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りんちゃんと幻聴さん #04

この写真、いいだろう? バラの赤い部分だけ目立つようにして、他がモノトーンになってる。りんちゃんのことを話す時、何となくこの写真を思い出すんだ。バラの花以外の白黒の部分も、本来様々な色彩を持っているのに、一度バラの赤にフォーカスしてしまうと、他がぼやけて曖昧になってしまう。

想像だけど、りんちゃんの聞く音って、多分こんな感じなんじゃないかな。会話の最中でも、ひとりでいる時でもいい、りんちゃんの耳は確かに多くの音をキャッチするんだけど、もし赤い色の幻聴さんがやってきてしまったら、他が色を失ってしまう。赤にばかり意識が行ってしまう。

まあ、厳密にはりんちゃんの幻聴さんは「頭の中」で響くわけだから、実際は違うと思うよ? あくまでもイメージの話だ。

この「赤いバラ」を仮の前提として話を続けると、りんちゃんの中にはこういう赤いもの、しかも下手すると何年も頭の中にこびりついて離れない声なり文字なりがあるんだって。
それはりんちゃんを傷つけた言葉であったり、好きな曲の歌詞であったり、色々みたいだけど、これはりんちゃんのお母さんの言葉を借りると、「言葉尻を気にしすぎ」らしい。

お母さんに限った話ではなく、りんちゃんは大事な人、信頼している人たちの言葉ほど、その時の相手の声音や語尾を、物凄く気にする。気にしすぎてる自覚はあるみたい。
たとえばりんちゃんの症状を理解してくれる長年の親友が、ポロッと何か、りんちゃんが気にする部分を突く言葉を吐いたとする。りんちゃんは気に病む。相手に悪意がないのは理解していても、どうしても気になってしまって、「よく思われてないんじゃないか」とか何とかぐるぐるした後に、その子に「さっきの○○ってどういう意図だったん?」と聞いて、「え?! 言葉通りの意味だけど?!」と相手に逆に驚かれることがあるね。
要するに友人の台詞全体ではなく、○○の部分だけが赤いバラになってしまうってこと。

フラバって分かるかな? フラッシュバック。
りんちゃんの三十余年の人生で一番最悪だったのは、幻聴さんたちが大いに暴れまくっていた、閉鎖病棟入院時だ。閉鎖病棟っていうのは、鍵がかかった病棟のことで、患者さんたちは、ドクターの許可がないと外には出られない。

りんちゃんは、「健忘」っていう記憶の問題を抱えていて何もかもすぐに忘れてしまうにも関わらず、この頃のことがやっぱりどこかにあるみたいで、そこの看護師さんに言われた酷いことや、拘束された時の革ベルトの感触を、ぼんやりではあるけれど、まだ覚えている。

そういう記憶が、なんのきっかけもなく猛スピードのスライドショーみたいに(幻聴さんと一緒に)、りんちゃんに襲いかかることが、いまだにある。
この現象は、察するに、いつもやって来るただの幻聴さんたちとは大違いだ。何しろヴィジュアルも見えてしまうからね。視覚ってのは、やっぱり五感の中でも一番分かりやすいだろう? フラバの後は、物凄く疲れるんだって、りんちゃんは言ってた。

でも、フラバは何も閉鎖病棟のことだけではないんだ。
ただりんちゃんにとってショックだったり痛みを伴うもの・音・音楽・言葉も、りんちゃん自身は忘れているのにも関わらず、襲ってくる。
閉鎖病棟にいた頃に聴いていた音楽、具体的に言えばRadioheadの「Hail To The Thief」は、退院後二年くらい聴くことができなかった。思い出しちゃうから。

「音は記憶に焼き付く」っていうのが、りんちゃんの持論だ。
特にりんちゃんは、この前話したみたいに常にヘッドホンかスピーカーで音楽を聴いてるから、「この曲を聴くとあの頃を思い出す」みたいな現象が、ちょっと多めにあるんだよ。
それは「あ〜この曲懐かしい〜通学路でよく聴いてた〜」みたいにライトなものもあれば、イントロが鳴った瞬間飛び上がって全力で停止ボタンを押しに行くこともある。
音だけの話じゃないだろうけど、少なくともりんちゃんに関して言えば、幻聴さんたちを筆頭に、「音・音声・音楽」に物凄く敏感だし、忘れがちな記憶にも付随することがある。

でもね、思うんだけど、それってちょっと「残念」だよね。
音楽だったら、それは音楽として純粋に楽しみたいっていうのが、音楽好きの性っていうものだと思うよ。だけどりんちゃんは、現在になっても「聞けない」曲が多くある。別にりんちゃんも好きで嫌ってるわけじゃない。自分自身を守るためなんだ。

3.11の震災時に、りんちゃんは痛感した。

「私の仕事は、できる限り自力で、自分のメンタルがぶっ壊れないように尽くすこと。
 無駄にパニックを起こしたりして家族に迷惑をかけないこと」
 
これは今も残ってる考えで、たとえ「保身に走った」と言われようと、「人生ゼツアク期」に戻らないように、自分自身を維持する。これはりんちゃんの永遠の命題だ。
まあ、それでもご両親には「あんたはしんどくなると人を巻き込む、巻き込まれた人間は疲れる」なんて言われちゃうんだけどね。ちなみにこのワンラインも、りんちゃんの所にやって来る常連の幻聴さんだったりする。

この写真はあげるから、きみもちょっと考えてみて。きっと、音とか幻聴さんほどじゃなくても、誰しも「赤いバラ」を見ることがあるはずだと、思うから。

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