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ACE研究 〜虐待と人生への影響〜


160,000
これは児童相談所が児童虐待として1年間に対応した数です。

平成30年度、厚生労働省資料「社会的養育の推進に向けて」より

同年の18歳未満人口が約20,000,000人(平成30年度人口統計より計算)なので、不適切ですが単純計算しちゃうと、全体の0.8% になります。

16万人、0.8%
これは多いのでしょうか、それとも少ないのでしょうか。

虐待を受けた子は将来どうなるのでしょうか。



ACE研究という、有名な研究があります。

ACEとはAdverse Childhood Experiences、日本語では「小児期逆境体験」と訳されています。

WHOのHPでも掲載されているぐらい有名ですが、日本ではあまり有名ではないようです。医学部でも習いませんでした。


ACE研究は、18歳以下の逆境体験が将来に与える影響と、その生理学的解釈を調べる一連の研究です。
ある研究によると、9項目(研究によって微妙に違う)のうち、アメリカの白人の中産階級で1項目も該当しないのは1/3のみでした。逆に4項目以上該当したのは10%以上に及びます。1)

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日本の統計データはありませんが、ACEはかなり身近にあります。


ACEの該当数と、虚血性心疾患やCOPD, 脳卒中, 糖尿病などの罹患率には正の相関があるとされ、若くして亡くなる確立も上がります。例えば脳卒中は4項目以上該当すると2.4倍となります。2)
その他の具体的な数字は割愛しますが、CDCのHPに論文がまとめられています。

うつ病に関しては、ACE該当数4点以上の人は0点の人に比べて、約4倍(3.4-4.8, 95%CI)もなりやすいというデータがあり、発達障害とも相関がみられます。3)

そして、親のACEスコアと児の問題行動および発達障害の診断にも関連があり(母のACE4項目以上で、児のADHDリスクが3.1倍)、世代間伝播も指摘されています。4)

このようにACEと発達・慢性疾患・精神疾患・問題行動は密接に関係しており、原因としてストレスによるホルモン異常や脳の機能低下などが言われているようです。

・・・ACEの項目自体はそれほど重要ではないと思っていて、小児期の逆境体験、すなわち慢性的なトラウマ因子への暴露が、その後の人生に負の影響を与えてしまうことが重要なのだと思います。

実際に、WHOの作成する国際疾病分類 第11改訂版(ICD-11)にも、複雑性PTSDが収載されました。


悲観的な内容に思えますが、ACEによる影響は緩和することができます。

ACEをはじめとする有害なストレスへの対策としてNadine Burke Harrisは自身の著作で、睡眠・運動・栄養・マインドフルネス・心の健康・健全な関係の6つを挙げています。


まずは、自分のトラウマに目を向けてみること。対処する勇気を持つこと。

そして、トラウマに苦しんでいる人が隣にいるかもしれないと心に留めておくこと。
他人のACEを根掘り葉掘り聞くことではなく、Trauma informed care。
すなわち「トラウマがあるのかもしれない」という考えを持って、目の前の相手が安全安心を感じられるように場を作っていくことが大切です。




社会としてACEを治療しようとする場合、第一段階がスクリーニング、つまり該当者のピックアップです。

ここに大きすぎる壁があります。

・・・スクリーニングしても、診る人がいないんです。
影響が重い人を診る専門家も圧倒的に少ないし、ハイリスクの人を定期的にケアする社会的資源も足りていません。

人生への影響を議論する前に命の保護をしないといけないような虐待すら、ケアが行き届いているとは言い難い状況です。
児相介入例でも親子分離の対象とならなければ、その後の精神状態のケアはほぼないと思われます。差し迫った命の危険がない、明らかに虐待と断定できない例にまで回す余力はないのでしょう。


こういった福祉分野は予算が付きにくく、将来的にも見込みは薄いでしょう。
行政に余力はなく、儲からないので民間はなかなか参入できない。結果、その後のフォローができないので、積極的にスクリーニングできません。

ただスクリーニングも「やろうと思えば出来る」 なんて段階ではありません。
現実的にスクリーニング機能を持つとすれば学校・病院ですが、かなりの専門知識が必要です。しかも親との今後の関係性を考えて尻込みしてしまう部分もあります。


課題認識も、知識も、人も、制度も、、、
変えるべきところがいっぱいあります。

それでも、願わくば、数十年後でも。
ACEと、ACE対策がもっと当たり前に。世代間で影響が引き継がれない世の中になりますように。

そのために、医師の枠に縛られず力を尽くしたいと思っています。


参考

1) N.J.Burke, et al. The impact of adverse childhood experiences on an urban pediatric population. Child Abuse Negl. 2011 Jun; 35(6): 408–413.

2) V.Felitti, et al. Relationship of Childhood Abuse and Household Dysfunction to Many of the Leading Causes of Death in Adult: The Adverse Childhood Experiences (ACE) Sturdy. American Journal of Preventive Medicine 14, no.4 (1998) : 245-58.

3) R.F.Anda, et al. Adverse Childhood Experiences, Alcoholic Parents, and Later Risk of Alcoholism and Depression. Psychiatr. Serv. 2002 Aug; Vol. 53 No. 8

4) A.Schickedanz, et al. Parents’ Adverse Childhood Experiences and Their Children’s Behavioral Health Problems. PEDIATRICS Volume 142, number 2, August 2018

・Nadine Burke Harris (2019). 小児期トラウマと闘うツール 進化・浸透するACE対策 

・Bessel van der Kolk ( 2016). 身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法


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