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エレファントカシマシ「今宵の月のように」を聞いて

秋の夕暮れは、どんなに日中が暖かろうと、肌寒くなる。日が落ちるのが目に見えて早くなり今年が擦り切れていくのがはっきりと目に見える。切なく、穏やかな空とは対照的に、僕の目に映る地元の駅前の人々は、どこか落ち着かないように、歩き回っていた。

夕方と夜のぼんやりした時間、優柔不断な僕はこの時間が好きだ。

仕事で顔がやつれて老けていく僕と対照的に、彼女はとても綺麗に、可愛くなっていく。いつか、僕より素敵な人が見つかった時に…。そんな想像をするたびに、僕はその場から動けなくなる。土曜日の今日だって、そんな想像を繰り返して気づいたら窓の外はすっかり薄暗くなっていた。

ジャージをスキニーに履き替え、パジャマの上にナイキのパーカーを羽織って、外へ出た。こんな時は、決まって何かを書きたくなる。駅前のローソンで80円のノートを買った。

いまだって、僕と彼女は仲が良い。世間的にはバカップルの類かもしれない。いや、だからこそ「いま」が終わっていくのが怖い。彼女に愛想を尽かされるのはいつだろうか。そんな不安をかき消そうと必死だが、具体的になにをすれば良いのかわからずに途方に暮れている。

カフェでアイスコーヒーを買って席に着く。イヤホンをして、音楽を流す。ランダム再生で流れてきたのは、エレファントカシマシの「今宵の月のように」だった。

80円のノートに、歌詞を書きなぐった。タイトルからは想像できないほど、情けなくてかっこ悪い男の姿が目に浮かぶ。今日まで「くだらねえ」とつぶやく彼が抱えるものは、平和とか、仕事とか、もっと大義があって、真面目なものに対する怒りだと思っていた。しかし、よく聞いてみると、彼は誰かとの思い出の中でしか生きられない、哀れで悲しい男だったのだ。そう知って僕は「くだらねえ」とつぶやく彼に、妙に親近感が沸いた。

探している愛は、日常に落ちているけれど、無くしたら決して手に入らないモノだった。彼はなぜ、失ったのだろうか。いつかの町をしょぼくれた背中で歩く彼の姿を、僕は想像する。

「いま」を憂い、どこか不安な感情を抱く。きっと、彼もそうだったんじゃないだろうか。「いま」が続くかが不安で、戻らないはずの過去に意識が向いた。いつかの電車、いつかの街。彼は失って初めて、ありふれた日々が二度と戻らないということを知ったのではなかろうか。

明日、明日。

もう二度と戻らない日々にいるからこそ、未来を見据え続けなくてはダメだ。なにかを失って気づいた彼の姿が見えた。明日と続ける彼は、思い出の欠片を集めていた時よりも、晴れやかに見えた。

アイスコーヒーを飲み干して、僕もカフェを後にする。明日は彼女とデートだ。空を見上げると、月が輝いていた。

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