見出し画像

大好きだった人の話 その2

わざとではなくとも顔面にボールを当てられ、鼻血を出し、センセーショナルな高校部活デビューを果たしましたが、この話にはまだ続きがあります。

各部活ごとにコミュニケーションを取ることはあまりないものの、マネージャー同士は道具準備室や給水器、洗濯機のところで一緒になったりして話すことが多くあります。1年生で、しかも誰も先輩がいない状況でマネージャー業務に走り回っている私に、他の体育館部活のマネ―ジャーの先輩方は優しく応援してくれていました(幸いというか、奇跡的にというか、体育館部活の生徒は経営科の割合が90%以上でしたから、部活動の空間で、私を空気のように扱う人はいませんでした)。

「あれ?体操服に血がついてるよ」

男バレのマネージャーの先輩に聞かれ、

「あ、多分鼻血が出た時に付いたんだと思います、もう落ちそうにないですね・・・」

と答えると、勘のいい先輩が

「あ、もしかして鼻血が出たのって太田が当てたせいじゃない?」

と。私は面倒なことにしたくなかったので否定しましたが、面白がった先輩はにやにやしながら脱水の終わった洗濯物を持って行ってしまいました。

______________________

次の日の放課後、帰ろうとすると靴箱のところで人が立っていました。

私のロッカーがあるところなのに邪魔だなあと思いながら近づくと、

「あの・・・」

おずおず、という音が聞こえてきそうな様子で、その影から声をかけられました。

そう、それは私の顔面にボールをお見舞いした太田くんでした。

私が鼻血を出したことを先輩から教えられ、なんとかして連絡を取って謝ろうと思ったが、総合特別科の知り合いの誰に聞いても連絡先を入手できなかったため、この場所で待っていた、と言います。

(私の連絡先を、学科の子たちが誰も持っていないのは当たり前です、私はケータイを買い与えてもらっていないし、買い与えてもらっていたとしても誰が空気と連絡先を交換するでしょう)

一度謝ってくれたのだし、そもそもきっとわざとではないし、私が避けることが出来ればよかったという話でもあるわけだし、何も怒っているわけでも恨んでいるわけでもありませんでした。こんな風に人から謝られた記憶がないので反応の仕方が分からず、謝られてもずっと「あ、大丈夫です」「全然いいです」「むしろすみません」と言うことしかできませんでした。


その場で解散になるかと思えば、太田くんは驚きの発言をしました。

「一緒に帰りませんか」

全く持って意味が分かりませんでしたが、何せ断るのも怖いし、同級生と、しかも男の人と話すのが久しぶりで気が動転していたので

「あ、ああ、はい、帰りましょう」

と言ってしまいました。今考えても、この時は完全に頭が回っていませんでした。脳内は起床直後と同じ状態です。狼狽、混沌、無秩序状態です。

______________________

ともあれ、流れで一緒に帰ることになりました。


その時1回だけではありません。

部活で帰るタイミングが合った時や、次の日の帰る約束をして一緒に帰った日もありました。

何を話せばいいのか全く分からない私に、太田くんはいろいろな話をしてくれました。


勉強がとんでもなく苦手なこと。
この高校に入れたのもほぼ奇跡だったこと。
ゲームやアニメが大好きなこと。
運動が得意なわけではないが、かっこいいからバレーボール部に入ったこと。
友だちが少なくて、クラスではめちゃくちゃに浮いていること。
人に合わせようと思うが、合わせようと思えば思うほど陰気さがにじみ出てしまうこと。
部活では、気を使わなくていいからとても楽しいこと。


自分の話をサラッとしたあと、私にも無理のない質問をしてくれる人でした。

太田くんは、学校で私にすれ違うと会釈してくれたり、軽く手を振ってくれたりするようになり、私も会釈を返すようになりました。


学校で空気だった私に、唯一目を向けてくれる男の子でした。



つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?