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『JR上野駅公園口』柳美里,河出書房

『JR上野駅公園口』柳美里,河出書房
 1993年、私は「天皇」と同じ日に生まれた――東京オリンピックの前年、男は出稼ぎのために上野駅に降り立った。そして男は彷徨い続ける、生者と死者が共存するこの国を。
 高度経済成長期の中、その象徴ともいえる「上野」を舞台に、福島県相馬郡(現・南相馬市)出身の一人の男の生涯を通じて描かれる死者への祈り、そして日本の光と闇……。(裏表紙、あらすじより引用)

読後、私は上野駅を降りて公園口に向かった。今まで意識的に目に入れないようにしていたのか、と思ってしまうほど主人公のような境遇にある人がおり、私は日本社会の「生きづらさ」を見たような気がした。

本書は実際に上野恩賜公園にてホームレスの方に取材を行い執筆したという。そのため、天皇の行幸啓前に行われる「山狩り」の描写はリアルで、そこから浮き彫りになる主人公の絶望に絶望を重ねたような描写は心に刺さる。そう、本書はまさに「絶望に絶望を重ねた」一人の男の物語だった。

そもそも、自分とは違う境遇の「ホームレス」に取材をする所に、作家としてのプロ意識が垣間見える。実際に取材でも、「あんたには在る。おれたちには無い。在るひとに、無いひとの気持ちは解らないよ」(あとがきより引用)と取材対象の方に言われたという。この言葉は、調査者として、また作家としてひどく重いものであっただろう。

本書の帯には、こう書かれている。

全世界が感動した、「一人の男」の物語

果たして「感動」という言葉が適切なのだろうか?私は決してそうは思えない。「感動」というよりも、「悲痛」という感情が先だった。たくさんの絶望が幾重にも重なり、主人公を襲った。そして、最後は東日本大震災を彼が襲うのだ。いや、最後ではないはずだ。そう思わせるものが本作にはある。今年は東京オリンピック・パラリンピックが開催され、数年後には大阪万博が開催される。絶望に陥った人を置いて、世の中はどんどんと前へ歩を進める。今の世の中、過去を顧みる余裕はなくなっている。

仮に東京オリンピック・パラリンピックが大成功を収めたとしても、きっとその大歓声の裏に大勢の取り残された人間がいることを本書は痛感させてくれる。東京オリンピックの前年に出稼ぎに来て、家族を失いホームレスとして上野恩賜公園で生きる主人公のように。社会のなかで生きているだけでは気づけない「生きづらさ」を抱えた人々を顧みさせる。まさに本書は、私たちにある人の「現実」を可視化させる作品だった。

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