【短編小説】不気味の谷、不義理の丘
AIグラビアを知っているだろうか。
画像生成AIを使って架空のグラビアアイドルの画像を生成する。バイト先の居酒屋で先輩が、それで儲けているという友人がいるという話をしていた。
先輩は電子機器全般が得意ではないのでそれ以上は語らなかったが、僕も貧乏学生の端くれ。「儲かる」というキーワードが引っ掛かり、家で調べてみることにした。
設定は思いのほか簡単で、必要なのもPCだけ。大学1年のときにバイト代を貯めて買ったゲーミングノートPCには、画像生成に必要な「グラボ」という部品?が載っていて、手持ちの機材でも問題ないようだった。
はじめに生成した画像で出てきた女の子は、なんというか、女の子とは言えないナニカだった。
目が離れていて、焦点が合っていない、深夜にいきなり見たらびっくりしてブラウザを閉じてしまうような画像だったのを覚えている。
それから、僕は画像生成にどっぷりハマった。昔から自分の中にあった、「好きなのに絵がうまく描けない」というコンプレックスを解消してくれたのが大きかったと思う。
大学の講義とバイト以外の時間をほとんど割いて画像の生成に充てた。1週間くらい経つ頃には、なんとなく思い通りの画像を出すことができるようになっていた。
AI画像の生成には、英語で書かれたさまざまなパラメータの調整と、「プロンプト」と呼ばれる画像生成に必要な命令文が必要だ。パラメータで画像の質感を調整し、プロンプトでどんな外見にするか、どんな顔立ちにするかを言葉で指示していく。
アニメ調の女の子は、東〇モード学園のCMに出てくるようなビビットな色合いで。実写チックに生成したければ、有名コスプレイヤー〇なこのような、ぷくっとした涙袋になるよう指示するとかわいく生成できた。
すっかり「AI画像生成」にハマっていた僕は、忘れていた本来の目的を思い出す。そういえば、儲けられるとか先輩は言っていた。
どうやって儲けられたらいいのか、普通にネットで調べてもあまり出てこなかった。
技術が出たての当時「AIグラビア」という言葉が存在しなかったのだ。ようやく見つけたのは海外の掲示板を翻訳したまとめサイト。そこにはAmazonで電子書籍として写真集を発売して儲ける、という方法が載っていた。
Amazonというキーワードを得たことで、先行してAIグラビア販売をしているSNSアカウントにたどり着く。なるほど、実在する女の子のような自撮り付きの呟きをしてフォロワーを増やし、写真集はAmazonなどの外部サイトで販売、という流れか。
***
先行事例を見つけたことで販売のイメージが湧いた。見よう見まねでSNSアカウントを作り、Amazon で電子書籍の写真集を販売したところ、驚くほど簡単に、AIグラビアは軌道に乗った。
一日にSNSのフォロワーは100人単位で増え、電子書籍の売り上げも好調。適当に300円で設定した5種類の写真集は1か月で700冊売れ、ロイヤリティを差し引いて約15万円が手元に入ってくる予定だ。
想定外の収入が見え始めた僕は、バイトのシフトを減らした。「辞める」選択肢を取らなかったのは、なんだかんだ辞めるのにはエネルギーが要るし、そんなに今のバイト環境は悪くないからだ。バイト仲間にも迷惑をかけるので、バレない程度にシフトを減らすことにしたのだった。
さらに、画像生成に使っているパソコンも新調することにした。元々使っていたノートパソコンでも生成自体に問題はないが、処理中に火を噴くんじゃないかという異音がするのと、どうやらデスクトップPCに積むことのできる性能の良いグラボで、生成スピードを劇的に早められるらしい。
新PCの購入価格、約70万。一見高いように感じるが、売り上げも指数関数的に増えていたので、数か月で返済できる。しかも購入後は画像の生成スピードが上がるので、より効率的に写真集を生み出せる。
僕は毎日朝起きてすぐ、前日の売上をチェックするのが日課になっていた。AIグラビアが売れるのは夜から深夜にかけてが多いからだ。
毎朝、売れ行きのグラフを見て気分よく生活を始めるルーティーンは、今までの人生で感じたことのない愉悦だった。
しかし何事もずっと順風満帆ということはない。諸行無常は世の常で、楽なやり方で儲け続けられるほど、社会は甘くない。
ある日を境に、売り上げがガクンと落ちた。SNSのフォロワーやいいねの数は減っていないが、売り上げだけ落ちてしまった。
一日目はたまたまだろうと思ったが、二日、三日と続くとさすがに異変に気付く。原因を調べると、インフルエンサーのとある呟きがきっかけだった。
この呟きを機に、「楽に儲けられる」というイメージがついたAIグラビアに参入者が急増したらしい。
実際自分が通ってきた道を考えると、先行事例が少なかったこと以外は、大した努力もせずに儲けられた。
ノウハウを教えるような情報商材の販売も考えたが、すでにnoteなどで多く出回っているようだ。
最初は焦りはそれほどなかったが、売り上げの目減りが著しくなって、毎朝のルーティーンで気分を落とす日が続く。
写真集の単価を上げたり、新しいシチュエーションの写真集を出したところで暖簾に腕押し。
売り上げが減少し始めてから十日後、奇しくも新しいPCが届く日、ついに収入はほとんど0といえるレベルまで落ちていた。
***
要はただの先行者利益だったのだ。人より早くきっかけがあり、人より早く新しい市場に参入しただけ。
大した技術もないのに、見よう見まねで「やってみた」ことがたまたまうまくいった。それだけである。
正直言ってかなりきつい。気分的にというのもあるが、何より70万もするPCを借金までして買ったのにもかかわらず、返すあてがなくなってしまった。今まで稼いだ利益は約30万だが、それが振り込まれるのは2か月後の月末からだ。
ただ一つ幸運だったことを挙げるとすれば、勢いでバイトを辞めていなかったこと。ここから改めて相性のいいバイト先を探すのは骨が折れる。借金を返すまで、しばらく頑張るしかない。
日を置かず、すぐにそんなメンタルになれたのは、今回借金はしたが損はしていないからだ。
お金を稼いだことは事実だし、使い道はないかもしれないが最新のPCが手に入った。今回の「投資」をきっかけに、もしかしたらまた何か儲けられるかもしれない。
***
AIグラビアから距離を置いて半月ほど。僕が写真集の販売に誘導するため運営していたSNSアカウント「HINAMI」に、一通のDMが届く。
おじさんだ。しかもほんのり気持ち悪いおじさん。SNSを本名でやるタイプの、構文バリバリの。今やおじさん構文なんて擦られすぎて、絶滅したと思っていた。
しかもこのおじさん、AIの生成画像だって気づいてない。僕の作り上げた「HINAMI」を実在するモデルだと思っている。
というか、今まで気付かなかったが、僕の販売したAIグラビアの写真集を購入していた人の中には、AIだと気づかず買っていた人もいたのか?
僕は日々画像を生成していたので目が慣れていたが、初めて見る人、特に流行に疎ければ気づかない人もいたのかもしれない。
半分放置していたアカウントとはいえ、反応があったのは正直嫌な気分ではない。せっかくなので返信してみることにした。話のネタになるかもしれないし。もしかしたら写真集買ってくれるかもしれないし。
自画自賛になってしまうが、昔からこういうなりきり系の文章作るの得意なんだよな。女子のフリしてチャットで稼げる仕事とかあれば、結構上手な気がする。
返信からしばらくして、おじさんから返信が届いた。そうか、自分が大学生だから気づかなかったが、普通はこの時間仕事しているのか。
忘れてた。SNSでAmazon の欲しいものリスト公開しておくとファンが買ってくれるのは知っていたが、まさかAI相手に買うやつはいないだろと思って自分の欲しいものを片っ端から入れていたんだった。
というかマジか。ミラボレアスのフィギュアって5万くらいするぞ確か。
あのクソ高いフィギュアを買ってもらったことで、僕の心もおじさんの方に少しだけ傾いた。お礼に、できる限りDMを返信することにした。
***
おじさんの名前は本田ミノル。本名だが、「漢字は教えない❗😤フンス」とのこと。
やたらと「寂しい」という発言が目立つので聞いてみたところ、バツイチで、AIグラビア「HINAMI」の見た目はちょうど娘と同い年くらい。つまりおじさんは50歳くらいか。
試しにとおじさんに欲しいものをねだってみたら、Amazon で普通にいろいろ買ってくれた。お返しにはプライベートショットと称して自撮り風写真を1枚撮って送るようにした。
出費はゼロだし、何より新PCの性能が凄まじく、一瞬で大量の画像が生成されるようになったので、一番映りのいい部屋着の「HINAMI」を選んでおじさんに送る。ちょっと気持ち悪いメッセージが返ってくるが、タダでモノが送られてくるので我慢は容易だ。
このメッセージが送られてきたとき、普通にちょっと応援したくなる自分がいるのに驚いた。やはり自分に純粋な好意を向けてくれる対象に対して、人は好意的になってしまうようだ。
僕にとって、モノを買ってくれるだけの関係だったはずが、ミノルさんのプライベートを知ることで感情移入してしまう。
ただ、もし復縁したいのだとしたら、HINAMIに使った分のお金をすべて奥さんと娘に渡してたら話が違ったと思うぞ。
Amazon を確認すると、ニューバランスの靴が送られてくるようだ。ユニセックスのモデルとはいえ、26センチはさすがに不自然だろ…。とは思いながらも、ちゃんとお礼の画像は送る。
HINAMIが部屋で、ソファに座って手招きしている画像だ。これ、多分ミノルさんは結構喜ぶと思う。
***
ミノルさんとのDMは続けながら、現金の収入は手に入れたいので、バイトを増やしていた。寝不足になるくらいにはシフトを入れた。一刻も早く借金を返し終えたかった。
そんなある日、疲れからかバイトでミスをしてしまう。コース料理の電話予約、人数を聞き間違えて伝えてしまった。
しかも不運なことに、その日は店長不在。少し客対応に難のあるチーフが仕切っている中、11人のサークルと思しき男女が来店。僕が聞き取った予約は17人だった。
チーフはチャラチャラとした大学生が大嫌いで、飲みサーのように集団で盛り上がるタイプは特に嫌いだった。どちらかといえば店員の方を信頼しているので、はじめから客の方が間違えているという態度で応対。その後、疑われて腹を立てた客と口論、という流れである。
最終的に僕の聞き取りミスということになり、激昂しているチーフの怒りの矛先は僕に向くことになるのだが、予約した人が悪い。「じゅうしちにん」と聞こえたので、「じゅうななにん」ですか?とちゃんと聞き返したのを覚えている。
チーフはスイッチが入ったのか、かなり怒っていた。閉店後に二時間ほど説教が続いた。僕が眠そうにしているのも腹立たしかったようで、チーフの叱責は止まらない。
(クレーム入って店長に怒られるのは俺だとか、知らねえよ。怒られとけよ。そもそも、最初のアンタの応対が悪かったよ。大学生相手に「どうせお前らが間違ってる」って態度取ったから喧嘩になったんだろうが)
そんなことを考えていても、口にはできない。早く帰って寝たい。少しでも早く終わることを祈っていた。
人は怒られるとイライラする生き物。最初の大学生もそれで気分を悪くしたし、大嫌いな大学生に言い返されたときにチーフもイライラしただろう。そして僕も最後に怒られて…。嫌な気持ちは連鎖する。
帰宅後、僕がそんなことになっているのは知らないミノルさんから連絡が来ていた。
これを見て、なんかもう、全部めんどくさいなと思ってしまった。借金も、バイトも、ミノルさんも。ストレスの解消先は、いつだって一番弱い者に向く。
その日はそのまま寝てしまい、次の日の朝には既読がついて、三日ほどミノルさんからの連絡はなかった。
その間、ミノルさんに対して悪いことをしたなという気持ちはなく、物理的な(プレゼントの)収入が減るなという気持ちだった。
それ以上に大きかったのは、バイトに行きたくない気持ち。しばらくチーフの顔も見たくないし、どうせ裏でボロクソ言われているだろうから、店長と会うのも気まずい。
そして、忘れかけたくらいのタイミングでミノルさんから返信が来た。
やっぱり、ほんのり、気持ち悪い。
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