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高野聖
2021年9月20日 15:00
言葉というのは、一体なんだろう。それは幼年時代、あまりに当たり前に習得してきてしまったがゆえに、意識されることがあまりないものでもある。実際、古代ギリシアから言葉というのは物事を伝達するための単なる手段であり、透明な媒介であると考えられた。しかし19世紀以降、ニーチェやソシュール、ハイデッガーをはじめとして、そうした言語観に異議が唱えられ始めた。しかし私はここで彼らの難解で深遠な議論を云々しよう