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恋は諦めた頃にやってくる

ひとしきりカフェのオーナーさんとお喋りをした後に部屋へと向かう。挨拶周りは昼後くらい行こうと思い部屋で少しだけ休む事にした。

新しい部屋でごろりと横になって少しぼんやりとする。彼と別れた痛みはまだ消えてない。思えば昔から彼氏が出来ると周りが見えないくらい夢中になり別れると何にもできないくらい落ち込んでしまう。心がぽっかりと空いてどうしたら良いのか分からなくなってしまうのだ。

もう良い年だし、新しく部屋も借りたし、気持ちを切り替えてこれからは仕事に打ち込もう…。大きな会社ではないけれど任される仕事の重要度も上がってきたし、失敗もしたり落ち込んだけど今の仕事はわりと好きだ。
バリキャリになって輝く自分になるんだ!と意気込んでみる。…うん、悪くない。どうせなら資格とかも取ってみる?スマホで色々調べてながら無性に湧いてきたやる気と高揚感で頭の中の私は既にデキる女のイメージがMAXだった。

デキる女としてのイメージを脳内に焼き付けて、近所への挨拶用として買った有名な菓子店の西洋菓子を手土産に訪ねることにした。
ここのお菓子なら間違いないでしょう。

あいにくと左隣も右隣も留守だったので、先にすぐ真上の住人に挨拶をすることにした。
一階に備え付けられていたポストには「浅見 希美子(あざみ きみこ)」と書かれていたので女性ということは知っていた。
インターホンを鳴らして暫く待っていると、中から40代後半〜50代くらいの女性が出てきた。

黒とシルバーヘアが混じったまだらな髪を緩く結え、モノトーンで落ち着いた雰囲気のワンピースを着ていた。上品だけど少し不思議な気持ちになるオーラを発していた。

「はじめまして。今日から下の階に住むことにりました、七瀬 日向(ななせ ひなた)と言います。引っ越しでお騒がせしてしまい申し訳ございませんでした。これ心ばかりですが、よろしければ受け取ってください。」

「あらあら、ご丁寧にありがとうね。浅見 希美子と言います。希美子って呼んでね。仲良くしてくれたら嬉しいわ。」

にっこりと笑って手土産を受け取ってくれた。
手渡す時に手が触れて、その手を掴まれた。
少しだけびっくりしてると、希美子さんは笑顔のまま、ゆっくりと口を開いた。

「あのね、恋っていうのは諦めた頃にやってくるの。めぐり合いっていうのは不思議なものでね、自分では決められないけれど、備えることはできるのよ。」

びっくりして固まっている私に、希美子さんは優しい瞳を向けて続けた。

「…びっくりさせちゃってごめんなさいね。でも私には人の縁とかそういうのが分かっちゃうみたいなの。人生って面白いものでね、必要な時には手に入らないのに、キッパリと未練を捨てた時に手に入ったりするのよ。ふふ、日向ちゃん、あなたは今すごく面白い縁が結ばれるみたいだわ。」

「はぁ…。」

とにかくポカンとしてしまった。不思議なオーラな人だと思ったけど変な人だったかもしれない。ちょいビビりながらも何とか笑顔を作って頷いてみた。

「こんな事を初対面のオバさんに言われても気味悪いだけよねぇ、ごめんなさいね。でも、もし少しでも気になったら、今まで使ったことのないタイプの香水を身にまとってみて。きっと面白いことが起こるから。」

長々と引き留めてごめんなさいね、そう上品に微笑んで希美子さんは部屋へと帰っていった。
なんだったんだ…変な宗教みたいなやつへの勧誘なのか、インチキ占い師みたいな事を言われた。というか私はもう恋なんてしないし変な事言われても、どうでもいいやって思ってた。

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