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ホシノスナハマ

ぷかぷかと浮かんでいるのか、ゆらゆらと揺れているのか。

もうずっと、ずいぶんと長いこと、こうしている気がする。

真っ暗で心地よくて、まるでお母さんのお腹の中のようだ。

前にいたところは、どんなだったか思い出せないけれど、今みたいにゆったりしていなかった気がする。

たくさんの人がいて、ざわざわと騒がしくて、ずっとせわしなくしていた。
ずっとここにいてもいいれけど、誰かに呼ばれている気がする。
さっきから肩や背中をちょんちょんと、誰かが引っ張っているんだ。

『でも、もう少しこのままがいいなぁ』

そうして少しの間、しるしを無視していたんだけど、いよいよ目を開けてみることにした。

久しぶりの光の世界は、柔らかいあかりで照らしてくる。

たくさんの色があって、虹のようにキラキラしている。見たことない景色だ。
その景色がめずらしくて、ちょっとの間、じっと止まって見つめていた。

そうすると、足元に何かが当たって、びっくりして足をよけたら転んでしまった。地面は柔らかくて、砂みたいにさらさらしている。その感触が気持ちよくて、ごろりと寝転がって背中をうずめてみたんだ。

心地よくなって、また目を閉じてみたけど、今度は前みたいに真っ暗じゃなかった。まぶたの裏も虹の色をしている。

『不思議な世界だ』

そのまま大きく息を吸ってみた。

びっくりして起き上がって、目の前の景色を確かめてみる。知っている匂いだ。この知らないはずの世界で、匂いだけは知っている。なぜだろう。

手に触っている砂みたいなやつを、さらさらと持ち上げてみた。キラキラと輝いて宝石のようだ。

『やっぱり、見たことのないものばっかりだ』

ここの他にも、何かあるのか、きょろきょろと辺りを見回してみた。どっちを見ても、虹色の景色が広がっている。不思議と安心感があった。

ちょっとこの辺を歩いてみることにしよう。もしかしたら、何か手がかりになるものが見つかるかもしれない。

キラキラの砂を踏みしめて歩き出す。その感触が気持ちよくて、わざと砂に足を潜り込ませてみる。足元に夢中になって歩いていると、目の前に大きな岩が現れた。さっきまでなかったはずなのに、どこから出てきたんだろう。そんなに夢中で歩いていたっけ。

この岩も、変わった色をしている。手で触ってみると、見た目と違ってすべすべだ。大きな岩を抱きしめてみると、じわりと温かかった。これも同じ、知ってる匂いがする。

『そうだ、岩の下になにか生き物がいないか確かめてみよう』

四つんばいになって、くるりと岩の周りを一周してみたれけど、生き物はいなかった。手のひらに付いたキラキラの砂をはらって立ち上がると、目の前に森があった。おかしな世界だ。さっきまでなかったはずのものが、目の前に現れる。

さくさくと歩いて森の中に入ってみた。たくさんの大きな木が生えていて、葉っぱの一枚一枚が虹色に輝いている。地面には、小さな花がたくさん咲いていた。座り込んで、匂いをかいでみると、やっぱり同じ匂いがした。この知っている匂いは、どこでかいだことがあったんだろう。懐かしいような、思い出したくないような。でも、安心する匂い。

地面の花畑を眺めながら、踏まないように森の中を歩いて行ったら、いつのまにか足元に道ができていた。道の先は明るくなっていて、森の出口みたいに見える。そのまま、その出口を目指して歩いて行ったら、出口のところで急に地面がなくなってしまった。

『落ちる』

ぎゅっと目をつぶった。あれ?落ちていないようだ。そーっと目を開けると、ひらひらの絨毯の上に乗っていた。ツヤツヤに輝いている絨毯は、ゆっくりと空中を舞って運んでくれる。

崖の下はさっきよりもっと大きな森になっていて、空中から全体がよく見えた。空を見上げると、大きな雲があった。絨毯が上昇していく。おかまいなしに雲の中に突っ込んだ。雲の中はやっぱり虹色で、いい匂いがする。

楽しくなって両手でその雲を引っかき回してみた。霧が晴れるように雲がなくなって、絨毯は下降していく。滑り台みたいに斜めになって、地面の上に下ろしてくれた。

目の前に大きな池があった。水面はキラキラに輝いていて眩しい。宝石が浮かんでいるのかと思って、水を両手ですくってみると、温かくてビックリした。

池のほとりに腰をかけて足をつけてみた。足を動かすたびに水面が動いてキラキラの波紋が広がる。その動きに合わせて、絨毯が水面で踊っている。しばらくの間、そうやって絨毯と遊んでいたら、少し疲れてしまって、そのままゴロリと仰向けに寝転がった。

目を閉じても虹色の世界。ウトウトと、虹の世界に身をゆだねていると、絨毯がそっと躰にかぶさってきた。気持ちよくてそのまま寝てしまった。

目が覚めると、池はなくなっていて、もといた砂浜に寝ていた。絨毯が連れてきてくれたのだろうか。躰を起こすと、絨毯がストールのようにするりと巻き付いてきた。生き物のようだな。やわらい風が吹いていて、ひらひらとなびいている。その絨毯に顔をうずめて、大きく息を吸ってみた。

そうしたら、あのいい匂いと一緒に、色んな思い出が頭の中に流れてきたんだ。ここに来る前にいた世界のこと、出会った人のこと、自分が何をしてきたのか…

『そうだ。そうだったんだ』

全てはここから始まったんだ。

僕はこの虹の世界で生まれて、何もかも満たされて長いこと過ごしていたけれど、もっと違うことを見つけてみたくて、知らないことを見つけてみたくて、外の世界へ旅立ったんだ。

外の世界は不自由で、嫌なこともたくさんあった。でも、知らなかった感情や、知らなかった自分自身を見つけることができたんだ。怒ったこともあった。傷つけて、傷つけられたこともあった。危ない目にもあったし、絶望したこともあった。

両の目から涙が流れていた。絨毯が気を使って涙を拭いてくれる。

「ありがとう」

僕の言葉に、絨毯は少し照れたように見えた。キラキラの砂浜に波が寄せて返していく。

どこまでも続く虹色の世界。


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