喫茶店アルバム-ちょっと遠い近所-
車で40分というと『近所』というには遠い。私の、普段の生活範囲からそのくらい離れた場所にその喫茶店はある。
うちの母は結婚前の短い期間にデパートで働いていて、その時の後輩となる方がここのマスター(Tさん)。何かのきっかけで、ご夫婦で自家焙煎珈琲の店を始めたそうで、こつこつと長く続けておられる。
車で40分、行きたい! とおもってすぐに行ける場所ではないため、前回の訪問からずいぶん間が空いてしまった。
地域の人気店なので、どうかするととても混雑していて、そんなときは(忙しいところに来てしまった)と気を遣う。Tさんご夫婦の方も(忙しくてまともに応対できない)と気を配ってくれている雰囲気を感じる。そうやってなんとなくお互い恐縮しながら過ごすこともある。
この日はカウンターに常連ぽいお客さんが2人座っていただけだった。よかった、混雑していない。お久しぶりです、と挨拶をして、席に着く。
「コーヒーでいいですか?」と聞かれ、お願いしたらカップが2つ出てきた。ひとつは日替りのストレートコーヒーなのだそうだった。
Tさんはサーブをする時に「カップ使わせてもらってます」とにこにこして言った。このカップは父の店で使っていたもので、店を閉めたときにいくつかのカップやコーヒー器具を引き取ってもらったのだった。
このカップは、数年前に父と墓参りのあと初めて立ち寄った雑貨店で買い求めたものだ。どこのメーカーのものだったか、アメリカなど海外のドラマなんかを観ていると、時々同じシリーズの食器類を見ることができる。丈夫なつくりだしわりと安価なため、ダイナーなどでよく使われているのかもしれない。
父の店では、このカップでコーヒーを飲んだことがなかった。つまり父が私に出さなかったということで、だいたいいつも私が飲むときは、にしむら珈琲店のものか、COMME CA DU MODEの薄手のカップだった。ソーサーはつけず、カップだけ。
このカップは何度も目にしたけれど、使うのは初めてで、父と買いに行ったことなどを思い出しながら飲んだ。
ひと息ついたTさんが、この日替りストレートコーヒーは『マチュピチュ(ペルー)』だと教えてくれた。以前、同じペルーの『チャンチャマイヨ』という豆を買ってみたら、それはあんまりおいしくなかったのだそうだ。マチュピチュは、すっきりとしていておいしいコーヒーだった。
奥さまの方もテーブルまで来てくれて、母の様子などを訊いてくれた。今度連れてこようとおもう。
もう一方は、この店の深煎りブレンドコーヒー。豆を見てもずいぶんと深煎りなのがわかるほど、でも後味はとてもクリアな印象を受ける。Tさんのコーヒーは、とてもおいしい。
帰りにここの深煎りのブレンドコーヒー豆をお願いしたら、マチュピチュをおまけに持たせてくれた。
ひとりの時でも安らげて、くつろげて、でもさみしさを感じない店がある(しかもおいしいコーヒーが飲める)って、人生におけるとてもすてきで幸福なことですよね。
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