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ちょっと考え方が更新した話

自分が音楽という自由ツールを得てから、少しずつ変わり始めた。落ち着くところに落ち着いてきたというか、触れるにしたがって、自分にとっての『表現』というものがどれだけ大事だったのか、支えてくれていたのかを感じる。

同時に、反省とともにガラッとコーチングに対する考え方が変わってきた。
そんな話をする。

コーチングは自分の自己表現の一つだった。

これは耳の痛い話である。

セッションは自分の全てを出してもいい場所だった。
親和性があった。
何となく拠り所にしていた。
すごく守っていた。

(最後反省モード丸出しなのだがw、)私が今の今までを振り返って、"コーチング"に対して思い浮かぶ言葉である。

クライアントにとっては何ら関係のない話だが、私にとってはコーチングは芸術表現で、毎回命を込めてやって、一つの作品をつくるものだった。
それ自体と、本気で自分の人生に向き合いたい、表現したい、という人と話をすることは良かった。

ただ問題だったのは、自分の自己表現のために、クライアントの時間を使っていたことだ。音楽に今割いている分のエネルギーの何割かは、コーチングに割いていたエネルギーと同じだったと自覚している。自己満足の世界。
クライアントのために全部の時間・意識を使えていなかった...。

コーチはセッションの時間をクライアントのために用意する。それができるからコーチなのであり、コーチングなのだ。
「(うおお...。)」と頭を抱える次第である。

音楽を手にして最近わかったこと。自分がそのようにしていたこと、ここは主役はクライアントだぞということ。再度確認みたいになっているのですが。

コーチングはそれを通して色んな人の未来を支援できる。もっと自分が純粋にそれを使えたら、そして他者貢献できたら...と思わざるを得ないが、反省して、今からのクライアントに真っ直ぐ向き合えるために生かしたい。

コーチングは自己表現のツールではない。自分にとっては他者貢献のツール。最大限自分が生かせるもの。

いらんものが抜けた。

...そんな話でした。読んでくださった方、ありがとうございます。そして、気分を害された方がいたら、すみませんm(_ _)m

純粋にコーチングをしたい。人と関わる中で、ワクワクする体験がしたい。

これからの未来(雑記)

「腕が鳴る」という表現は自分のコーチングに似合う。「生きてる!」って感じがするのだ。セッションがある日はとても遠足みたいな気分になる。(たまにラスボスへの回廊みたいなテーマソングの時もあるけれど。)

重ため、人生を問うテーマが好き。

自己理解(探求)・生きる意味・将来の夢・パフォーマンス向上・キャリアチェンジ・家族関係・趣味

これは私がよくコーチングで扱うテーマで、本質をつくことをセッションにおいて求められるととても血が騒ぐ。

前段、「コーチングは自己表現ではなくなった、他者貢献だ」というような話を書いたが、なんだか力みが抜けて、色んな人と話してみたいと、経験を積みたいとすごく思っている。

自分はあと、キャリアを鑑みた際に『企業(あるいは個人)から案件をもらってくる』ということをしてみたい。2022年、一つの目標である。
(雑記なのでいいやと甘えて。)自分を使ってみてもいいかも、と思う方がいたら是非声をかけて欲しいですm(_ _)m 1on1をすることが誰かの助けになったら嬉しい。
キャリアカウンセリングは、自分が今月から養成学校に通って学ぶので是非経験を積みたいです。

コーチ経歴
・ZaPASSコーチ養成講座Basic編/Step Up編 修了
・ZaPASSコーチプラットフォーム 登録歴あり
・コーチングセッション歴
  有償セッション のべ約430h/480名

※国家資格キャリアコンサルティング資格を2022年8月に取得予定


セッションも随時募集しているので、お声がけください。


なんかすごい終わりになっちゃった!笑


励みになります☺️