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【エッセイ】シングルケルベロスの受難

 マルチタスクがまるでできない。

 健康診断でマルチタスク指数を調べる検査があるとしたら、僕はきっと要経過観察だろう。はじめてそれが露呈したのは中学校の時。友達が「最近宿題しながら〇〇ってアーティストの音楽を聴いてる」と話しているのを聞いたとき、嘘だろと思った。宿題できなくなるじゃんと。

 その衝撃の事実を飲み込むのに集中していたら、今度は相槌を打つのを忘れていた。思考と会話との両立ができなかったのである。

 ケルベロス。神話に出てくる生き物で、首が3つある。僕がケルベロスだったら多分同時に一頭だけしか動かせない。ほか二頭は枯れてしまった花のようにぐったりとし、動かない首が二つ付いた普通の犬に成り下がる。キモイ。

 器用にケルベロスを操ることのできる人種がこの世には普通に存在する。いわゆるマルチタスク人間で、宿題をしながら音楽を聴けるし、ゆっくり解説動画を流しながら在宅ワークできるし、非常に羨ましい。

 そういった人たちは総じてコミュニケーションが得意だろう。話している相手の顔を見ながら、相手が考えていることを予測、会話を選び、次に話す内容なんかも考えられるのかもしれない。

 マルチタスクが得意な人がコミュニケーションが得意だと仮定すると、逆説的に僕はとんでもなくコミュニケーションが苦手なのかもしれないと不安になってくる。言われてみれば、会話中に別のことを考えて会話が止まる瞬間、多々ある。

 自分が思っている以上に不快な思いをさせてしまっているのかもしれない。目の前の会話している人が急に応答しなくなったら普通に怖いもん。もし今後、僕が会話中にフリーズしているのを見かけたら優しく注意してください。

 僕のシングルケルベロスが悪さをしているせいで、コミュニケーションに限らず周りの人に迷惑をかけることが多発している。

 最近、会社で書類送付の手伝いをした。依頼主(オバハン)は急いでおり、その時会社にいた暇そうなやつを捕まえ、作業を手伝わせてきた。中に入っているのは営業の企画書。
 中身の左上に会社名が書いてあって、封筒にも会社名が印刷されたラベルが貼ってある。中身を入れる時に左上と宛名を確認して間違えないように入れなければいけない。これができなかった。 
 オバハン含む作業をする仲間と会話をしながら、素早く紙を三つ折りにして封筒に入れるという作業の中で、同時並行で名前を確認するということは難しいことだった。

 途中で書類と封筒の宛名がズレていることに依頼主のオバハンが気づき、結局僕が入れた封筒は一度開けて入れなおすことになった。オバハンはキレていたけど、手伝ってもらうやつの態度ではないよな、とケルベロスは三頭一致でオバハンの訴えを棄却した。

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