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井の頭通信

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井の頭通信 07

井の頭通信 07

 1 地元はのんびりしていた。

 最近そう思う。

 いやしかし,うまく比べられるものではない。地元で働いたことがないから,会社でパソコンと向き合っているときの焦燥感を,ほかのことで相対化することは難しい。まだ一社目だし。
 瀬戸内海あたりの人はのんびりしている。これはおそらく本当のことだ。これがもっと南,たとえば九州あたりになるとさらにすごいことになってくるが(原稿の締切日を全然守ってくれない

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井の頭通信 06

井の頭通信 06

 1 美味しいけど,ノリが合わないラーメン屋がある。家からも会社からも遠く,それでもわざわざ暇をみつけて食べに行くくらい気に入っているが,美味しいこと以外はまったく好きではない。まず店名からして全然好きではないので,ここには明記しない。こういう屋号のラーメン屋に通い詰めていることを知られたくないので,友だちにも一切話題に出したことはない。一応お店の名誉のために断っておくと,下品とかではない。ただた

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井の頭通信 05

井の頭通信 05

1 職場近辺の建物が次々に取り壊され,まっさらになっていく。井の頭線の沿線のなかで,ことさらに高齢化が進んでいる地区なので,それが関係しているのかもしれない。
 それからこの地区は,とある,同じ苗字にやたら出会う。というのは江戸時代,鳶職で財を成した一族の拠点がこの辺りにあったとのことで,「◯◯建設」,「◯◯医院」,たくさんの豪奢な一軒家にかかった「◯◯」の表札といった共通の姓に,末裔たちの繁栄の

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井の頭通信 04

井の頭通信 04

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 休日だが,出勤であった。任せられたもろもろの雑務を済ませ,接待のための会場へ向かう。吉祥寺は冷えたつ春の雨に濡れていた。タクシーは井の頭公園通りで完全にスタックして,それで,やまけんから「今日暇ですか?」とラインが来た。「そっか,きみの卒業式,今日か」と返信しながら,今夜はさっさと終わるといいな~と思っていた。
 着いた先は卒業式を終えた学生らで溢れていて,接待は隣部屋のバカ騒ぎに押されて

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井の頭通信 03

井の頭通信 03


1 間が一年空いたとはいえ,井の頭線沿線を生活拠点に定めてから,今年で7年目になる。大学も,職場も,自宅も全部,この短い路線の中から選んできた。そんな私はいま,過去最高に井の頭線エリアへの愛着と関心が高まっている。「井の頭通信」とか題してる,この一連のテキストは,書いてて今まででいちばん楽しいからだ。自分の心の中を反芻させてきた言葉は,とても素直にアウトプットされる。
 反復が好きで,同じことを

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井の頭通信 02

井の頭通信 02


1 私は最近,恋愛をしている。
 この数年,そういう気持ちとまったくご無沙汰して生きてきたから,どうすればいいのかよく分からない。ウチの話聞いてくれん? 
 さして興味がないひとには,取り繕わずに,カッコつけとはまた違う,私の気取り屋さんな部分を自然に明け渡せて,それで気に入ってくれるひとだけが勝手に周りに残ってそれでオーケーだったのに,いざ相手を目の前にすると身体がどうしてもこわばるんよね。会

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井の頭通信 01

井の頭通信 01

1 シャツを着る前にアイロンでしわを伸ばす。そのために,毎朝その時間分早くベッドから抜け出す。シャツ自体はなんだってよく,セールで買ったユニクロのボタンダウンでもなんでも着る。ニットやパーカーを着ればその分手間が省けるし,何分か余計に寝ていられるのに,今年の冬はパーカーなんかは一回も袖を通していない。
 ニットはシャツの上から着る。ニットそれ単体では選ばれない。パーカーに関しては,まったく似合わな

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