカファック!」

めちゃくちゃののしられた。腰をおろしたハーブはとりあえずカバンの中から機械的に、ワインを取り出した。

「完全にアル中だな!」

「バカ!お前にとって水は生きていくのに必要なもんだろう?酒は俺にとってのそれだ」

全然なるほどってならない。例のごとくハーブは酒を勧めてきた。俺はそれを受け取った。それが意外だったらしくハーブは少し驚いていた。ぬるくてまずい水を飲むことに飽きていたので、ボトルの蓋を開け、その中に少しだけ、そのワインを入れた。水の色が薄いピンクになった。

「どうだ!ワインフレイバーの水!うまそうだろ! ?」

「うまそうじゃない」と言った彼は懲りずに鼻くそをほじっている。どうしても取れないのがあるらしい。急にハーブが黙ったと思うと、すっと立ち上がり、道路沿いに立った。なるほど車の音がする。ハーブはヒッチハイク経験が豊富のようだ。しかし残念ながら、その車は止まってくれなかった。

「何だよ、止まってくれたっていいのにな」

「いいよいいよ、急いでないから!」と親指をビシッと立てた彼の手の中のペットボトルの水は、あと底から2cmほどしかなかった

「いやっ急がないとやばいんじゃないっ! !」俺の水をあげた。

その後、How toヒッチハイクを彼から学んだ。彼はなかなかすごかった。早い段階で車の音を感知し、それがヒッチするに値するかどうか見分けた。

例えば

「ハーブ!車の音がするぞ!行こう!」と俺が言うと

「あっ、これは行くだけ無駄。キャラバン(キャンビングカー)引いてる車だから、そういうのは止まってくれねーんだ」

と言って腰をあげない。しばらくしてキャラバンを引いた車が通り過ぎていった。ヒッチハイク以外のことも教えてくれた。

「町に着いたらキャベツを買え!安いし、腹膨れる。水分補給にもなるすぐれもんだ!」とか「本当に食うもんがなくなったらトカゲをつかまえて食え!うまいぞ!」とか・・・・オクトパス触れないやつがえらそうに。

「水がなくなったらブッシュ(林)の中に入ってフルーツを探せ!」だとか。

「だけどハーブ、果物なんて見るからに無さそうだぞ・・・」

「時に10キロ20キロ奥まで行かなければ見つからないかもしれない・・・」と教えてくれたのだが、林の中に20キロも入り込んだら絶対それは遭難だと思う。

それをハーブに言うと

「お前なら大丈夫だ!」と励ましてくれた。ハーブはまた子供の話を始めた。

「あいつにはさ、いろいろ教えてやるんだ。今お前に言ったこととか、それですっげー強い男にしてやるんだ!」

今俺に教えてくれたことでは強くなれないと思った。

突如、車の音で彼が立ち上がった。人差し指を鼻の穴から抜いて道路に向けて指した。その車は止まってくれた。

「ヒロ、町に着いたらキャベツだぞ。忘れんなよ!」

「いや買わないと思うよ。すぐ腐りそうだし。ハーブ、いつか子供と一緒にタコ捕りに来れるといいな!」そう言って別れた。

「しかしよくまー、上半身裸のあんな汚いやつを乗せていこうと思うやつがシュン以外にもいたもんだ」変に感心しながら、ハーブが行ってしまって寂しくなった。

ピンク色の水を口に含んだ。おいしくない。ペダルを漕ぎ始めた。ゆっくりゆっくり漕いだ。今日はシャムロックというところを目的地にしていた。そこにはスイカファームがあることをハーブが教えてくれた。彼自身以前そこで働いていたらしい。ファームがあれば水もあるということ。そこまでバーンヒルからたったの30キロだが、せつかく丸 1日休ませた膝をまた悪化させたくないので、今日はそれで十分だと思った。右足に力を入れ、ゆっくり漕いだ。そのうち急な坂道にぶちあたった。自転車から降りることはせず、恐る恐るたち漕ぎをしてみたところ嬉しい驚きがあった。座って漕ぐより膝が痛くなかったのだ。なるほど立ち漕ぎだと膝の角度を一定に保つことができるからかな。当然立ち漕ぎの方がスピードもでる。

「よーしパースまでずっと立ち漕ぎで行ってやる!」

実際この時、長時間立ち漕ぎを維持することはできなかったが、筋肉さえつけばそれは不可能ではないと本気で考えた。左膝が治らないのであればそれしか方法はない。そうして立ち漕ぎと座り漕ぎをくり返しているうちに、左手にレストエリア(休憩所)が現れた。オーストラリアのHwy沿いには時々こういう休憩所が用意されている。とりわけ何があると言うわけではないけれど、べンチやテーブル、それから陽射しを防ぐ屋根があって少しほっとできる。そこには看板があって『シャムロック』と書いてある。おっ!意外に簡単に着いてしまった!ラッキー!と思い休憩所の奥まで行き、暑さを凌ぐのに十分な大きさの屋根があったので少し身を休ませた。さらに奥に道が伸びている。ははーん、これを行くとどうやらファームに出れそうだ。自転車では行けそうもない砂道だったので、水のタンクと財布だけを持って150mほど奥へ進むと両サイドに畑が拡がった。スイカらしきものは見当たらなかったが青々としていて急に涼しく感じた。さらにその奥に倉庫があり人の気配があったので中に入っていくと、 3、4人がスイカでなくマンゴーの仕分けをしていた。

「すみませーん、あのハーブの友達なんですが、彼からここのファームのことを聞いて、それで申し訳ないんですが水を補給させてもらえませんか?」と聞くと、

「なに?ハーブ?知らねーな」って言われたが水はもらえた。

知らんのかい!

さらに続けて

「すみませんがスイカも売ってもらえませんか?」

俺はハーブにここのファームのことを聞いて以来ずっと、スイカの丸かじりを夢見てきた。もうはっきり言って、もらえるものと決め付けていてあえてまだ水を口に含んでいなかった。思いっきりそのスイカを楽しむために。ところが「今スイカないんだよ」と。

「!?」出荷したばかりなのか何なのか?今がシーズンであることには間違いないと思ったんだが、、、

「これやるよ」と言って、マンゴーを4つくれた。自転車を始める前、俺は2度マンゴーピッキングを経験している。その際にこれでもかってくらいマンゴーを食いまくった。 1日1 0個以上食った。マンゴーはうまい、確かにウマイが、うまいものほど飽きる。タダで貰っておいてこんなことを言うのも何だが少しがっかりした。しかも少しマンゴーが恐かった。実はピッキング中マンゴーアレルギーが出たのだ。全身腫れあがってとにかく痒くなった。チンチンも大きくなった。それはどちらかと言えば喜ばしいことだった。

「うむ、マッシブ!!」何て思った。

ちなみにあのシュンもマンゴー犠牲者の一人だ。彼はところかまわずすぐにフルチンになりたがるへキがある。それで俺は、全く望まないのに彼のマンゴーでパワーを増したあれを拝まされてしまうわけだが、はっきり言って『オバケ』かと思った。どうやら日本人はマンゴーアレルギーが出やすいらしい。まーそんな訳ありのマンゴーだが、カロリー補給には良い。お礼を言って水を補給し、マンゴーを4つ抱えて自転車のところまで戻った。マットを地面に引いて横になろうとしたその時、

「おいっ!そんなところで何やってんだ少年 ! ?」

と、大きな声で叫びながら自転車に乗った大男がやってきた。他にも自転車をやってるヤツに会えるとは思ってもみなかった。ちなみに俺は少年ではない。

「しかしこの時期にここらで自転車やるやついたのか、俺を除いて。スゲーな。」と彼は言いながら俺の近くに寝袋を敷き横になった。

『あんたの体臭のほうがすごいよ』と思った。

べったりぬられた日焼け止めといかにもお肉いっぱい食べてますよという脇の匂いが混ざった悪臭を放っていた。臭いに色はないが、こいつの臭いだけは色がついているように思えた。まー俺もあまり人のことを言えた義理ではなかったのだけど、それでもひどかった。

「さっき車を止めて水をもらったんだ。そしたらそいつらが、 もう一人自転車やってるやついたぜって言ってたが、お前だったんだな」

「今晩ココで寝んの?」寝てほしくないから聞いた。

「ばか言うな、ちょっと休憩だよ。5時になったら出発する」

いろいろ聞いて見ると、この太っちょなおっさんはカナダ人でベテランの自転車乗りのようだ。そもそも彼の自転車が出しているオーラが俺の相棒のそれとは違った。

「その自転車いくらぐらい?」

「40万ほど」とさらっと言う。それは彼とは対照的で、とても細い自転車だった。40万のオーラはすごかったが、タイヤが太くボテッとした自分の相棒をみて、とても愛らしい気持ちになった。ちなみに彼もブルームから来たようで、昨晩の夜出発して一晩中走っていたとのこと。つまり俺がちんたら3日かけてきた道のりを彼は一晩で来た、ということ。

それは素直にスゴイ!

「お前さー、俺と一緒に走るか?」

突然の提案に少し戸惑った。二人だと寂しくないだろうなー 、だけど俺の速さじゃ彼にはついて行けそうもない。足ひっぱるし、彼の後ろを走るってことはあれだなー 呼吸困難に陥りそうだな、と思った。

「やめとくよ。俺遅いし・・・(あんた臭いし)」最後のほうは声を潜めた。それでも彼は

「俺についてこいよ。もし一緒に来たら、ポートヘッドランドで食料が補給されるからお前にも分けてやれる」

どうやら彼にはスポンサーが付いているようだった。そして彼もまた一人で走るのは寂しいのかな、と思った。

「ありがとう。けどやっぱり無理だ ・・・(あんた臭いもの)」

膝さえ痛くなければひょっとして一緒に行ったかもなぁと思いつつも断った。その後、彼のスタイルをいろいろ聞き出した。基本的に彼は夜を好んで走るそう。

「怖くない!?」と聞くと

「バカお前!夜は走るのに最高の時間だ。昼の方が怖いっ!」

確かに日中の熱さを考えると彼の言う通りかも。

「見たところテントは持っていないようだけど・・・」   

彼は自分の下に敷いてある寝袋を指差して

「コレで十分!」

それは立体式の寝袋でコンパクトなテントと言えなくもない。ちなみに聞いてもいないのに400ドルだと教えてくれた。高い。

「俺は今から寝るけど、もし一緒に行くなら言ってくれよ」

とまた勧誘するやいなや直ぐにいびきをかき始めた。俺も目をつぶったが眠れなかった。

「(もうちょっと離れてくんないかなー、おっさん臭すぎっぞ )」

1時間ほどして彼が目を覚ました。マンゴーを2つあげて、あとの2つを自分で食った。

「ところで時速何キロくらいで走ってるんだ?」と彼。

「え?1 0キロくらいかな」彼はかぶりついたマンゴーを噴出して笑った。

「何だよそれ、そんなんだったら自転車やめて歩け!」と言われ、ムカッときた。

こちとら膝さえ痛くなきゃ早く走れるわぃ!ちなみに彼は平均時速22〜23キロだそう。そういうのがわかるセンサーが自転車についていた。あとどういった時に使うのか、ラジオやらトランシーバーのようなものも持っていた。

「パースまでどのくらいかかるつもりだ?」

「1ヶ月くらいかな」と答えるとまた笑われた。

「そういうあんたは?」

と聞くと、1週間だと言う。驚いた・・・

1日2 0 0キロ走っても1 0日以上かかる。とにかくスゲーと思った。自分との圧倒的な『差』に愕然とした。彼は荷物を自転車に積んでいるのではなく、カートを自転車で引いていた。そのカートの中から缶詰を次から次へと取り出し、がぶがぶと食い始めた。こいつのせいで世界が食糧危機に陥るんじゃないかと思う勢いで。

「食うことは大事だ。お前も自転車を続けて行くならいっぱい食うように心がけろ」そんなこと言われても俺にはがばがば食料を買えるだけの余裕ないし、そもそも・・・店ないじゃん!?

「食料の補給がもうすぐあるからこれやるよ。」

と言って、ツナ缶を4つもくれた。他にも彼は、怪しいピンク色の粉をくれた。

「何だいこれ?ドラッグかい?」と聞くと、スポーツドリンクの元だと教えてくれた。何でも汗から抜けてしまう成分を補給する必要があるとか、その辺の英語は聞き取れなかった。彼に水をあげた。俺はまたどうせファームに行って補給させてもらえる。

最後に彼に言った。

「向かい風ってうっとうしいな」

「当たり前のこというな。自転車乗りで向かい風が好きなやついるかっ。お前バカか!」

と一喝。彼は俺が本当にいっしょに行かないことを再度確認し、

「よし、今からが俺の時間だ!」

そう言って去っていった。彼に貰った缶詰を2つ食べた後、テントをたて、その中にマットを敷き横になった。目をつぶって寝ようと試みたが眠れなかった。理由は分かっていた。夜にビビっている自分に対し、あのおっさんは夜を自分の時間だと言った。強い敗北感を感じた。シュンは絶対に夜は走らない方が良いと言っていた。車やトラックにひかれる可能性が上がるから。それを抜きにしたって俺にとってただ闇が怖い。時計を見るとちょうど18時だった。空は焼けてきていた。体を起こし荷物をまとめ、タンクを持ってファームに戻り水を補給した。自転車にテント以外の全てを積み、

「相棒、いっちょやってみっか・・・」

サドルについていた砂埃をはらった。単細胞な俺は、太っちょライダーに感化された。

あんなデブやろうにできて俺にできねーわけがねー!このときテントを置いて行った。今日から夜をメインに走るだろう俺にはテントなんてもう必要ない。何よりも重いし、コレで風の抵抗が減るだろうし膝への負担も減るはずだ。結局あのテントは1日しか使わなかったことになる。今思えば、バカなことをした。ただあの時、あの精神状態とあの体調の中で、自分を奮い立たすには、思いっきりが必要だった。 こうしてこの日から俺の体は、

2 4時間、空と大地にopenになった。

そこを発ったのが恐らく7時頃。右斜め手前に太陽はいて、くたびれたオレンジ色を放っていた。左斜め後ろを振り返ると・・・大丈夫まだ明るい。明るかったがやっぱり怖い。この広大な大地の中でまた闇に包まれる時が来ようとしている。膝の痛みを恐怖が凌駕して、いつもより早いスピードで走っていた。早く走れば、少しでも太陽の沈没を遅らせることができる、そう考えた。しかし俺の焦りとは無関係に太陽は容赦なく沈んでいく。あいつはいつも容赦ない。好き勝手この惑星を照らし、好き勝手に照らし終える。

「行かないでくれ一!もう少しそこにいてくれ一!頼むよ太陽ーー!」

叫んだ。もちろんその声は届かない。その赤いボールは、一度地平線と接点を持つと、吸い込まれるように沈んでいった。日中は全然動いているように見えないのに。。。チッ。本来感動的にきれいなタ日であったろうが、それを楽しんでいる心の余裕はなかった。後ろを振り向くのが怖かった。太陽が落ちるのを今か今かと待ちわびていた黒いよどみが、その触手を伸ばし始めているから。それらは恐らくすぐそこまできているだろう。ただ太陽は完全に無情ではなく、彼が残していった余光は黒いやつらとしばしの戦いを繰り広げる。が、黒い触手どもは完全に、その余光を取り囲み、押しつぶしていった。午後9時前ごろ、何も見えなくなり自転車のライトをつけた。意識しないかぎりライトに照らされた黄色いアスファルト以外見えるものはなかった。漕ぐのを止めて立ち止まり、恐る恐るライトを消した。。。

あたりを3 6 0度見渡したが、ライトの残像が消えるまでは何も見えなかった。すべては黒かったが、しばらくすると、道の黒と土の黒と木々の黒はそれぞれ微妙に違う色であることがわかった。

闇の中にもちゃんと世界はあった・・・  

空を見上げた・・・・・・・世界はあったどころか

「・・・・・うわぁー、何だこれっ!?これ全部星??」

衝撃で腰を抜かした。

俺が今立っているこの地球もあれらと同じように闇の中に浮いてるのか? 

この世に生まれ落ちてから、下が地面で上が空、それが当たり前というか、当たり前かどうかすら考えることもなかった。この時は、その当たり前が外れた。地表に立っている自分、ではなく上下左右のない宙の中心にいた。

・・・地球の重力と回転をほんの一瞬意識して、ジェットコースターのように股間がゾクッとした。無数の星々。闇が深いほどに、その輝きは強く、虹色だった・・・・・・・・・

ガサガサと何かが道路の脇を走り抜けていく音がして、ハッとした。

夜行性の動物が活動を始めたのか。彼らにとって闇がメインの世界、そう思うと、夜や闇に対する恐怖が和らいでいった。相棒にまたがり、ライトをつけ、いつものようにゆっくりと漕ぎ出した。

新しい黒の世界へと漕ぎ出した。

本当に不思議な感覚だった、上も下も右も左もない、自分の体も無くなって、精神だけが存在しているような感じだった。ライトが落とす黄色い影が、俺に 進む方向を教えてくれた。そして涼しい分、水の消費も少なく、走りやすい。思いのほか夜は怖くない、それが分かったことが嬉しかった。

興奮していたせいだろうか、膝の痛みも少なく、ぐいぐい走った。この時風はほとんど吹いていなかった。ごくたまに車が通った。ほんとにごくたまに。ロードトレイン(トレーラーを三つも四つもつなげたトラックのおばけ)が通るときは早めに道路からはずれるようにした。真っ暗なので、車のヘッドライトの光を、すれ違う10分から20分も先に感知することができた。

それさえ気をつければふとっちょライダーの言う通り、夜は走るのに良い時間だった。しばらくテンポよく走り続けていると、路肩にこんもりと、白いものがあって、危うくそれをひきそうになった。自転車から降りよく見てみると、うんちの上にティッシュがこんもり盛られたものだった。闇の中にティッシュの白がよく映えている。

「あんのやろークッサイ土産おいていきやがって」

あのデブのうんちだと勝手に決めつけた。ツナ缶食い過ぎだろ!?普通に。

彼がうんちした路肩と反対側の路肩で、俺もうんちをした。ティッシュを乗せた。道路を挟んでシンメトリーになった。

体も軽くなりさらに進み続けた。たまにブッシュがガサッとして、ビビることもあったが、がんばって走った・・・・・・

初めての夜走行という興奮、風も緩かったことから調子に乗りすぎた。

シャムロックから70キロほど離れた休憩所に着いた時には、左膝は痛いを通り越して泣きたくなるくらいの激痛になっていた。俺はまた一人、自分の無謀さを悔やんだ。そもそも、バーンヒルで2泊したのは膝のためだったし、あの日シャムロックまでという簡単な目標を立てたのも膝のため、その回復を待たず、というかすっかりそんなことも忘れ、あのデブのおっさんに感化され飛び出した・・・・・。

自転車から降り、手で押して休憩所に入っていった。時計を見ると時間は2時、とにかく休憩しようと思った。しかしもうテントはなく、テントを置いてきたこともさっそく後悔した。べンチとテーブルを見つけ、そのテーブルの上にマットを敷き、干からびたミミズのように横になった。

体がopenだと変な恐怖心がつきまとう。膝痛すぎ、どうしよ?これから・・と思っているうち、恐怖を忘れるように夢の中へ落ちていった。

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