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相川モトイ
2022年8月7日 12:38
“2021年 嘱望” 塚山りりかがズレてきたマスクの位置を直すと、手に持ったケーキがかさりと音を立てた。地元で定番のチェーン店が始めていたテイクアウトメニューに、季節のケーキが加わったので、それを楽しみに帰る所だ。 心なしか足取りは軽いが、徹夜明けである事には変わりない。 緊急手術をフルPPEで対応できるようになってから、それらを着用した手術が入るようになった。ただでさえガウ
2022年8月6日 00:30
“2020年 慣性” 伊治原京子はすっかりひと気のなくなった記録室で、自分の机に座っていつものように麻酔学会誌を読んでいた。隣では熊田が電子カルテを操作している。伊治原は部下と看護師からのパワハラを訴えて以来、ついには瑠偉を完全に手術室へ出入り禁止にしていた。にも関わらず、スタッフたちには無邪気に話しかけてくるのだった。人手がなく忙しいから協力していただきたい、と。
2022年8月5日 13:40
”2020年 鎮火“ 下根が来なくなってしばらくして、斉藤がまた病んで出勤できなくなった。そして、伊治原麻酔科部長から出勤するか退職するよう迫られた、と手術室看護師たちは瑠偉から伝え聞いた。 n95マスクとゴーグルを装着しての気管挿管介助に慣れた頃、りりかが記録室で電子カルテを見ていると、瑠偉が伊治原に対して麻酔手技の根拠と手順について意見しているのがドアごしにうっすら聞こえ
2022年8月4日 00:33
”2020年 憤激“「ええ~?挿管と抜管の時にn95とゴーグルをつけるんですか?」マニュアルの読み合わせをしていると、静男が、まさか!冗談でしょう、というような反応を見せた。それもそのはず。n95マスクを装着する手術など、結核患者の対応以外に経験が無かった。しかも数年に一回有るか無いかの頻度だ。しかし、気管挿管や抜管の際にエアロゾルが発生するとなっては、そのようにして感染対策を
2022年8月2日 20:50
“2020年 賽は投げられた” この病院の手術室の感染対策を任されている斉藤が、熊田主任と共に、インターネットで拾い上げて来た各学会の感染対策情報を整理して久しい。「いやー先生がいて助かるわー。私だけだとこんなに症例報告とか集められないもの」 熊田はにこにこしながら斉藤を労っていた。ここ最近の手術室の急激な変化に、斉藤はまた休みがちになっていたのだ。今は、収まったとはいえ、次の
2022年8月1日 00:41
“2020年 波紋” 「砂肝さんも子どもたちの学校が休校になるので休みになります」終礼報告で砂肝から連絡を受けたりりかが告げると、スタッフたちはざわついた。そこに感染対策室からの手術制限の通知を熊田と斉藤が告げるとさらにざわついた。「手術制限?じゃ、オレたちは何をするんだ?」静男が抗議するように声を上げると、熊田は続きを聞くようにと目配せした。「と、いうわけで院内応援に行く
2022年7月31日 21:46
“2020年 ほころび” パンデミックが宣言されて以来、病院の様子は変わっていった。発熱外来が新設され、通常業務と並行して稼働しているし、院内放送では1時間ごとに感染対策を呼びかけるアナウンスがかかっていた。合間に患者急変を知らせるチャイムが鳴ると、どの知らせか分かりにくいのでとチャイムが変更されたり、近隣の病院が救急外来の受け入れを制限したため受け入れ患者数が増えて手が足りないので院内応援の
2022年7月30日 17:10
“2020年/2019年度 疾風怒濤の” 手術の終わった部屋を片付けながらりりかはふと、昨年末のニュースを思い出した。武漢市の感染症は確か新型のウイルスだったはずだが、このご時世、そいつの越境は容易にできてしまうのではないか? 一度気になると妙に仕方がなかったので休憩時間にテレビを見たが、持続可能な経済開発についての話題が繰り返されているだけだった。いや、一瞬だけワールドニュースのコ
2022年7月28日 13:59
“2019年 仕事納め”「疲れたー!」 そう言ってこの日のリーダーである静男が休憩室に入ってきた。りりかは休憩中だった。静男はりりかを見るなり彼女が担当する午後の手術についてあれこれ言ってきた。りりかは休憩中は仕事について考えたくない派だったので、内心では不承不承、先輩の静男に合わせて相槌を打つのであった。「…嫌そうだな?」どういうわけだかこの男はこういったことにすぐに気