はじまり
雪の積もる寒い日のこと。
じゃらじゃらじゃら。
いつもは聞こえない音が外から聞こえる。
何の音だろうね、と家族で話しつつ、そこまで気には留めていなかった。
その音に気が付いたころには、もう辺りが真っ暗だったので、そのまま眠りについた。
翌日。
「セントバーナードがいる〜」というワクワクしているような、戸惑っているような母の声で目が覚めた。こっちこっちと言われて家の裏口から外へ出る。家の裏に面しているご近所さんのお宅から、金属のリードで繋がれたセントバーナードがのそりのそりと顔を出す。
じゃらじゃらじゃら。
あ、昨日の音だ。この音だったのか。そんなことより、大きい。こんなに大きいんだ…。
私は犬が怖い。幼いころ、ミニチュアダックスフンドに追いかけられてダメになった。全速力で走って逃げて、とっても怖い思いをした。おそらくあの時が人生で一番速く走ったと思う。小型犬のミニチュアダックスフンドでさえ怖い私だ。セントバーナードを目の前にした私は恐怖のあまり鳥肌が立ち、体がこわばってしまった。
犬や猫などの動物とは縁のない生活をしていた母は、物珍しそうにセントバーナードを見ている。
目尻に皺をいっぱい作ってニタニタとしているのは父だ。怒ると眉毛を吊り上げる父に、私はよく叱られていたものだ。こんな顔になるのは初めて見たかもしれない。
父は幼いころから牛やヤギ、犬猫が身近な環境だったよう。
今の今まで知らなかったが、その表情から動物が大好きだと読み取れた。
家の裏に突如現れたセントバーナードを、我が家で勝手にロッキーと名付けた。
父は当然、臆することなくロッキーと触れ合い、よくよだれだらけになっていた。
母もいつのまにかロッキーと遊ぶようになり、エプロンに足型を付けて満足気に家の中に戻って来てたっけ。
私は相変わらずロッキーが怖かった。怖くて触りになんて行けないけど、ロッキーが気になる。遠くからロッキーを呼ぶと、尻尾を振ってこっちを向いてくれる。いつでもご機嫌なハッピーボーイだ。そう思って眺めてみると、口元も笑っているように見えた。かわいいかもしれない。
あの頃の我が家はロッキーの話題が出ない日はなかった。というか、ロッキーの話題が大部分を占めていた。
ロッキーは元気か、ロッキーは何をしていたか、ロッキーはごはんをもらえている様子か、ロッキーのよだれはすごい、ロッキーのおててが大きい、ロッキーは寂しそうにしていないか、ロッキーはいい子にしているか…
こうやって、ロッキーを近いような遠いような距離で感じる日々が続くと思っていた。
そんなある日、
「うちでも犬を飼おうか。」と父が言った。
我が家の歴史に残るひと声である。
高校2年生の頃の冬、我が家に変化が訪れる。
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